第一話
帰還。
一ノ瀬優は、確かに死んだはずだった。
脇腹を貫かれ、内蔵が溢れ落ち、出血多量で死亡した。
看取ったのは他でもない、的場薫である。
しかし、彼女は生きている。
薫の手元にある医療記録によると、彼女は確かに生きているという事になっている。
「奴は本当に死んだのか?」
車椅子に腰掛ける天真時雨が、訝しむように薫に問い掛ける。
前の任務で重傷を負った時雨だが、パワードスーツのおかげか、彼女自身が頑丈なおかげか何とか一命をとりとめた。しかし、後遺症が残り学園に戻ってからは車椅子生活を送っている。その後遺症とは、下半身不随である。
「虫歯一つ無い。模範的な健康体そのものだ。死体でも無ければ、勿論、『アンデッド』でも無い」
時雨は窓の外を眺める。
そこには一ノ瀬優が野良猫とじゃれあう姿があった。その様子は、能天元気と言ったところか。
「死んだはずだ。出血多量で死亡を確認した後、手順に従い『適性銃器』の弾丸を彼女の胸に撃ち込んだ。はっきりと覚えているんだ」
「何かの間違い、では無いんだろうな。貴様がそんな思い違いをするとも思えんし」
時雨は考え込むようにして黙りこくる。
一ノ瀬優を検査してくれたのは時雨である。医療免許は持っていないが、その手の知識は豊富にあるそうだ。
その彼女が一ノ瀬優の生存を証明しているのだから、間違いは無いのだろう。
ならば、間違っているのは薫の方という事になる。
しかし、あの時の記憶や感触は確かに残っていた。デジタル的な記録が残っていれば良かったのだが、そのような機材は薫のパワードスーツには付いていなかった。
「死んだ人間は生き返らない。それがこの世界の掟だ。どんな奇跡をもってしても、壊れた物を元通りにすることは出来ない」
時雨が重苦しく口を開いた。
そう、死んだ人間は元通りにはならない。『不死人』のような存在を見ても、正しく生きているとは言い難い。
「貴様を疑う事はしない。しかし、私の結果も疑いようの無い事実である」
「どちらかが間違えているのではなく、どちらも正しいという事か?」
「認めたくは無いが、そうなるな。一ノ瀬優は、一度死んで生き返ったという事だ」
もしそれが本当なら、森羅万象が覆ったという事になる。
『不死人』など、目では無い。
「薫、この事は私達だけの秘密にしておこう。でなければ、良くて貴様が精神科病院に送られる事になる」
「悪かったら、どうなる?」
時雨はもう一度窓の外を眺め、ポツリと言葉を口にする。
「悪くすると、彼女の体を実験材料にせねばならなくなる」
一ノ瀬優は、生きている。
それは喜ぶべき事だし、実際に涙が溢れそうになるほどに嬉しい。
あの時、死に行く彼女を抱き締めたまま、何も出来なかった自分の無力さと悔しさ。もう二度と声を聞くことすら叶わないと理解した時の喪失感。
こういう世界に居れば、いずれは体験し得よう戦友の死。
覚悟はしていたが、それは想像を絶する程に辛かった。
しかも、自分のミスで彼女を亡くした後悔の念は、これからこの胸に刻み込まれたまま消えはしないだろう。
有り得ない事だと分かっているが、本当に彼女が彼女のままで戻ってきてくれたならば、それは心の底から喜ばしい事である。
本当に。
本当に、一ノ瀬優が蘇ってくれたのならば。
「薫、何ぼさっとしてんだ?」
ベンチに腰掛け猫とじゃれあう一ノ瀬優を眺めていた的場薫に、彼女は無邪気な笑みを浮かべて声を掛ける。
いつもと変わらぬ、一ノ瀬優の声である。
「見ろよ。これ三毛猫ってんだろ?」
「いや、それはトラ猫…………」
「良いよな、猫。お前は好きかにゃ?」
一ノ瀬優は猫を抱き抱え問い掛ける。
薫は「可愛いよね」と答え、猫の頭を撫でようとする。が、気に入らなかったのか牙を見せられた。
まぁ、野良が人になつくには時間が掛かるものだ。
それを意図も簡単にやってのけるところ、一ノ瀬優は流石と言えよう。
「何だ? 薫は気に入らないか? ーーーーよし、仕方無いから俺を撫でろ!」
「え?」
「ほれ、撫でれ」
意味のわからない理屈だが、わざわざ頭を下げる彼女を蔑ろにするわけには行かない。
薫は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。柔らかい髪の感触が、何だか心をくすぐった。
「えへへ」
一ノ瀬優はまるで幼女のように笑った。
「ところでよ、薫」
「何だい?」
「薫は、恋人的なの居んのか?」
全く予想外の質問に、動かしていた手が止まった。
どういうつもりかと彼女の顔を覗き見て見ると、少し頬を赤らめながら上目遣いにこちらを見ていた。
「な、何でそんな事、聞くんだ?」
薫は照れ隠しに頬を掻く。
まさか一ノ瀬優から、そんな問いが出てくるとは思いもしなかった。
「いいから。居るのか、居ないのか?」
一歩踏み込むようにして問い質す一ノ瀬優。
「い、居ない、けど…………?」
薫はしどろもどろになりながら答えた。
憧れる女性なら居るのだが。
「そうか、居ないのか」
一ノ瀬優は噛み締めるように「そうかそうか」と呟いている。
何か、彼女の様子が可笑しい。
いつもサバサバして暴れまわる事しか頭に無い彼女とは思えない、変わった一面を見せている。
彼女は、蘇った事で何か変わってしまったのだろうか。
「イチ、僕も聞きたいことがあるんだ」
「ん? あ、俺も恋人は居ないぞ」
「いや、そうじゃ無くて」
お門違いな返答を否定すると、彼女は何故か少し不機嫌になった。
そんな彼女を他所に、薫は意を決して問い掛ける。
「君は、君のままなんだよね?」
意を決したとは言え、的を得ない問い掛けである。
けど、一ノ瀬優はどうにか汲み取ってくれたようで、野良猫を放すと「そうだよ」と穏やかに口にした。
「俺は俺だ。他の何でも無い、一ノ瀬優様だ」
「『アンデッド』では、無いんだな?」
この問い掛けに、一ノ瀬優は少し膨れっ面をした。
かと思えば、薫の手を取って。
不意に自分の胸に押し当てた。
「へ?」
ふっくらとした感触。
暖かい体温。
心臓の鼓動が、掌に伝わってくる。
「ほら、俺は生きてるだろ?」
見た目より大きいのだな、とか堪能している場合では無かった。
確かに心音が伝わってくる事から、彼女は『不死人』では無さそうだった。
『不死人』なら、心臓は動いていない。
「イチ、そろそろ離してーーーー」
「お前が、アタシを生かしてくれたんだ」
「へ?」
一ノ瀬優は、今までに見せたこと無い朗らかな笑みを浮かべた。




