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第23話 綾香へのお礼

 学校から帰ってきて、布団に寝そべって、春陽は天井を見ていた。


 強い西日が窓から差し込み、カーテン越しに今の中を照らしている。


 あれから絵理沙とは保健室で分れた。


 絵理沙と春陽が急に別れたとなれば、学校中が大騒ぎになる。


 段々と自然消滅していったように見せようと京香先生が提案してくれた。


 彼女、彼氏の立場から通常の状態に戻っていったことにしようというのが狙いだ。


 通常の通り、学食だけで合うような生活をしていれば、自然と学生達が、勝手に勘違いしてくれる。


 絵理沙も春陽もそれで異論はなかった。


 絵理沙の希望ではこれからは、春陽と対等な友達として付き合いたいという。


 絵理沙も普段から仮面を被っていて、愚痴や相談できる相手が欲しかったらしい。


 既に絵理沙に何の憧れも持っていない春陽は、最適だと絵理沙は言う。


 春陽も絵理沙には綾香との関係を知られているので野放しできない。


 絵理沙と仲良くしておく方が得策である。


 お互いの利害が一致しているので、絵理沙とはこれからは、友達として付き合っていくことになった。



「……俺は一体、何をしてんだ」



 布団に寝ころびながら、天井を見つめて、春陽は独り言を呟く。


 今回の件では、すっかり絵理沙の手の平の上で転がされてしまった。


 結局、京香先生と綾香に助けてもらった。


 今回の件では、絵理沙も綾香も2人共、泣かさないよに、立ち回ろうと春陽自身はしているつもりだった。


 しかし、絵理沙を怒らせ、綾香を泣かしてしまう結果となった。


 京香先生が頬をピンク色に染めて、少し恥ずかしそうにして春陽を慰めてくれた。


 普通の男性で2人の女性を幸せにしようとしても無理だという。


 人には感情がある、だから誰でも失敗する。


 多数の者と付き合える男女は、実は平等に誰のことも愛して、そして愛していないのだという。


 その誰とでも平等に心の距離を取るのが人には難しいのだと説明を受けた。



「俺が愛するのは綾香1人で十分だ」



 今回の件で、綾香が自分のことをどれだけ愛してくれているか理解できた。


 大きな包容力で春陽のことを見守っていてくれることを実感した。


 これからは綾香を笑顔にするように行動しよう。



「綾香を笑顔にするモノって何だろう?」



 よく考えたら綾香の考え方や、好きな趣向などを全く知らない。


 テーブルで勉強をすれば綾香は喜ぶだろう。


 しかし、それは教師として生徒が勉強している姿を喜んでいるのであって、綾香自身の趣向ではない。


 綾香と出会ってから2カ月近く経つのに、全く綾香の好みがわからないことに気づいて、春陽は愕然とする。


 京香先生が何でも相談していいと言っていたことを思い出し、京香先生にラインを送る。


 すると2通の画像が送られてきた。


 大学時代の綾香の画像だ。今よりも若くて幼くて可愛い。


 その画像の綾香は愛くるしく、布団の上で春陽は転げまわって悶えた。


 もう少しで理性が飛んで、イケナイことに使ってしまいそうだった。



「なんという爆弾を送ってくるんだよ!」



 京香先生が悪戯好きだということを忘れていた。


 京香先生、これは春陽の趣向であって、綾香の趣向じゃない。


 しかし、送ってきてくれた画像はありがたく保存しておく。


 京香先生には感謝の言葉と、もっと画像くださいと、ラインで送信しておく。


