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第11話 突然の告白

「部屋を片付けますから、少しの間、待っていてもらえますか?」



 部屋の中は昨日、掃除機をかけたけど、今日の朝、布団が敷きっぱなしになっている。


 いくら春陽でも部屋の中を見せるのは恥ずかしい。



「春陽君の部屋が散らかってるのは知ってる。私も片付けるのを手伝うよ。そのほうが早いから」


「制服が汚れますよ」


「わかったわ。私も私服に着替えてくるから、その間に部屋を片付けておいてね」



 絵理沙先輩はドアを開けて203号室に入っていった。


 ホッと安堵の息を吐いて、202号室の自室の扉を開けて、中に入る。


 ブレザーや制服を着替えて、黒のジャージ姿になる。


 そして布団を押し入れに片付けて、テーブルの上に置いてあった、カップラーメンやコンビニ弁当のゴミを45ℓの半透明な袋に詰め込んで、ベランダに出す。


 部屋は昨日のうちに掃除機をかけたから大丈夫だろう。


 立てかけてあった大き目のテーブルを部屋の中央に置き、2つの座布団を対面におく。


 そして素早くスマホを取り出して、絵理沙先輩が勉強を教えにきたことを綾香先生にラインで伝える。


 すぐに返信がきた。



『絵理沙さんに勉強を教えてもらってください、終わったら部屋で待っています』と書かれている。


『ごめんなさい』と返信してポケットにスマホを押し込む。



 インターホンのチャイムがなる。それと同時に玄関のドアが開いた。


 ニットのワンピースを着た可愛い姿の絵理沙先輩が立っていた。


 スカートが短いので美しい脚が眩しい。



「入ってもいいかな?」


「今、片づけを終えたところです」



 部屋に入ってきた絵理沙先輩がダイニングと居間をキョロキョロと見回す。



「キッチンが少し汚いから、勉強が終わったら、キッチンをきれいにしてあげるね」



 しまった! キッチンまで気が回らなかった!


 絵理沙先輩が今のテーブルの座布団の上に姿勢正しく座る。そして教科書類をテーブルの横に置く。


 春陽も絵理沙先輩の対面の座布団に座って、教科書とノートと筆箱をテーブルの上に置く。


 茶髪のロングヘアーのカールが美しい。


 きれいな鼻筋、少しポッテリとして濡れた唇。形の良い眉、おっとりとした二重。


 妖艶な小顔がテーブルを挟んで清楚に微笑んでいる。


 絵理沙先輩から甘い香りが漂ってくる。



「春陽君の学力がわからないから、いつもの通りに勉強してみて」


「はい」



 教科書と問題集を開いて、ノートを開いて、春陽は問題を解いていく。


 流れるような作業に淀みが全くない。


 絵理沙先輩には言っていなかったが、春陽は学校の成績は悪くない。むしろ良いほうだ。


 春陽が勉強してる姿を絵理沙先輩は真剣に見守ってくれている。


 間違っていないか、要点は的確に押さえているか、確かめてくれている。



「へえー! 春陽君、勉強できるんだね。要点も的確に押さえてる。私の教える所ないじゃない!」


「そうですか。絵理沙先輩に褒められるなんて嬉しいな」



 西日が差し込む部屋を温かくて和やかな雰囲気が包み込む。


 落ち着いた時間が流れていく。



「私、汚れていたキッチンを少しきれいにしてくるわね」


「お世話かけます」



 絵理沙先輩は立ち上がってキッチンへ向かう。


 蛇口から水が流れる音がして、キッチンを洗い流す音が聞こえる。


 キッチンから絵理沙が小さい声で春陽に語りかける。



「春陽君に聞きたいことがあるの!


