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第14話 職員室にて

 廊下を足早に歩いていく絵理沙先輩の美貌の横顔はいつもよりもキリッとしている。



「ちょっと、絵理沙先輩! 落ち着きましょう!」


「だって、春陽君の心を独り占めされるなんて、イヤ!」



 廊下には大勢の生徒達が往来している。


 絵理沙先輩の迫力に廊下にいる生徒達は廊下の端へと避難する。


 絵理沙先輩は廊下の中央を早足で歩いていく。


 春陽は絵理沙先輩の横を歩きながら、落ち着かせようとするが無理だ。


 絵理沙先輩にこんな一面があったなんで驚きだ。


 いつも優しくて、清楚で上品で、大人の妖艶さを醸し出している絵理沙先輩と今は違う。


 今の絵理沙先輩は心の中にある情熱に動かされている。


 その原因が春陽だということが、春陽の心を悩ませる。


 絵理沙先輩が冷静になってくれることを祈って、声をかけるが、絵理沙先輩は止まってくれない。


 あっという間に職員室のドアの前に着いた。


 絵理沙先輩が職員室のドアを開ける。


 そして職員室を見回して、綾香先生と見つけて、静かな足取りで綾香先生の前まで歩いて行く。


 春陽は絵理沙先輩の後ろに着いていった。


 自分のデスクに座っていた綾香先生は、絵理沙先輩の顔を不思議そうに見ている。



「綾香先生に話があります」


「それは今すぐに話をしないといけない話ですか?」


「はい。よろしくお願いします」


「まずは席に座りましょう。空いている席に座ってください」



 絵理沙先輩は綾香の近くの椅子に座る。


 綾香も椅子を回転させて絵理沙先輩の対面に座りなおす。


 春陽は絵理沙先輩の隣に立つ。



「どうしたんですか? いつもの絵理沙さんより、少し興奮しているように見えますが、大丈夫ですか?」


「綾香先生にお話があります」


「何でしょうか? 先生が良ければ相談に乗りますよ」


「春陽君は綾香先生のことを一途に想っていると聞きました」



 綾香は初めて聞いたように、少し驚いた顔をする。



「綾香先生は春陽君のことを、どう思っていますか?」



 いきなりの絵理沙先輩の質問に、綾香は微笑んだまま、頬がピクピクしている。


 綾香は息を一息吐いて、自分を落ち着ける。



「春陽君が私のことを想ってくれるなら、担任として、とても嬉しいわ」



 絵理沙先輩が椅子を動かして綾香の席に近づく。



「綾香先生は春陽君のことをどう思っていますか?」


「そうね。担任として、自分の受け持つクラスの可愛い生徒だと思っています」


「男性として、どう思っていますか?」


「可愛い男の子だと思います。素敵な男の子ですよ」



 絵理沙先輩はじっと綾香の瞳を見つめる。



「春陽君に好意を持っているんですか?」


「絵理沙さん、少し落ち着いてください。私は先生です。ですから生徒との恋愛は禁止です。ですから生徒に恋愛感情を持つことは禁止されています」


「綾香先生が女性として、春陽君に好意を持っているかと聞いているんです」


「そうですね。春陽君は可愛い男の子です。そういう面では好意を持っていますよ」



 綾香は落ち着いた様子で、絵理沙先輩からの質問に答えていく。答えに淀むこともない。



