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第13話 思わぬ落とし穴

 絵理沙先輩から告白されてから1週間が経った。


 春の日差しが段々と夏の日差しに変わろうとしているように、温暖な日々が続いていた。


 しかし、今日は残念なことに、外は大雨となっている。


 灰色の雲が幾層にも重なって大空を埋めている。



「平家物語はこれで終わりになります! 必ず中間考査のテストには出てくる箇所なので、ここだけは押えて置いてくださいね~エヘヘ」



 教壇の上に立って教科書を持っている綾香が少しはにかんで微笑む。


 テストに出る箇所をサービスで学生達に教えているのだろう。


 生徒思いの綾香のやりそうなことだ。



「10分ほど早いですが、これで今日の授業は終わります。先生は職員室へ戻りますが、皆さんは平家物語の復習をしてくださいね」



 そう言って、教壇で頭をペコリと下げた綾香は、生徒達に恥ずかしそうに手を振って、教室を出て行った。


 教室を出る時に手を振りながら、綾香が春陽の顔を一瞬だけ見て、視線を合わせる。


 春陽は何も言わず、綾香から顔を逸らせた。


 綾香が出て行った後、生徒達は復習をするわけがなく、仲の良いグループに分かれて雑談を始める。


 春陽の席の周りにも、信二、優紀、和尚の3人が集まってきて、それぞれに開いている椅子に座る。


 信二がアゴを撫でて、机に肘をつく。



「最近の綾香先生、機嫌もいいし、何かいいことでもあったのかな?」


「そうだな。最近は以前よりも笑顔が輝いてるよな。それにすごく女性っぽくなったというか、色っぽくなったよな」


「左様、人は心によって表情や仕草、行動も変わるモノ、綾香先生にも良きことがあったのであろう」



 和尚は言い終わった後に、クリクリの瞳を春陽に向ける。そして顔を綻ばせる。



「春陽殿の心の悩みも解けたご様子。しかし、綾香先生と目が合うと顔を背ける。以前よりも斜めに構えるようになったように思える」



 優紀も和尚の意見を聞いて頷く。



「元々、表情が乏しくて、無表情だけどさ、以前よりも確かに性格がひねくれたように見える」


「左様、かと言って、心が以前よりも落ち着いておられる。良く転じたのか、悪く転じたのか……」


「勝手に人のことを観察しないでくれ!」



 和尚は頭の回転も良く、勘も鋭い、大きなぽっちゃりとした体をしているのに、いつも何も言わずに気づいていることも多い。


 優紀にまで変わったと言われるのはマズイ気がする。これが京香さんの言っていたボディ―ランゲージだな。


 信二が不満げな声を出す。



「最近さ、京香先生が春陽を見る目が優しくなったような気がするんだよな。それに何だか親し気だし、どうなってんだ?」


「知らないよ。皆も知ってる通り、俺は年上フェチで、今は綾香先生に一途だ。京香先生と仲良くした覚えなんてない」



 それはウソだ。綾香と親密になってから、毎日のように京香先生からスマホにラインがくる。


 春陽と綾香の恋愛が進展していないか監視しているのだ。だから毎日、夜に京香先生と簡単なラインのやり取りをしている。


 綾香の近くにいる条件として、恋愛を進展させてはダメという条件を出されている。


 この1週間、時々、夜に綾香の部屋にお邪魔しているが、京香先生との条件を忘れたことはない。


 スキンシップはあってもそれ以上のことを、綾香も春陽も考えていない。2人にとって近くで一緒に居られるだけで幸せだった。


 毎日のように京香先生とラインをしているので、京香先生ともラインで雑談をする仲になった。


 その影響で、少しだけ京香先生が春陽に心を許している。それを信二は勘で察知したのだろう。


 京香先生との距離感をきちんと保たないといけない。



「いけません。いけませんぞ。春陽殿、京香先生は皆で愛でるモノ。1人だけ親しくなるのは、温厚な拙僧でも許すわけには参らん」



 ドッカリと大きな体を椅子にもたれかからせて、冷静を装っているが、和尚の大きな目が少し吊り上がっている。



「俺は何もしてない。綾香先生にかけて誓える。信二達の誤解だ。俺は綾香先生に一途だ」


「そうであった。春陽殿が二心を持つような御仁ではござらん。この和尚としたことが、京香先生のこととなると感情の炎が表に出てしまう。まだまだ修行が足りませぬ」



 和尚はツルツルの頭を右手で撫でて、少し恥ずかしそうにしている。


 優紀が不満な顔をして、脚を組み替えて、胸の前で腕組みをする。



