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彼が語る、夏休みの山の話

作者: 翠川稜





 俺は去年の夏に再会した北根に尋ねた。

「山と海、夏場に行くならどっちがいい?」

 北根とは小学校が同じで、当時はあまり一緒に遊んだ記憶はないんだが、線が細くて女の子みたいで、ともすれば、当時のクラスの女子よりも大人しくて、だけど、不思議なくらい印象が強かったのは覚えている。

 女顔で線が細くていじめられっ子ギリギリの雰囲気の奴だったが、再会したら意外と今風の爽やかイケメンに成長していて、ちょっと悔しかったりする。

「海かな」

 即答で意外な答えだった。その雰囲気から断然山とか言いそうなんだよな。

 夏で海っていったら俺的には女子の水着しか連想しないし、もちろん俺も海派なんだが、こいつが「海」って答えるのは不思議だ。

 いやいや山男って雰囲気ではないから海っていう答えもその外見からありっちゃありなんだけどね。でもイケメンなんだけどナンパってイメージがないもんだから、意外な答えだと思った。

「意外だなー山って答えるもんだと思っていた」

 ちなみに俺も北根も大学生でバイト帰り。

 北根は親戚の不動産会社でバイトをしている。

 今日は偶然駅であって、久しぶりだから暇なら一緒に飯でも食わね? って現在居酒屋になだれ込んだわけで。

「山は……あんまり、いい思い出がないから空気がおいしくていいんだけど……」

 ジョッキを片手に持つ北根は憂い顔でそんなことを呟く。

 よかったよー今俺だけで、この場に一人でも女子がいたらうるさかっただろうなー。

「なんだよー遭難でもしたかー?」

「うん、子供の頃に」

 これまた即答だった。

「子供の頃!? な、お前よく無事だったな!」

「うん、今思い出すと、宮田の言う通り、よく無事だったと思うよ我ながら……あーでも今なら大丈夫かな……僕も大きくなったから」

 俺は首を傾げると、北根は穏やかに微笑んだ。

「ちょっと長くなるかもだけど、僕は子供の頃、山で体験した話をしてもいい?」

 俺が頷くと北根は語り始めた。




「子供の頃ってさ、両親と一緒に両親のどちらかに里帰りするだろ? 僕もそれで母親の田舎に行った時に起きた出来事なんだ。その田舎は本当に町っていうより村って感じで、田んぼの他には小川と小さな山があって。子供が遊ぶ場所なんかなくて。

 子供もその近所にはいなかった。一人でどうやって何もないところで遊べばいいかわからなくて、携帯ゲームもあんまりやっていると親も祖父母もいい顔しないしで、とりあえず一人でその辺をぶらつこうと思ったんだよね。

 とりあえず、夏休みの課題だった絵を描こうと思って、スケッチブックと鉛筆持って祖父母の家を出たんだ。

 家からすぐのアスファルトで舗装された車道を渡ると、もう回りは田んぼしかなくて、小川まで砂利道が一本まっすぐ伸びているから、とりあえず、小川まで足を延ばしたんだ。せめて小川に入れればよかったんだけど、川岸は葦が伸びきっていて、とてもじゃないけれど小川には入れそうにもなくて、しょうがないから、そのまま橋を渡った。

 祖父母の家からはずいぶん遠く歩いた感じだったんだけど、とりあえず、一本道だから迷うはずもないと思ったし……視界には祖父母の家はまだ見える状態だったからね。

 でも、橋を越えたところ道の脇にある雑木林が結構な影を作っていた。ちょっと涼しいなと思ってそのままテクテク歩いてた。

 でも、まっすぐ歩いていると思ったら高低差がある小さな道になってたんだよね、ふと振り返ると、祖父母の家は見えなくなっていた。

 でも歩いてる道は砂利道とはいえ、車一台は走れる幅があるし、そのまま、歩き続けることにしたんだ。

 どこまでもまっすぐに歩いていくと道の真ん中に当時の僕よりも大きな石碑があったんだ。

 車だって通りそうな道だから、多分どこかへつながってるはずなのに、行き止まりみたいにそこにそびえてた。

 岩には文字とかへんな模様とか彫られていたのは覚えてる。日本語だとは思うけど、当時はまだまだ漢字なんてわからないし」


 え、ちょっとまて、漢字がわからないって、そのぐらい小さいっていうと小学校低学年ぐらいじゃないのか?