「しかし、私が春陽君に好意を持っていたとしても、恋愛に進展することはありません。生徒と先生は距離を取って、恋愛することは絶対に禁止。絶対にダメです」


「では春陽君が一途に綾香先生のことを思っても、綾香先生は受け止めないということですか?」


「春陽君の気持ちを止めることは私にはできません。それは春陽君自身の問題です。春陽君に答えられない。それが私の答えです」



 職員室という場もあり、綾香は大人の女性として、先生として、キッパリと答えていく。


 段々と絵理沙先輩の興奮も落ち着いてきた。


 今更になって、自分の行動が恥ずかしくなってきたのだろう。


 顔を真っ赤に染めている。



「では、私と春陽君がお互いに好き同士になっても綾香先生は何も言いませんね?」


「絵理沙さんと春陽君が不純異性交遊をせず、節度あるお付き合いならば、私が口を挟むことはありません」



 綾香のその言葉を聞いて、体の力が抜けたのか、絵理沙先輩がフーと息を吐く。


 ずいぶん、緊張していたようだ。



「綾香先生の気持ちを聞けて安心しました。これで私も春陽君にアタックできます。ありがとうございます」



 絵理沙先輩は綾香に向かって、深々と頭を下げた。



「生徒の相談を受けるのも先生の仕事です。私で良ければ、いつでも相談に来てください」



 綾香は絵理沙先輩を安心させるように、ふわりと優しく微笑んだ。


 それを見て、絵理沙先輩もいつもの清楚で上品な微笑みを浮かべる。


 絵理沙先輩と綾香のやり取りを聞いていた教職員の先生達も、絵理沙先輩が落ち着いたことで、安堵した雰囲気が職員室内に流れた。


 絵理沙先輩が落ち着いたことで春陽の心も安堵する。


 綾香は先生としての立場を守り抜いた。これで綾香を怪しむ者はいないだろう。


 綾香ははっきりと春陽のことを、好意を持っていると言ってくれた。


 これは春陽にだけわかる、綾香からのメッセージだ。春陽はそれだけで心が温かくなる。


 職員室がいつもの雰囲気に戻ろうとしていく。



「子供は子供同士、大人は大人同士、仲良くすればいい」



 綾香の背後で爽やかな声が聞こえた。その場にいた全員が声の主に注目する。


 諸星駿モロボシシュン先生だ。桜ヶ丘高校の男性先生の中で、女子生徒達からトップの人気を誇っているイケメンで有名だ。


 茶髪の少し長めのカールの髪が良く似合う。西洋的な顔で、端正な顔立ちのイケメン。


 いつも体に合ったスーツを着用し、スマートな着こなしで女子生徒達から絶大な人気を誇っている。



「先生と生徒の恋愛は禁じられている。先生と生徒の間には、はっきりと区分けがされている」



 髪を搔きあげて、決めポーズのまま、爽やかに話す。



「子供同士が節度のある恋愛ごっこをするのを止める権利は先生達にはない。だから自由に恋愛をしたまえ」



 駿先生の言い方が気になるが、言っている内容は正しい。



「不純異性交遊があれば、校則によって注意勧告する。だから僕に迷惑のかからない範囲でやってくれ」



 話す度に決めポーズを変えるのが鼻につく。



「綾香先生も京香先生も生徒達に人気があるようだが、2人に交際を申し込めるのは僕のような大人だけだ。生徒がいくら想いを寄せても無駄だよ」



 何を言い出すんだ!



「綾香先生と京香先生は大人な僕が受け持つから、生徒は生徒同士で恋愛していなさい」



 どうして綾香が駿先生の受け持ちになるんだ!