「俺は春陽に不満があるぜ。この1週間、毎日のように絵理沙先輩に昼休憩の時に学食に呼ばれてるじゃん。そのことに納得できない」


「俺が誘っているわけじゃない。不満があるなら優紀も一緒に学食に来て、一緒に昼食を食べればいいじゃん」


「絵理沙先輩から誘われていることが羨ましいと言ってるんだよ」


「だったら一緒に学食で昼食を食べよう。それで解決じゃん」


「それが簡単にできるなら苦労しないっつーの。昼食は香織と一緒に弁当を食わないと、明日からの弁当がなくなる」



 香織は優紀が絵理沙先輩に憧れていることを知っている。


 以前に香織を無視して、学食で絵理沙先輩達と昼食を食べたことが香織にバレた。


 次に香織に黙って絵理沙先輩と一緒に学食で昼食を食べれた時の香織の態度が怖い。


 その時には、優紀の弁当は作らないと香織から言われている。


 信二が不満そうな優紀の顔を見てニヤニヤと笑っている。少し優越感なようだ。



「俺は時々、春陽と一緒に学食に行って、絵理沙先輩と咲夜先輩に会ってるぜ。2人の美女と昼食を食べるのは良いよな」



 最近は絵理沙先輩となるべく2人っきりにならないように、時々、信二を学食に連れて行っている。


 絵理沙先輩も学食で昼食を食べる時は、咲夜先輩が一緒にいる。


 しかし、何かの都合で、咲夜先輩がいない時もあった。その時は信二が一緒だったから助かった。


 和尚も昼食に誘ったことはあるが、昼食は静かに落ち着いて食するものと言って、和尚は春陽の誘いを断っていた。


 優紀が少し暗い顔になって、ため息をつく。



「香織が嫉妬深くなかったら、俺も絵理沙先輩と学食で楽しく会えるのに。大体、絵理沙先輩と会うだけで何もないのに、香織は警戒しすぎなんだ」



 いつものように香織の愚痴は言うが、素直に香織のいうことに従う優紀がいる。


 別に2人は付き合っている訳ではない。仲の良い幼馴染の間柄だ。長年培った、行動習慣というは恐ろしい。


 優紀は完全に香織の尻に敷かれている。


 愚痴を言いながらも香織に付き合っている優紀を見ると、案外、2人は上手くいくのではないかと思う。


 しかし、香織と優紀の間のことは深く言わないことが、暗黙の了解になっている。


 昼休憩のチャイムが鳴る。


 優紀、信二、和尚の3人はそれぞれに席を立つ。


 信二が和尚を親指で指す。



「今日は、俺は和尚と一緒に昼食にするわ。和尚をいつも放っておくのも気が引けるからな」


「拙僧のことは気にせんで良い。昼食は静かに食べるモノ。信二殿は気兼ねしなくて良い」


「昼食食べ終わってから、保健室へ京香先生に会いに行こうぜ」


「それは良い提案であるな。拙僧もご同行しよう」



 優紀は何も言わず、少し暗い顔で自分の席へと戻っていった。


 今日も絵理沙先輩に学食に誘われていた春陽は、今日は1人かと思いながら、教室を出る。


 校舎とは別棟になっている学食へ廊下を、他の大勢の生徒達の波に乗って、春陽は歩いて行く。


 学食に入った春陽は食券で日替わり定食をトレイに乗せて、絵理沙先輩を探す。


 絵理沙先輩が頬をピンク色に染めて、少し恥ずかしそうに微笑みながら、小さく手を振っている。


 春陽が絵理沙先輩の元へ向かうと、意外な人物が絵理沙先輩の隣に座っていた。


 春陽と同じクラスの神代千春カミシロチハルだ。


 茶髪のミディアムショートカット。


 くっきり二重に大きな瞳。小さな鼻。オシャレな眼鏡が印象的だ。


 顔も童顔だが、胸もツルペタに近く、シャツからの膨らみは小さい。


 春陽は少し渋い顔になって絵理沙先輩の席の向かいに座る。



「なんで千春がいるんだよ。お前はいつも香織達と一緒じゃないか。今日はどうしたんだ?」


「絵理沙先輩に昼食を誘われたから来たんです。別に春陽に会いに来たわけじゃないわ」



 千春は文芸部の絵理沙先輩の後輩だ。そして春陽が文芸部を辞めた原因でもある。



「絵理沙先輩が誘ったんなら仕方がないけどさ。教室の中では、あまり近寄らないようにしてやってるんだから、少しは気を使えよ」


「春陽に気を使ってもらうことなんてないよ」


「じゃあ、お前、あの趣味は治ったのかよ?」



 クラスでは言ってはいないが、千春には致命的な趣向がある。



「何のことだか私にはわかりません!」


「千春のBL好きだよ! まだ、あんなモノを小説にして書いてんのか!」



 千春は春陽の言葉を聞いて、口に含んでいた料理を噴き出しかけた。目を丸くしている。


 絵理沙先輩は額を押えて、そっと目を伏せる。


