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短編

お母さん、異世界でフルタイムの出稼ぎしようと思うんだ

作者: カズキ

 「日本死ね。なにが働きかた改革だ。日本死ね。何が働く女性を応援する、だ!」


 グシャグシャと突き返された履歴書を丸めて、先程まで面接を受けていた面接官の代わりに足で踏み潰す。

 

 「何が、子供が小さいとよく休んだりするから、お断りだぁぁぁあああ?!

 ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!」


 子供を保育園にいれようとしたら、両親が働いていなければならないと断られた。

 昔以上に入る条件が厳しくなっている。

 自治体によって違うらしいが、祖父母が子供の面倒を見れる場合も断られるようだ。

 加えて、出産後の再就職も厳しい。

 子持ちであるために彼女ーーミズキは面接に落ち続けている。

 まだ子供が小さいことも落ち続ける原因のようだ。

 今日のように面接までいくのは稀でほとんどが書類審査で落とされる。

 子供が小さいといつ急病で休まれるかわからない。

 そして、それが頻繁にあるのも忌避されるのだ。

 そもそも、妊娠がわかった時点で産休を申請したのに、その後復帰したらこれ見よがしに辞める方向に持っていかれた。

 働く女性のために、環境を整えてほしい。

 男性の意識改革をしてほしい。

 ミズキのパートナーは、稼ぎが悪いというわけではない。

 むしろ良いほうだ。

 しかし、専業主婦のままいるのはミズキの性に合わなかったのだ。

 外に出て働きたいという意志が強かった。

 そして今後、お金はもっとかかってくる。

 保育園か幼稚園かの違いはあるが、その費用。

 そのあとには学校。学校に通うということは必要なものを揃えなければいけなくなる。

 家族が増える。子供が増える。それは喜ばしいことのはずなのに、何故か子持ちは敬遠される。

 稼ぎたいのに稼げない社会(せかい)

 妊娠、出産、子育て、そのすべてが何故か女性だけの仕事という意識が根強い社会(せかい)

 こんなのはおかしいだろう。

 産むのは女性にしかできない。でも、パートナーとの間にできた二人の子供だと言うのに、何故か子育ては女性の仕事、家事も女性の仕事という意識がいまだ根強い。

 ミズキのパートナーが勤める会社にも心無い人がいるらしく、子供ができたと知るや嫌味を言われたと愚痴っていた。

 幸いなのは、ミズキのパートナーがそう言った昔ながらの考えについての意識が薄かったことだろう。

 嬉しかったのは、【育児を手伝う、子供を預かる】という意識ではなく、【家事と育児の仕事を分担しよう】と言ってくれたことだ。

 そして、少々喧嘩もするが、基本的なルールを決めておいたお陰で現在は家事と育児を分担している。

 例えば、パートナーは休みの日には皿洗いにリビングの掃除をするなどはっきりと仕事を決めておくのだ。

 もちろん全部が順調に行くわけではない。休日出勤ということも起こりうる。

 そうなったらどうするかも事前に決めておいたおかげで無駄なストレスは、他所の家の話を聞いたりすると少ない方だなと実感している。

 

 お金を稼ぎたいのにはもちろん理由がある。

 それは人によって様々だが、ミズキの場合は子供の将来のために貯金をしてやりたいし、旅行にだって行かせてやりたい。

 自分のお小遣いだって稼ぎたい。

 良い化粧品を買いたいし、服だってほしい。車もそろそろ十年目で買い替えの時期だ。

 でも、この日本ではそんな当たり前な欲求すら口にすると、子供がいるのに、と非難じみた目を向けられる。

 時代は違うというのに。いまだ昭和と平成初期を引きずり、子育て中の女性への偏見と差別が残っている。

 今日の面接官の一人は同じ女性であるのに、理解すら示さなかった。


 「やっぱり、パートの方が良いのかなぁ」


 正社員が希望だったのだが、こうも落ち続けると凹むなというほうが無理である。

 どうして、望んで産んだ愛しい存在が重荷にならなければいけないのだ。

 まったくもって理不尽である。

 グシャグシャと潰した履歴書はもう使い物にはならない。

 家に帰って捨てるしかない。グシャグシャの履歴書を鞄に入れてミズキは夕飯の買い出しをして、それから実家にいるいまだ未婚の今日は休みだったので姉に預けた子供を迎えに行こうと歩き出す。