 10分ほど綾香の大学時代の画像を眺める。顔が自然とニヤニヤとだらしなくなってしまう。


 しばらくして春陽は綾香に夕飯を作ってあげようと思った。


 最近では、綾香は仕事が終わってから、春陽のために夕飯の料理を多めに作って、一緒に食べることが多い。


 春陽はジャージ姿のまま、アパートを駆け下り、白の自分のママチャリに乗って、近くのスーパーへと走った。


 夕陽が大きく西に傾き、西日が辺り一面を赤く染めている。


 今から用意すれば、全く料理したことがない春陽でも、簡単な料理ぐらいはできるだろう。


 料理をしたことのない春陽は、全く料理の知識を持っていなかった。


 自分がどれだけ無謀か春陽は知らなかった。


 真っ赤に染まった空の下を、白いママチャリが、スーパーを目指して疾走する。


 駐輪場にママチャリを止めて、スーパーの中へと歩いていく。


 入り口にカーゴがあったので、他の人の真似をして、カーゴの上にカゴを乗せて、スーパーの中へと入いる。



「スゲー! スーパーなんて入ったことなかったよ! 何を買えばいいんだ?」



 春陽の実母は既に他界している。継母とは仲が悪かったのでスーパーへ来たことがない。



「おお、果物って、こんな形をしているんだな」



 カットに切ったパイナップルを見て感心する春陽。


 春陽は何を買ってよいのか全くわからなかった。


 この時の春陽は作る料理も考えていなかったのだから、仕方がない。


 スーパーの肉売り場に行くと、試供品のハムのを店員さんが配っていた。


 受け取って食べてみると美味しい。


 ハムの試供品を食べ漁っていると、後ろから甘くて優しい声が聞こえる。



「春陽、一体、何してるの? 春陽って料理、できなかったわよね?」



 振り返ると、学校で分れたばかりの絵理沙がニットのセーターに白いスカートを履いて立っていた。


 性格さえ良ければ、妖艶な大人の女性なのにな、春陽は残念だよなと心から思った。



「人の顔を見て残念そうな表情をするなんて失礼よ」


「いやいや、素の絵理沙を知ってるだけに、今まで通りの先輩に見えない」


「失礼ね。それを言うなら、世間知らずな春陽が悪いんじゃない」



 春陽と絵理沙は、ここがスーパーということを忘れて、視線で火花を散らす。



「珍しい所で春陽と出会ったと思ったら、春陽達はスーパーでデートか? 仲良いのもいいが、場所を考えろよ!」



 後ろを振り返ると優紀と香織の2人が立っていた。


 春陽は目を細くして絵理沙を見る。絵理沙も春陽を睨んでいる。2人の間に火花が散る。



「あー! もう絵理沙とは付き合ってない! こんな女無理! 良いのは外見だけだぞ!」


「はあ? よくも言ってくれたわね! 春陽こそ外見が可愛いだけじゃない!」



 とっさに、香織が春陽の腕を掴んで引き離し、優紀が絵理沙の手を握って引き離した。



「あら! すごいイケメン! 今、フリーになったばかりなの! 寂しいから、優紀君、今日1日付き合って! 明日の朝まででもOKよ!」



 バカ絵理沙! からかう相手を考えろ! 優紀の近くに香織がいる時は、優紀の近くに女性が近づくのは禁止。



「本当ですか! 絵理沙先輩と朝まで一緒に居られるなんて夢みたいですよ! 今からデートでも行きましょう!」


「いいの? 一緒に来た女の子をどうするの?」


「ただの幼馴染だから、気にしなくていいっすよ!」



 バカ優紀! 絵理沙の色香に当てられて、香織のことを蔑ろにした言い方をして! 後のことは知らねーからな!