「綾香先生と京香先生には、私のような大人な男性が良く似合う。2人のことは私に任せてもらおう」



 そう言って駿先生は座っている綾香の肩の上に手を軽く置いた。



「ハワワー! 私は駿先生は好みではありません!」



 綾香は慌てて、席をたって、急いで職員室から逃げていった。



「相変わらず、綾香先生はシャイで可愛いな。しかし、京香先生の大人の女性特有の妖艶さも捨てがたい。なんと僕はモテてて、罪深い男なんだろう」



 あーこの駿先生って教師、完全にナルシストだ。完全に周囲の雰囲気を読めていない。



「勝手に京香先生に声をかけられては俺が困ります!」



 大きな声が職員室に響く。


 春陽が振り向くと、そこには白沢圭吾シラサワケイゴ先生が立っていた。



「私も京香先生を狙っていたのは俺も同じ。夕食にお誘いするつもりだった。駿先生だけ抜け駆けは許しませんよ」


「では今度、4人で夕飯でも行きますか。僕が綾香先生をエスコートします。京香先生は圭吾先生にお譲りしますよ」


「駿先生、ありがたい。4人で楽しい夕食にでも行きましょう」


 駿先生と圭吾先生が綾香と京香先生を狙っていることは間違いない。


 大人の男性教師2人が、綾香と京香先生を連れて、夕食を食べに行く計画を建て始めた。


 完全に綾香と京香先生狙いだ。


 男性教師達との夕食に綾香を参加させたくない。



「君達は職員室での用事が済んだんだろう。ここは先生達の職場だ、子供の遊び場じゃない。用事が済んだら速やかに職員室から出ていきなさい」



 駿先生が春陽と絵理沙先輩を指さして命じる。


 ここは職員室だ。駿先生の言っていることが正しい。


 春陽と絵理沙先輩は職員室から廊下へ出た。


 絵理沙先輩が春陽に深々と頭を下げる。



「興奮して職員室まで行っちゃった。春陽君には迷惑をかけてゴメンなさい」


「いつも清楚で上品で穏やかな絵理沙先輩に、こんな一面があるとは思いませんでした」



 絵理沙先輩の顔が見ているうちに真っ赤に染まる。耳や手まで赤い。


 相当に恥ずかしいのだろう。



「私、もう行くね。また食堂で会おうね。アパートでもね」



 そう言って、絵理沙先輩は廊下を足早に歩いて行った。


 綾香を探さないと!


 春陽は綾香が逃げ込んだであろう、保健室へ向かった。


 保健室に入ると、京香先生に抱き着いている綾香がいた。


 京香先生がホッと安堵の吐息を漏らす。



「駿先生が、また問題発言をしたんですって!」


「綾香先生と京香先生は駿先生が受け持つと言われました」


「駿先生には困ったものね。駿先生は極度のナルシストなの。だから人の意見を聞き入れないの。そして綾香と私のことも狙っているわ。特に綾香のことがお気に入りみたいなのよね」



 さっきの駿先生の言い方からも、そのことは薄々勘づいていた。



「駿先生って、変わっていて、自分は女性にモテると思い込んでいて、女性は誰でも自分になびくと思ってるらしいのよ。私達は嫌がってるんだけど、無視されるのよね」



 駿先生は完全なナルシストだな。さっきも職員室で全く空気を読んでいなかったもんな。



「駿先生と白沢先生の2人で綾香先生と京香先生を夕食に誘う計画をしてましたよ」



 京香先生が力なく椅子に座って、少し疲れたような、ため息をつく。



「先生同士の情報交換が大事だからって、いつも私と綾香を夕飯に誘ってくるの。先生同士の付き合いも大事だから、断りづらいのよね。すごくイヤだけど」


「……」


「教師同士の情報共有と言われると、私達も何の反論もできないのよね」



 大人の事情、教師同士の事情も理解できる。しかし、綾香を狙っている駿先生と、綾香が夕食に行くのは、個人的にはイヤだ。


 さっきまで京香先生にすがっていた綾香が春陽をじっと見つめている。


 そして春陽の胸の中へ飛び込んできた。思わず、春陽は綾香を抱きしめる。



「私、本当は駿先生や白沢先生と夕食に行くのがイヤなの。本当は春陽君の傍にいたい」


「うん」


「でも教師同士の交友と情報共有と言われると、京香と一緒に夕飯に行くしかないの。でもなるべく断る」


「うん」



 綾香の気持ちが伝わってくる。春陽は上手く言葉が出なかった。



「もし、駿先生や圭吾先生と夕飯を食べに行ったとしても誤解しないで。私は春陽君一筋だから」


「うん、わかった。綾香の辛い立場も理解した。そんな時は、必ず連絡してほしい。夜、待ってるから」


「ありがとう! 私を信じてくれてありがとう!」



 近い内に駿先生と圭吾先生に誘われて、京香先生と綾香は夕食に行くことになるだろう。


 職場の交友と言われれば仕方がない。



「私も春陽君を信じる。だから春陽君も私を信じて」


「わかってる。大丈夫だよ」



 京香先生が椅子から立ち上がって、抱き合っている春陽と綾香の間に両手を入れて、2人を離させる。



「これ以上は、夜にアパートで2人っきりの時にしてちょうだい」


「「ごめんなさい」」



「アパートでも交際を進展させるのは禁止だからね。それだけはダメよ」



 京香先生は春陽と綾香を見て頬をピンク色に染めて、ため息を吐いている。



「俺、教室へ戻ります」


「春陽君、夜に私の部屋へ来てほしい……」


「うん、行くよ」



 綾香は春陽の顔を見て安堵して、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに微笑んだ。

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