 それでも大きく溜め息を吐き出した時、声が聞こえてきた。


 「よろしくお願いしまーす」

 

 商店街の出入り口で、ポケットティッシュを配る男の子。

 パチンコかなにかのチラシ付きのポケットティッシュを配っている。

 しかし、ほとんどの行き交う人は男の子の姿が見えていないのかせっかくのティッシュを無視している。

 ミズキは時おり貰っているので、その時と同じ動作で自然にティッシュを受け取った。

 ついていた紙は求人広告だった。

 

 【新しい部署立ち上げのためスタッフ募集中!

 副業OK!

 小さなお子さまがいる方もバリバリ働いています!

 昇給有り。

 今回は正社員も若干名募集しております。

 いきなり正社員は不安、未経験の仕事はちょっとというそこのあなた。

 先輩スタッフがしっかりサポートいたします】


 という文字が踊っていた。

 そこまでは、新聞のチラシなどでよくみる文面だった。

 問題はそこではなく、職務内容だった。

 

 【仕事内容:勇者や迷惑冒険者をフルボッコにする簡単なお仕事です!社会保険完備。

 勤務時間は応相談。扶養内でも働けます。まずはお気軽にご連絡ください。

 説明会も下記日程で行っております】


 イタズラか何かだろうか?

 商店街の中程でミズキは足を止めて、いまだにポケットティッシュを配っている男の子をみた。

 黒髪黒目のどこにでもいる高校生か大学生バイトらしい男の子を見る。


 連絡先は紙に書いてある。

 でも、何となく、足が向いたのだ。


 「あの、すみません」


 「はい! 質問でしょうか?」


 相手は年下だと思うが、一応丁寧な言葉で話しかけると男の子は顔を明るくして聞き返してきた。

 

 「えっと、その、この職務内容変じゃないですか?」


 「あはは、まぁそうですよね~。一応大真面目な職務内容なんですけど。

 フルボッコに興味がありますか?」


 「あ、いえ、そうじゃなくて。えっと小さな子供がいても働けるって、本当ですか?」


 「えぇ、産休育休、あ、お子さんの入学式に卒業式、授業参観、もちろん急病にも対応します。

 うまい話過ぎて疑う人が多いんですよね~。だから、こうやって適正も見てるんですけど。貴女は適正は合格だし、少し助けてほしそうな顔をしてますね。

 貴女のような方を何人か見てきました。ズバリ、子供を未満児で保育園に預けて働きたいけど面接に落ち続けて自信を失いかけてる。

 そう言った方を雇用してきた実績があるので是非とも一度職場見学に来てほしいのですが、この国の人は用心深いですからね。

 応募したいと心から決めたら連絡をしてください。

 もしくは、来週の水曜日にまたここに来てください、今月中はここでこうしてチラシを配っているので」


 なんだったらお子さんと旦那さんも一緒に見学に来てください。と言われ、いやさすがにそれは恥ずかしいなぁと思いながら、その日は買い出しをして子供を迎えに行って帰宅した。

 その日の夜。子供をあやしつつパートナーであるハルアキにチラシを見せて相談する。

 

 「怪しいからやめたほうがいいよね?」


 「え、なんで? 話くらい聞きに行ってみれば?」


 返ってきた予想外の言葉にミズキは目を丸くする。


 「変な勧誘だったら考える暇すら与えないだろうし、家族もつれてきて良いよっていうのは、珍しいけど。ぎゃくに寛容とも取れるし。むしろ子供を連れていけばその反応を見れるんじゃない? 小さい子供がいる人の扱いってそういうところに出ると思うし」