 絵理沙先輩も知っているはずだ。春陽と千春の組み合わせは最悪と言っていい。



「春陽君、学食で大きな声で言わないで。千春と仲良くしてちょうだい」


「だって……俺が文芸部を辞めた理由を絵理沙先輩は知っていますよね」


「そのことは知ってるけど、もう少し千春と仲良くしてよ。私の後輩だから。お願いよ」



 春陽が文芸部を辞めたのは、千春が書いた小説にある。


 1年生の時、千春が書いていた小説をたまたま手に取って読んでしまった。


 その内容が、春陽と優紀の睦事だった。春陽はあまりのショックに千春の小説を落としたほどだ。


 それから千春にじっと見られると、体が震えるようになった。千春が苦手なのだ。


 それから春陽は部活を辞めた。4月になりクラス替えがあり、千春と一緒の組とわかった時、春陽は悪夢だと思った。




「絵理沙先輩も千春の趣向を知ってるんですから、千春の性格を直してくださいよ」


「小説で何を表現しようと、それは個人の表現の自由よ。だから私に千春を止める権利がないの。千春の性格には困ってるけど……」



 絵理沙先輩が本当に困った顔をして、眉を八の字にして、顔を引きつらせている。



「私、ちゃんと自分の性格を見直したわよ。それで見つけたわ。新しい自分を!」


「新しい自分って何だよ?」


「私、BLも好きだけど、美しくてきれいな女子も好きだってことに気づいたの。だから、絵理沙先輩や香織のことを愛してるわ!」



 千春は胸を張って、眼鏡をクイっと持ち上げて、微笑んでいる表情は実に楽しそうだ。


 春陽は口に入れていた料理を思わず吹き出しそうになって、手で口元を押える。


 治るどろこか、悪化してるじゃねーか。



「千春が絵理沙先輩を狙うな。それに香織はお前のその趣向を知ってるんだろうな?」


「香織に知らせたら、春陽と優紀の小説を学校中にバラまくよ! されたくなかったら内緒にしてね!」



 そんな小説をバラまかれたら、桜ヶ丘高校にいられなくなる。そんな恐ろしい目に合いたくない。



「わかった、落ち着け。香織には話さない。それにしても、お前、以前よりも質が悪くなってないか?」


「春陽に人の趣向を言われたくないわよ。春陽だって特殊性癖の癖に!」


「俺のはただの年上フェチなだけだろう。千春に比べたら、俺の方がマシだろう」


「2人共、いい加減にして。頭が痛くなってきたわ。少しは落ち着いて仲良くして」



 無理! 絶対にコイツとだけは無理。 気が合わない。



「絵理沙先輩だって、千春と会えば、俺がこうなることがわかっているでしょう。どうして千春を呼んだんですか?」



 絵理沙先輩は春陽を見てふわりと微笑んだ。しかし、瞳が笑っていない。


 イヤな予感がする。



「千春から、この間、春陽君のことについて、少し教えてもらったの。それが本当かどうか確かめたいわけ」



 千春の奴、何を絵理沙先輩に吹き込んだ?



「私ね。春陽君が年上好きっていうのは知っていたわ。でも、知らなかったわ。今は1人の女性に一途なんだって? 千春、そうよね!」


「はい、そうですよ。春陽は今、綾香先生に夢中で一途です。クラスで知らない生徒はいませんよ。全員が知ってる公然な事実です」



 千春が文芸部で絵理沙先輩の後輩だということを忘れてた。



「これで春陽君が好きな女性が私にもわかったわ。春陽君が隠すはずよね」



 絵理沙先輩はフワリと微笑んだまま、表情を崩さない。しかし目が全く笑っていない。


 そのことが春陽は怖かった。


「私、絶対に春陽君を振り向かせてみせる!」


「へ?」



 千春が間抜けな顔をして絵理沙先輩と春陽の顔を何度も往復して見る。



「まさか? 絵理沙先輩の好きな男性って春陽のことですか?」


「そうよ! もう隠したりしないわ! 私は春陽君が好きなの!」



「イヤーーー!」



 千春の絶叫が学食にこだました。


 周囲の生徒達が千春の声に驚いて、春陽達のテーブルを見る。周囲の生徒達の注目が集まる。



「今から職員室へ行って、綾香先生が春陽君のことをどう思っているか、気持ちを確かめてくる! 私、春陽君のことを絶対に諦めないから!」



 絵理沙先輩、興奮し過ぎている。今、どこにいるのかもわかってない。


 絵理沙先輩は弁当を片付けて席を立って歩き始めた。


 春陽は慌てて、トレイを返却口に置いて、絵理沙先輩の後を追った。

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