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第21話 春陽の失敗

 今は1限目が終わったばかりの休憩時間だ。


 朝の出来事に納得のいかない信二と優紀が春陽の席に集まってきている。



「どういうことだよ。絵理沙先輩と付き合うってどうなってるんだよ。ちゃんとした説明をしろよ」


「そうだな。俺も春陽からの説明を聞きたい。春陽は綾香さん一筋なのに、どうして絵理沙先輩と付き合うことになってるんだ。全く意味がわからない」



 信二、優紀の2人が春陽の席の近くに座って、絵理沙と付き合うようになった経緯を説明しろという。


 春陽はどこまで、何を話していいのか、自分では判断できずに困惑していた。


 しかし、信二、優紀は大事な春陽の親友達だ。できるだけ話しておこうと春陽は思った。



「実は俺は絵理沙から仮彼氏になってくれって頼まれて、仮彼氏ならいいと申し出を受けたんだ」


「仮彼氏ってなんだよ?」



 信二がくちを尖らせていう。



「絵理沙から告白を受けて、俺はすぐに断っていた。そのことで絵理沙に俺の好きな人が誰かバレた。そして絵理沙は職員室へ突っ込んだ。そこまでは信二と優紀も知っているだろう」


「ああ、絵理沙先輩が職員室へ行った話は、この前、春陽からも聞いているから知っている」


「その時点では春陽は綾香先生、一筋だからって断っていたよな」


「そうだよ。その後も俺は断っていた。すると絵理沙が、俺が誰を好きでもいい。誰に一途でもいい。それは俺の自由だって言いだしたんだ。そして絵理沙が俺のことを好きなことは全く変わらないと言われた」



 信二が頭を抱え始めた。


 優紀は黙って目をつむって考えている。



「それで、俺が絵理沙をフッても大騒ぎになる。俺が絵理沙と付き合っても大騒ぎになる。どうせ大騒ぎになるなら絵理沙は男子と、俺と付き合いたいって言ってきたんだ」


「確かに春陽が絵理沙先輩をフッても大騒ぎになるな」


「ああ、春陽が絵理沙先輩と付き合っても大騒ぎになる。どうせ大騒ぎになるなら、絵理沙先輩は付き合って大騒ぎになる方を選択したというわけか?」



 春陽は優紀の答えに無言で頷いた。



「絵理沙は今まで、男性と付き合ったことがないそいうだ。それは絵理沙のせいじゃない。周囲が大騒ぎするから。その犠牲に絵理沙がなるは違うと思う」


「確かに美人や美女が男性と付き合ったらダメっていうことないもんな。周りが大騒ぎするからえ絵理沙先輩が男性と付き合えないのは間違ってる」



 信二が絵理沙を庇った、正論な発言をする。



「だから、俺と絵理沙のことは既に学校で大騒ぎになってる。これ以上大騒ぎになることはない。だから絵理沙は俺に仮彼氏になってくれと頼まれたんだよ」


「その仮彼氏というの意味が、よくわからんのだが」



 優紀が困った顔をして肩を竦めた。



「絵理沙は俺が綾香先生に一途なことを知ってる。それは絵理沙は俺の性癖だということで許すという。絵理沙が俺のことを好きなのも止められないので、俺と付き合う。だから俺と絵理沙は好き同士じゃない。でも付き合うから仮彼氏って俺と絵理沙は呼んでる」



 優紀が難しい顔をして、春陽の顔を真剣に見つめる



「なんとなく意味は理解できたけど、その期間はいつまで続くんだ?」


「綾香先生が俺に心を許すまで、または絵理沙が俺を諦めるまで、または俺が絵理沙を好きになるまで……だと思う。期限は決められていない」



 信二が首を激しく横に振る。



「俺みたいな者には難しすぎる。全然、意味がわかんねー。そんな彼氏、彼女なんて聞いたことないぜ。お前も絵里奈先輩も少し、おかしいんじゃないのか?」



 たぶん、春陽も絵理沙もおかしいと思う。普通の恋愛の図式から外れていると思う。その原因を作っているのは春陽だ。それぐらいの自覚はある。


 クラスの中は休憩時間なんで、学生達は思い思いのグループに分かれて雑談をしている。だから春陽達の会話が他の学生達に聞かれていることはない。


 優紀が少し俯いた顔で話を続ける。



「信二、難しく考える必要はなんだよ。綾香先生は先生だから、学生との恋愛は禁止。それでも一途に頑固に春陽は綾香先生のことを想ってる。そして、絵理沙先輩はそれを受け入れてでも春陽と付き合いたいと頑固に思っている。ただそれだけのことさ」