 よく無事だったな。ていうかそれぐらい小さい子を一人で山で遊ばせんなよ。怖えな。 というか、こいつ。ガキの頃は女子っぽいってからかわれていたぐらいだったのに、その外見にそぐわず意外と行動派だったのか!


「石碑を見てると、声をかけられた。すごく訛っていたから、よくわからなかったけれど、多分『どうしたの?』みたいな言葉だったと思う。

 当時の僕よりほんの少し年上の男の子だった。散歩してるって答えたら、僕の持っているスケッチブックを見て、『ここら辺はスケッチにむかないからやめな』的なことを言われたんだ、何しろすごく訛ってるからこっちもよくわからないけど、祖父母の言葉っぽいから、とりあえず地元の子なんだなって思った。

 その子は白い甚兵衛さんみたいな服をきてた。虫かごとか虫取り網じゃなくて、スケッチブックだったから物珍しそうだった。一枚破ってその子にあげたんだ。鉛筆も渡そうとしたんだけど、その子はその破いた紙を折りたたんで綺麗に切って、また折り紙をするように折りたたむ。

 そして紙飛行機を作ってふわあって飛ばした。風に乗ってすごく長く宙を飛んでいた。紙飛行機であんなに長く宙を飛んでいるのは多分、後にも先にもあの時の男の子が折った紙飛行機だと思う。そんな感じで男の子と遊び始めたんだ。紙飛行機を飛ばしながら。男の子は高いところから飛ばそうって、そう言って、その砂利道を少し進んだところに階段があってそこを登り始めたんだ。階段って言っても舗装された階段じゃない。地中に平らな石をはめ込んだみたいな、山道によくあるようなあの階段だよ」


 牧歌的だな。山の中で紙飛行機の飛ばし合いか。

 そこまではそんな感じで俺も耳を傾けることができた。


「階段を上っていくと、途中で鳥居が立ち並び始めていた。赤い鳥居で小さい感じ、それがずーっと山の奥まで連なっているんだよね。神社でもあるのかなって思って、男の子の後を追ったんだ。その途中で、祖父ぐらいの年齢の男の人が階段に立っていて、その男の子を呼び止めたんだよ。やっぱり訛りがひどくて聞き取りづらかったんだけど、その男の人も来ている服が作務衣みたいで、真っ白いんだよ。俺を見て、「男か女か」って聞いてくるわけ「男だったら」この先を通すな的な会話があったみたい。

 男の子は僕が男だろうと女だろうとどっちでもよかったっていうか、あんまりそういうことを考えていない感じだった。単純に年齢の近い子が珍しいし一緒に遊びたいなって感じだったから。

 男の子は「わからない」的なことを言ってたと思う。男の人が、その男の子を押しのけて僕をジロジロ見るわけ、品定めっていう言葉、まんま当てはまる感じで。

 宮田も知ってる通り、当時の僕、よく女の子と間違われていたじゃない? その男の人は手を伸ばして僕の身体を触り始めたんだよね。

 宮田、合意なく女子にお触りなんかするなよ、ほんと犯罪だから」


 え、ちょっと待て、そういう触られ方!?

 俺はジョッキを片手に北根を見る、今でも北根は中性的っていうか、男臭くはないけど、ちゃんとイケメン男子に見える。

 でも、傍にいた一緒に遊んでいたその男の子は助けてくれなかったのかよ。


「あの一件だけでも、しばらくは年配の男の人には傍に寄れなかったトラウマなんだけど。それも怖い話なんだけどさ、「男じゃないか」的なことを、男の人が男の子に言うんだよね。お前、何間違えてんだよ、みたいな感じはした。今思えば、ほんと男の子でよかったと思う。女の子だったらどんな目にあってたかわかったもんじゃないだろ? 