 春陽君って女性の話題がないよね」


「そうですね。全くないですね」


「好きな人はいるの?」



 なるべく気軽なふりをして絵理沙先輩が聞いてくる。


 しかし、絵理沙先輩が今までこんな話をしてきたことはない。


 絵理沙先輩がある種の意味を込めて聞いてきたのが春陽に伝わってくる。



「絵理沙先輩こそ、モテるのに、男子を振ってばかりしていると噂になっていますよ。好きな男性でもいるんですか?」



 質問で返すことによって、春陽はごまかした。



「うん! 好きな男の子はいるよ!」


「絵理沙先輩のような大人っぽいきれいな女性に好かれるなんて、その男子はすごいですね」


「そうかな? 私だって18歳の女の子だよ。好きな人がいてもおかしくないでしょ」


「そうですね。女子高生としては普通のことだと思います。絵理沙先輩に好かれていることを知れば、普通の男子は嬉しいと思いますよ」


「本当? 本当にそう思ってくれるかな?」


「はい! 後輩の俺が保証します!」



 トントンと足音をたてて、絵理沙先輩が居間に戻ってきて、テーブルを挟んで春陽の目の前に座る。



「私って、春陽君が思っているほど、清楚でもないし、上品でもないよ。普通の女の子よ」


「絵理沙先輩は落ち着いていて、少し大人な雰囲気を持っていて、きれいで美しくて、可愛い女性だと思いますけど」


「私って、想い込んだら、一直線なタイプかもしれないよ。執着心もあるし、独占欲もあるかも」


「それって女性なら、誰でも少しは持っているんじゃないですか? 俺はそう思いますけど」



 絵理沙先輩がいつもの微笑みを消して、少し真剣な顔になる。



「私のタイプは春陽君なの!」


「え!」



 絵理沙先輩のことだから、大学生位の男性が好みと春陽は思い込んでいた。


 まさか自分がタイプと言われるなんて。



「文芸部員で春陽君と一緒の部室で本を読んでいる時、幸せだった。だって毎日、顔を見ることができたんだもん」


「……」


「急に2年生になってから退部しちゃって、本当は私、すごく寂しかったんだからね」



 絵理沙先輩はきれいな頬を少し膨らませる。



「相談もせず、すみません」


「それはもういいの。今はお隣さんで会えるから。私がどれだけ嬉しかった。春陽君にはわからないでしょう」


「……」



 何だか話の進行がマズイ方向に流れている。何とか軌道修正したい。


 しかし、言葉が見つからない。どうしたらいい。



「春陽君のことは1年間見て来たわ。年上好みよね。私は春陽くんにとって魅力ないのかな?」



 絵理沙先輩は魅力的な女性だ。そのことは間違いない。




「絵理沙先輩は魅力的な女性だと思います。桜ヶ丘高校の男子全員がそう思っています」


「私は桜ヶ丘高校の男子生徒の意見を聞いてるんじゃないの。春陽君個人の意見を聞きたいの」



 春陽から見ても魅力的な女性の先輩であることは間違いない。



「俺から見ても魅力的な女性の先輩です」


「春陽君は好きな子はいるの? 正直に答えて!」



 綾香先生が好きですとは絵理沙先輩には言えない。


 どうやってごまかせばいいんだろう。


 全く思いつかない。



「秘匿事項です。答えられません」


「やっぱり好きな子がいるのね。上手くいってるの?」



 今日は綾香先生と心を確かめ合ったばかりとは絶対に言えない。


 とんでもないことになる。絶対に言えない。



「答えません!」


「あまり進展していないみたいね。それだと私にもチャンスがあるわね」



 何を言い出すんだと、春陽は心から驚いた。


 普段の絵理沙先輩から考えられない言動だ。


 春陽は上手くいってるとも、上手くいっていないとも言ってない。


 それなのに勝手に勘違いし、受け取ったようだ。


 絵理沙先輩が姿勢を正して、真剣な顔で春陽を見つめる。


 今まで見せたことのない真剣な眼差しを春陽に向けている。



「私、春陽君にアタックすることに決めた。私、ずっと春陽君のこと好きだったんだもん。好きなら誰にも負けない!」


「絵理沙先輩、突発的に決めるのは良くないと思います。もっと時間をかけて良く考えたほうが良いです」


「全然、突発的じゃない。さっきから言ってるでしょ。春陽君が部活にいた時からずっと好きだった。十分に時間をかけて考えた結果よ」


「俺はそんな良い男ではないですよ。年上フェチだし、家事全般できないし、イケメンじゃないし、性格も良くないですよ。絵理沙先輩には、もっと似合った男性がいると思います」


「私は春陽君がいいの。春陽君ができないことは、私がしてあげる」



 無茶苦茶なことを言い出したよ。絵理沙先輩にもこういう一面があったんだな。


 何を言っても絵理沙先輩の心の方向を変えるのは無理なように思う。


 でも、本当のことは言えない。



「これだけ抵抗するんだから、春陽君に好きな女性がいることはわかったわ。だから、もう春陽君に好きな子がいるか質問はしない」



 そう思ってくれたなら、良かった。これで諦めてくれるだろう。


 春陽は心の中で安堵の息をついた。



「私、春陽君にアタックする。だって春陽君のことが本気で好きだから。そして、その女性から春陽君の心を振り向かせる!」



 絵理沙先輩の顔が真っ赤に染まっている。本当はすごく恥ずかしいのだろう。


 絵理沙先輩がいきなり立ち上がり、春陽の隣に座って首に手を回してギュッと抱き着いてくる。


 一瞬の出来事で春陽は何の行動を起こすこともできなかった。


 耳元で澄んできれいな甘い声がささやかれる。




「絶対に私の彼氏になってもらうんだから。春陽君、大好きだよ。いっぱい、いっぱい大好き」



 ギュッと春陽の体を抱きすくめた後、絵理沙先輩は自分の荷物を持って居間を歩いて行く。


 そしてクルリと体を反転させて春陽を見て、ニッコリと微笑む。


 絵理沙先輩の頬から首元にかけて、ピンク色に染まっている。



「絶対に春陽君の心を私のモノにするんだから。そして私から離れられないようにするんだもん」



 春陽の頭の中では、絵理沙先輩が耳元でささやいた言葉が繰り返し流れている。


 頭の中が真っ白で思考が追いつかない。



「恥ずかしいから、今日は帰るね。また勉強しましょう。時々、料理も持ってくるから、一緒に食べましょう」



 居間に座ったまま呆然としている春陽を残して、絵理沙先輩は部屋から去っていった。


 上手く働かない頭を抱えて、ポケットからスマホを取り出して、綾香先生にラインを打つ。


____



『綾香先生、相談したいことがあります。至急です』


『大丈夫だよ。今日の夜、私の部屋に来て♡ 待ってるから♡』


____



ラインのハートマークを見て、春陽は嬉しいが困ったことになったと、居間で悶えて転げ回った。

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