 信二は気軽に優紀に聞く。



「こんなことって恋愛では結構、多くあるものなのか?」


「こんなあからさまな行動をする者達はいない。陰に隠れてしている者達はいるだろうけどな」



 信二は真剣な顔を春陽に向けて来る。



「春陽は絵理沙先輩が本気で迫ってきたらどうするんだ?」


「その時は仮彼氏の条件から外れることになる。俺が絵理沙を受け入れたら、本物の彼氏になる。もし、俺が絵理沙を拒否すれば、仮彼氏も解消だ」



 優紀が腕を組んで、その上に顎を置く。



「こんなこと、本当に俺達に言ってしまって良かったのか?秘密だったんだろう?」


「ああ、本当は秘密だった。でも信二や優紀に嘘をつくことが俺にはできない。だから正直に話をした。俺から信二と優紀への誠意だと思ってくれ」



 優紀は顔を横へ向ける。その顔は厳しい顔をしている。



「内容を聞かせてもらったけどさ。その恋愛って、誰も幸せにならないんじゃないのか。春陽も絵理沙先輩も哀しい道を進んでいると思う。普通の恋愛なら喜んでやろうと思ったのに、残念だ」



 信二は顎を撫でて考えている。



「俺はこれから本物の付き合いに発展してもいいと思う。だから絵理沙先輩を応援してあげたい気分だな。そして、やっぱり悪い原因は春陽だと思う。だから、春陽は絵理沙先輩のことを優しくして、ずっと守っていくようにな」



 優紀は深いため息を吐く。



「このことはクラスの女子達にも秘密な。誤解されて、勘違いされても敵わない。後、和尚が旅から戻ってきたら、和尚に1度、相談してみよう。和尚なら、難解な問題も解決する知恵を持っているかもしれない」



 信二は立ち上がると、軽く椅子を蹴飛ばした。



「あの生臭和尚、肝心な時に東京へ行って、何をしてるんだ? 早く帰って来いっていうんだよ?」



 信二の背中には、和尚がいなくて寂しいという哀愁が漂っていた。


 春陽はスッと自分の席を立って、教室を抜け出そうとする。


 優紀と信二も春陽の行動を見ていたが、何も言わずに見送った。


 誰もいない廊下を歩いて保健室へと歩いていく。足音が響く音が気になる。





◆◆◆





 保健室を開けると、机に座った京香先生が首を傾げげて迎えてくれた。



「今日は何のご用かしら?綾香から何も聞いていないんだけど?」


「すみません。綾香先生絡みで、聞いてほしいことがあるんですけど」


「わかったわ。後ろのドアを閉めて、私の前の椅子に座ってちょうだい」



 春陽は保健室のドアを閉めて、京香先生の前にある椅子に座った。


 そして、この間からの絵理沙の仮彼氏になった経緯から、先ほど、信二と優紀に話したことまで、全てを京香先生に説明をした。


 京香先生は顔色も変えずに、いつもの妖艶な笑みを浮かべて、白衣を着て、脚を組んだまま、最後まで聞いてくれた。


 そしてスーッと京香先生が春陽の前に立ち上がる。その顔は無表情だった。



「春陽君、ちょっと痛いけど、我慢してね。後で治療してあげるから」



 そう言って、京香先生は、春陽の顔に、首が捩じれるほどの渾身のビンタを放った。



「綾香に今以上の負担をかけるなんて、最低よ。今でも、綾香は春陽君のことを大事にして、春陽君のことしか想っていない。春陽君のことを健気に一途に想ってるわ」



 京香先生はそこまで言うと甘い息を吐いて、首を横に振った。



「だから、今回の春陽君の行動も何も言わなかったと思うけど、仮でも春陽君に彼女ができて、綾香が喜ぶと思ってるの? 不安に思わないと思ってるの?全く相手の心をわかってないじゃない!」



 春陽はその言葉を聞いて、頭に雷が落ちたようなショックを受けた。


 綾香を守ろうと自分が選択した行動が、綾香を苦しませる行動になるなんて、思ってもみなかった。今日の朝まで綾香を見ていたが、微塵もそんな気配を漂わせていなかった。だから春陽は安心してしまった。



「それに春陽君は綾香一筋なんでしょう。絵理沙さんに振り向くことはあり得ないじゃない。春陽君は自分は全く振り向く気がなかったのに、絵理沙さんを彼女にしたの? それって生殺しじゃない」



 確かに冷静に聞けば、京香先生の言ってることは正論だ。春陽は絵理沙を生殺しにする所だった自分を反省する。



「それに絵理沙さんの仮彼氏になって、絵理沙さんの自由恋愛する時間を奪っているのよ。頼まれたからといって、引き受けていいことじゃない。今回の春陽君は軽率すぎよ」



 春陽が断れば、絵理沙が他の男性や、周囲の男性のことに目を配ったかもしれない。春陽を追いかけていたことで、盲目的になっていたのかもしれない。絵理沙をフッてあげたほうが、絵理沙の為だったかもしれない。



「こんな時もあると思って、私と連絡先の交換をしていたでしょう。なぜ、真っ先に私に連絡してこないのよ。全部、自分で解決しようとするから、こうなるのよ。もっと頻繁的に連絡してきなさい」