 「そうかなぁ」


 「疑ってばかりでもあれだしさ、それに、こういう不思議な話ってすっごく面白そうじゃん」


 そこか、とツッコミを入れたくなったがたしかに案ずるよりも産むが易しとも言うし。

 疑ってばかりでも良い結果にはならないだろう。


 それに、ハルアキのこう言うところはとても信頼できるのだ。



 翌週の水曜日。

 午後二時過ぎ。

 乳母車を押して、ミズキが商店街に行くと先週と同じ場所であの男の子がポケットティッシュを配っていた。

 男の子はミズキに気づくと、嬉しそうに挨拶をしてくる。

 挨拶もそこそこに、ミズキは本題に入る。

 すると、男の子は携帯電話を取り出すとどこかに電話をかけた。

 二言三言、電話の相手と話すと電話を切ってしまう。


 「俺がミズキさんを案内するんで、ティッシュ配りの代役を頼んだんですよ」


 程無くして代役らしき女性が現れた。

 その人を見て、ミズキは驚いた。


 「高橋さん?」


 思わず名前を呼べば、代役の女性も驚いてくる。


 「山岡さん!」


 「あ、お知り合いでしたか」


 男の子が呟くと、同じアパートに住む高橋はミズキのことをご近所さんなのだと説明した。

 高橋も小さな子供が二人いるが、仕事と育児を両立させていてすごく理解のある職場なのだろうと羨ましく思っていたのだが、だいぶ特殊な職場で働いていたようだ。

 近所に住む人間が偶然にも働いていることを知って少しだけ、緊張が解けた。


 「見学者って山岡さんかぁ。そっか。見学楽しんできてね」


 「あ、はい」


 高橋がニコニコとミズキのことを見送ってくれた。

 同時に、景色が変わる。

 気づくと、日本にある都会に似たでもどこか異国情緒がある街の中に立っていた。

 目の前には、西洋のお城。

 遊園地や旅番組、あるいは写真でしか見たことのないお城。

 それがそびえ建っている。

 

 「あの、ここは?」


 「ここは異世界にある魔都。その中心である魔王やその部下達が働いている職場ーー役所です」


 異世界。

 別の世界。

 異なる世界、という意味だ。


 「高橋さんのように、元の世界と行き来して働いている方もいるんですよ」


 そうして、城の中に案内されあちこち部署の説明と職務内容の説明を一緒に受ける。

 託児所もあり、小さい子供と一緒に出勤してこれるらしい。

 今日は子連れと言うこともあり、一時間ほどで見学は終わった。


 「お疲れさまでした。急ぎ足の説明になりましたが以上で見学は終了となります。ここが本部で先程も説明したように、新部署は別の場所になります。仮に山岡ミズキさんを雇用するとなると研修を三ヶ月した後にそちらに正式に配属されます。

 求人広告にあった勇者、冒険者パーティの撃退、あとはダンジョンの管理とパートなど他の従業員のシフト管理もしてもらいます」


 思った以上に大変そうだ。

 

 「もちろん研修期間中に一通りの仕事を教えます。

 魔法についても、その際説明します。

 もちろん、その前に面接をしますが」


 「お、応募します! あ、じゃなくて、面接を受けたいです!」


 「そうですか。では都合のよい日はありますか?」


 「あ、えっといつでも大丈夫です」


 「では、こちらで調整して明日にでもご連絡を入れさせていただきます。

 こちらに日中連絡のつく電話番号かメールアドレスを記入してください」


 渡されたのは、ただのメモ用紙であった。

 言われた通りに携帯電話の番号とメールアドレスを書いて、男の子に渡す。

 そうして、今度はこの役所の番号を書いた紙を逆に渡された。

 そして、その日は終わった。

 

 家に帰ったミズキはすべてが夢だったのではないかと、思った。

 あまりにも子育て世代に厳しすぎる現実に疲れすぎて見た、白昼夢。

 時おりマンガやアニメでみるような、でもどこか現代が混じったファンタジー世界の夢。

 でも、それが現実逃避で見た白昼夢で無かったことをミズキは、翌日、携帯に掛かってきた電話で知ることになる。

 


 

知人から聞いた、出産後の女性の再就職の現実があまりにも厳しすぎて、せめてファンタジーの世界でくらいこういう助けがあってほしいと思いました。

差別や偏見、理解のなさに驚きました。

もちろん、そんな会社ばかりではないとは思いますが、しかしあまり良い話を聞かないのも事実でした。


もっと働きやすい世の中になりますように。

あと、税金と物価下がれ。普通に生活キツいよ。( TДT)


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[一言] 税金は財務省が割とポケットないないしていたぽいよねぇ(白目) 消費税3%で実は十分だったんじゃあ。
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