第六話
犠牲を厭わず。
対空兵器が設置されているビルの屋上へ近付くに連れ、敵の抵抗が激しくなって行く。
つい先程まではゾンビ程度だった『フリークス』の軍勢は、今や兵士型の『不死人』に取って変わっていた。
いや、それは正しく無い。
ゾンビが兵士に変わったのではなく、ゾンビの軍勢に兵士が加わったのだ。
故に的場薫らは苦戦していた。
ミシェルが戦死し三人となった薫の部隊は、銃弾をも恐れぬゾンビの群れと、戦術的に銃撃を行う『不死人』の部隊との両方に意識を割かなければならなかった。
地獄のような戦場だった。
場所はレストランで障害物が多い癖にバリケードとなる物が少なく、吹き抜けとなった階上から機関銃による弾丸が雨となって降り注いで来る。おまけにゾンビは弾の雨の中を悠々と闊歩し、三人の血肉を貪らんと迫り来る。
銃声とゾンビの鳴き声が恐怖を煽る。
薫は迫るゾンビを銃撃し時には銃床で殴り倒しながら、弾雨を防げる厨房の方へと走った。このままレストランに居ては、射的の的の如く撃たれるだけと判断し、何とか天井のある場所を探しての事だった。
他の二人も考えることは同じらしく、薫が厨房へ飛び込んだ時には青年とクレイは既に中に居た。
「おう、生きてたか、二等兵」
弾雨の中を掻い潜り、命からがら厨房へ飛び込んだ薫へ向けて青年が言った一言である。
随分と気軽い。
余裕にも聞こえる言葉だ。
実際は余裕など無いに等しい。レストランでは弾が雨のように降っているというのに、安全地帯だと思われた厨房ではゾンビが攻撃性むき出しで闊歩しているではないか。
「前門の虎、後門の狼。どうするよ、これ?」
クレイが青年へ問い掛ける。
この場合は“前門のゾンビ、後門の弾雨”と言ったところか。どちらにせよ、必死である。
「ゾンビの群れを突き抜けるしか無いだろうさ。ーーーー行くぞ!」
青年の号令に薫は自動小銃を構えて、ゾンビの大群に突撃する。
バースト射撃を見舞いながらの突撃。
本来なら銃剣突撃を伴っての攻撃であるが、薫の『M8A2』には銃剣は付いていない。故に、出来るだけ近距離で制圧しながら突破するしかない。
言うまでも無いだろうが、一歩も退かないゾンビに突撃するのは自殺行為である。
群れの中を立ち止まる事無く突撃しなければ、たちまちゾンビの大群に貪り食われる事となる。
しかし、曲がりなりにも薫は『ガンスリンガー』である。こういった状況での突撃については、既に訓練と実戦を経て熟知している。それに厨房はわりと通路が狭く、群れと言っても一列になっている事が多く対処は容易であった。
そうして薫はゾンビを駆逐しつつ厨房を突破し、スタッフ用通用口まで辿り着いた。
屋上まで辿り着いた薫達は、対空システムを見付けると一目散に駆け出した。
これを潰す為にミシェルは死んだ。それを思うと、自ずと足が進む。
妨害が無かったと言えば嘘になる。
当然、対空システムを防衛する『不死人』は何体か居たが、敵では無かった。青年とクレイの正確な射撃が、意図も容易く敵を制圧したのだった。薫は、特に何も出来なかった。
「クレイ、対空兵器にテルミットを仕掛けろ!」
「了解!」
青年の指示に、クレイがバックパックからテルミット爆弾を取り出し設置に取り掛かった。
大した作業では無い。
目標に粘着材で固定し安全装置を外して、離れた場所でスイッチを押せば終わりである。一分も掛からないだろう。
薫と青年は後方を警戒しながら、クレイがテルミット爆弾を設置するのを待った。
しかし、そんな僅かな時間さえも、敵は分け与えてくれはしない。
薫達が通ってきた戸口から、『不死人』とゾンビの群れが雪崩れ込んで来た。
薫と青年は銃撃を開始する。
「まだか、クレイ!」
「もう終わる!」
マグチェンジの合間に後ろを振り返ると、クレイは返事するとほぼ同時にテルミットを設置し終えていた。
後は爆破するだけだ。そう安心した次の瞬間、真っ黒い巨大な影が薫達の上に覆い被さった。
何事かと頭上を見上げると、とても鳥類とは思えない人間染みた顔の巨大な怪鳥の赤い眼と目を合わせる事となった。
「ガルダ!?」
「不味い、退避しろ!」
青年が叫ぶや、電動ノコギリの駆動音にも似たけたたましい銃声と共に、五十口径のマシンガン弾が屋上を蹂躙した。
薫は必死になって身を隠した。と言っても、出来る事は物陰で小さくなるくらいである。場所は屋上。当然、マシンガンを防げるような屋根など何処にも無い。
それでも効果はあったのか、やがて銃声が止んだ頃、死んだと思った体は五体満足に稼働してくれた。
「生きてるか、二等兵!」
「だい、大丈夫…………です!」
駆け寄って手を伸ばしてくれた青年に応えながら、薫は身を起こす。
「クレイは?」
慌てるように顔を対空システムの方へと向ける青年に合わせ、薫も振り向いた。
瞬間、二人は驚愕のあまり息を呑んだ。
クレイは、そこに居た。
対空システムを背凭れに、腰を地面に落としていた。
しかし、そこにあったのはクレイの左半身だけだった。肩から股に掛けて、右半身はズタズタに引き裂かれたかの如く潰れて無くなっていた。
束の間、二人の視線は戦闘中にも関わらず、クレイの惨たらしい姿に釘付けとなってしまった。
「ーーーーッ!」
幸か不幸か。
いや、不幸にもと言った方が良いのか。
クレイはまだ事切れていなかった。
半身を潰されたような状況にあっても、彼は意識を保ち続けていた。
「クレイ!」
そしてクレイが僅かに残った気力を振り絞り、左手に握っていた起爆装置を起動したのは青年が駆け出した刹那だった。
テルミット爆弾が激しい火花と凄まじい熱を発生させ、対空システムを破壊する。直後、装置内に残っていたミサイルが誘爆により激しく爆ぜ、対空システムは跡形もなく消し飛んだ。
傍に倒れていたクレイと共にーーーー
薫は言葉も無く、その一連の出来事を眺めていた。
クレイのもとへ駆け寄ろうとした青年は、凄まじい爆炎に近付くことが出来なくなり、その場で立ち尽くしていた。