 いつも京香先生に連絡するとシャワー中ばかりや、寝ている時ばかりで、色っぽ過ぎて連絡できないんですって。京香先生に連絡するには、まだ純情すぎる春陽だった。


「それで絵理沙さんとは別の約束もしてるんでしょう。その話もしに来たんでしょう。早く話しちゃいなさい」



 京香先生に叩かれた頬を触ると真っ赤に腫れ上がっていた。ヒリヒリして痛い。



「もし、綾香が本気で俺のほうへ向いてくれたら、俺は綾香を受け入れるから、その時は仮彼氏は辞める。それまでは絵理沙は俺が絵理沙の方向を向くまで、絵理沙がアタックを続けても良いことになっています」



 ハァーと息をついて、京香先生は2度目のビンタで春陽の頬を殴り飛ばした。


 その目には少し涙が溜まっている。



「綾香は教師なの。それでも春陽君の心を一途に想って、ギリギリまでラインを引き下げて、春陽君の想いを受け入れようと必死で頑張ってるの」



 いつもの綾香の態度や仕草や行動で、そのことは春陽の心にも十分に伝わっている。



「先生と生徒の区別があるにも拘わらずよ。もう春陽君の一途な想いは綾香には届いているわ。春陽君も一途に綾香を想っている。両想いよ。そのことを理解できないの?」



 春陽は愕然とした。京香先生の説明を聞くと、その通りだ。もう既に春陽と綾香は両想いになっている。それを表面上、表に出せないだけだ。


 今回の行動で春陽は自分の軽率な行動を認め、自分が狭量な考えで行動していたことを認めた。



「京香先生、本当にすみません。俺が悪かったです。これからどうすればいいですか?」



 京香先生はいつもの椅子に座って、悩まし気で妖艶な息を吐く。



「綾香はどうしたいの? 綾香もはっきりと春陽君に自分の気持ちを言わないからこうなるのよ。カーテンの後ろで泣いていないで、こちらにいらっしゃい!」



 ベッドのカーテンが開かれると、顔を涙でクシャクシャにしている綾香が座っていた。


 そして京香先生の声に促されるように春陽の傍へ歩いてくる。


 そして春陽の腫れ上がっている頬を見て、目を吊り上げて京香先生を見る。



「こんなに腫れ上がるほど、春陽君を殴らなくても良かったじゃない。京香はいつも男性に容赦さなすぎよ」


「だって腹立ったんだから仕方ないでしょ。綾香みたいに後で1人で泣いてるなんて、私の性分に合ってないの」


「酔っぱらうと泣き上戸の京香に言われたくないわよ。いつでも酔うと、私にすがって泣いて愚痴を言うのは京香じゃない」


「春陽君の前で、私の酒癖をバラす必要なんてないでしょう。私の色々を春陽君にバラすなら、綾香の色々なことも春陽君にバラすわよ」


「ハワワワー。京香、それは止めてー! 絶対に言わないでー!」



 綾香がベッドから出て来たことで、会話がハチャメチャになっていく。


 春陽はその光景を見て額に汗をかいた。このままだとマズイ。



「話を元に戻したいんですけど、俺はどうしたらいいんですか?」



 綾香は目を潤ませて春陽の胸に飛び込んでくる。



「私、我慢できると思ったの。春陽君が一途に私のことを想ってくれていることはわかってるし、私も春陽君のこと一途に想ってる。だから大丈夫だと、自分の心に言い聞かせていたの。でも絵理沙さんの春陽君を想う一途な心が怖かった。だから京香に相談したら、京香にすごく怒られた……」


「あのね、表沙汰にできるか、できないかは、この際、置いておきましょう。そうすると、綾香が春陽君を一途に想っていて、春陽君も一途に綾香を想っている。この時点で両想いになっているでしょう」



 京香先生はやれやれと首を横に振る。



「2人共、世間の枠に囚われ過ぎなのよ。だから本質がわからなくなる。だから、危なっかしいのよね」



 京香先生は春陽に顔を近づける。


 京香先生のきれいで美しい妖艶な顔が春陽の目の前に映る。



「こうなったらもう、絵理沙さんも含めて、女同士で話をするしかないわね。役割上、春陽君には参加してもらうけど、基本的には女3人で大人の話をしましょう。後のとこはわからないわ。綾香もその時は覚悟を決めなさいよ!」


「私は春陽君を好きになってから、いつでも覚悟を決めているわ!」


「よろしい、綾香にしては覚悟を決めたのが早かったわね。それだけ春陽君のことが好きなのね」



 みるみるうちに綾香の頬がピンク色に染まる。



「今日のお昼休みに絵理沙さんと2人で保健室へきなさい。その時に4人で話をしましょう。春陽君は、責められる覚悟を持っておくようにね」



 京香先生の一言が、体の上にズシっとのしかかる。


 昼休憩時の保健室、女性3人で、どんな話をして、どんな話の展開になるんだろう。


 春陽には全く展開も予想もつけることができなかった。

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