 でもね、怖いのはその男の人、僕に触りながら、「男でも贄にすればいい」って呟いたんだよね。

 はっきりわかるようにそう言われて僕はおっかなくて泣き出したんだ。男の子がその男の人を突き飛ばして僕の手を引いて、階段を降り始めた。その時男の人は僕に向かって『贄にする!」とか、叫んでいた」


 ……おい……なんだよそれ。


「生贄って意味で間違いないと思う。ちょっとしか上ってないはずの階段が、下りになるとやけに長く感じた。途中から立っていた赤い小さな鳥居がずっとずっと続いてて、空はだんだんと日が沈んで西側は明るいけれど、僕のいるところはもう闇だったと思う。でなければ、赤い鳥居はあんなに目立つわけがないもの。そして不思議なことに、鳥居は砂利道まで続いていたんだ。登った時は、途中から立っていたはずの鳥居がね。男の子が、僕を触っていた男を捲く為に、別の道を通ってくれたのかもしれないけれど。

 そして、石碑のところまで戻れた。鉛筆とスケッチブックは途中でもちろん落としてしまって、それもちょっと悲しくて『あの紙と筆は俺が拾ってやるから、お前は帰れ、まっすぐ帰れ』ってそう言われた。訛ってたけど、その時はそうだとわかった。

 『いいよ、あげる、守ってくれたから』って俺がそう言ったら、男の子は嬉しそうに笑ったんだ。そして『まっすぐ、まっすぐ帰れ、寄り道するな、振り返るな』そう言われて僕は頷いた。そして一本道の砂利道をまっすぐ走って走って走って……あの小川の橋が見えた。母が迎えに来てくれてた。大人たちも何人も集まっていた。

 子供だから、小川に落ちて流されたかもと思ったみたいだった。橋を渡って母にしがみつくと、みんな安心したようだった。

 でもね、祖父が僕の服についている汚れを見て、ぎょっとした顔になった。そして僕を怖がらせないように、近づいて、『誰に会った?』って尋ねるんだ。僕は素直に『男の子と男の人』って答えたら、『あいつら、戻ってきたか。○○さんとこに連絡だ』とか大人たち数人で相談し始めて……僕は怖くて母にしがみついたまま祖父の家に帰った。玄関をまたぐ前に、祖父に止められて、塩と酒を頭からふりかけられたんだけどね。怖くて大泣きだよ」


 聞いててやべーよ、せっかく助かったと思ったら、そんな塩と酒ぶっかけられるなんてしかもまだ小学生低学年だろ。


「お祓いというかお清めみたいなもんだってわかったんだけどね。祖父と近隣の人達が夜通し相談してて、翌朝、日の出とともに、祖父が猟銃持って何人かの人と一緒に小川の向こうに車で行ったんだ」


 ちょっと待て、猟銃!?


「鹿とかウサギとかを祖父たちは狩って戻ってきたから、あまり意味はなかったかもしれない。だけど『○○にも供えてきたから、清隆は大丈夫だぞ』って祖父は言っていた……。祖父たちは狩猟した獲物を奉納してきたんだろうって今なら思う。結局その日には昼前に祖父の家を後にこっちに戻ってきた。

 それでね……不思議な事があって。いつもと違う道で両親は帰ったんだ。いつもなら祖父の家の前のアスファルトで舗装された道路を通るのに、あの砂利道へと車を走らせたんだよ。車で小川にかかってる橋を通り過ぎて、しばらくいくと、山が切り開かれて車道は砂利道からアスファルトの道になっていた。その道でしばらく入ると国道に出たんだ。でね、不思議に思ったのは砂利道に道をふさぐように立っていた石碑は、車で通る時にはもうなかったことなんだ」




 もうやだ、こいつ、去年の再会から薄々そうじゃないかと思ってたいけど、やっぱそういうネタ持ちの奴だったのかよ。

「というわけで僕の話はこれでおしまい。だから行くなら僕は山より海がいいなって。女の子の可愛い水着も拝めるし」

 ああ、最後のそれには同意だよ。

 こいつ誘って一緒に海にいけば逆ナン狙えるとか思ったけど、こいつと一緒に海に行ったら変なモンに関わりそうな予感しかねーわ。

 冷えたビールが生温くなってたたけど全然気にならない感じで、俺はそれを喉に流し込んだ。

 

 



 

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