 香織がカーゴを引いて、絵理沙に無言で近づいてくる。


 香織のバックに暗い炎がみえるのは春陽だけだろうか。



「ヒィッ」




 香織の無言の迫力を感じたのか、絵理沙が悲鳴をあげて、春陽の後ろに隠れる。


 ガシッと優紀の腕が、香織に力一杯握られる。


 優紀の顔は学校では見たことがないほど引きつっている。



「ふーん! 絵理沙先輩とだったら、朝まで一緒にデートしちゃうんだー! お泊りしちゃうんだー!」


「香織、それは誤解だ。絵理沙先輩が魅力的だったから、一応、魅力的な女性を口説くのは礼儀じゃないか」


「私、優紀から口説いてもらったことないけど。私ってそんなに優紀から見て、魅力ないわけ?」



 優紀の顔からダラダラと汗が噴き出している。必死に香織と目を合わさないように、目を泳がせている。


 春陽の耳元で絵理沙がヒソヒソとささやいてくる。



「あの2人ってデキてたの? 2人共、美男、美女で高校2年生の中では有名よね」


「ああ、幼馴染以上恋人未満。両親の公認付きって間柄だな。香織が優紀に惚れ込んでるのは見たらわかるだろう」



 香織はまだ、優紀の腕を掴んで睨んでいる。その香織の口に優紀が試供品のハムを食べさせて、機嫌を取っている。


 優紀、あまりにも尻に敷かれすぎるぞ。



「それなら先に言っておきなさいよ。知っていたら、からかわなかったわよ」


「知らせる前に、優紀を誘ったのは絵理沙だろう」


「もう喧嘩するのは止めようよ。私だって春陽のこと好きだったんだし。少しは許して」



 絵理沙が頬を膨らませて、口を尖らせる。



「とにかく、この場から逃げよう。香織と優紀に近寄らなければ大丈夫だ」


「ええ、早く逃げましょう。それにしても春陽はスーパーに何しに来たの?」


「そうだ! 絵理沙、手伝ってくれ! 綾香に料理を作ってあげようと思ったんだけど、俺って料理したこともなくって、何を買っていいのかもわからないんだ!」



 それを聞いて絵理沙はクスクスと笑う。



「本当に春陽って何もできない、お子ちゃまだったのね! いいわ、お姉さんが教えて、あ・げ・る!」



 絵理沙の勝ち誇った顔で微笑んでいる。


 絶対に絵理沙の弱みを見つけてやるからな。



「でも、料理をしたこともない春陽が、食材を買っても、調理できないんじゃないの?」


「うっ……教えてください……」


「仕方がないわね。この素敵な絵理沙お姉さんが、買い物から、料理の仕方まで教えてあげるからね。大丈夫よ。お子ちゃま春陽」



 クッーーー! 悔しいがここで喧嘩をするわけにはいかん。料理を作り終えるまで耐えるんだ。



「本当に春陽を彼氏にしたかったな。そうしたら、いつも、こんな風に楽しく、素の自分を見せることもできたのにな……」



 絵理沙がポツリと本音を漏らす。


 春陽はその言葉を聞いて、絵理沙に申し訳ない気持ちになった。



「春陽、謝らないでね。謝られると悲しくなるから。春陽は綾香先生を幸せにすることだけ考えればいいの。そうでないと怒るからね」



「……ありがとう……」


「今日は簡単なカレーを教えてあげる。綾香先生に食べさせてあげてね」



 絵理沙はフワリと優しく微笑んで、春陽の髪を撫でる。



「俺、1人で作れるか?」


「絶対に無理。私の手伝いをして。春陽に包丁で怪我でもされたら、私が綾香先生に謝らないといけなくなるから」



 それから絵理沙と春陽は、スーパーの中を何周もして、カレーの材料と調味料を選んでいく。


 香織と優紀と何度も顔を合わせた。


 その度に、絵理沙が優紀に妖艶に微笑んで、可愛く手を振る。


 優紀も懲りずに、鼻の下を伸ばして、手を振り返す。


 その度に香織に足を踏まれたり、蹴られたりしていた。


 絵理沙はそれを見るのが楽しくて仕方がないらしい。



「あの2人を見ていると飽きないわ。今度から、あの2人をからかいに、春陽の教室まで行くわね」


「本当に素の絵理沙って、人をからかうのが好きだよな。ほどほどにしないと香織が本気で爆発するぞ」



 香織の頭が噴火して頭からマグマが噴き出るイメージが春陽の脳裏に過る。



「その時は優紀君を生贄にして逃げるわよ」


「ヒデ―話だな。優紀が可哀そうに思えてきた」



 レジに並んで清算を済ませると1万円近くになっていた。春陽はこんなに買ったかなと頭を悩ませる。



「私の食料の備蓄も買っておいたから。料理教室代だと思ってね」



 絵理沙はちゃっかりと、自分の分の食糧費を春陽の費用に加えていた。


 絵理沙の頭の回転の速さと、表情がコロコロ変わることに春陽は驚いた顔をする。



「これが素の私よ。学校では清楚なフリをしているから疲れるの」



 桜ヶ丘高校の男性生徒全員の純真な心を返せ!



「早く持って帰って綾香先生のためにカレーを作るわよ」



 白のママチャリの前カゴに荷物を載せて、春陽はママチャリを立ちコギする。


 絵理沙は銀色の電動自転車に乗っている。


 真っ赤に染まっていた空が、段々と暗くなってきている。


 早く帰って、料理をしないと、綾香が帰ってきてしまう。



「ちょっと早く走るからな」



「うん! 綾香先生が帰ってくるまでに料理をしちゃわないとね」



 2台の自転車は「ほのぼの荘」へ向かって疾走する。



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