第五話
呆気なくも…………
触手の化け物、ウロボロスは依然として通路を塞ぐように巨体をうねらせていた。
的場薫とマリは通路の曲がり角に身を隠しながら、ウロボロスの動向を探っている。
どうやら攻撃する時は目にも留まらぬ速さで触手を伸ばすようだが、移動は質量の分だけ重たくなるようで動きは鈍重だ。
薫はグレネードポーチからアップル型フラググレネードを取り出す。
『対不死人用』のグレネードだ。
セーフティを外し、内部の炸薬に点火する。
「グレネード、アウト!」
声を大にして叫び、ウロボロスへ向けグレネードを放り投げる。
それは放物線を描きながら触手群の中へ入っていき、束の間を置いて爆発。
『対不死人用』の特殊錬金素材の破片と爆炎がウロボロスを襲った。
「ヤったか!?」
思わず角から身を乗り出す薫。
「馬鹿、迂闊だ!」とマリが叱り付けながら、陰へ引き摺り込む。一瞬後、何か黒いものが薫の傍を過ぎ去った。
それが焦げた触手だと分かるのに、少し時間を要した。
やがて爆煙が晴れると、改めて通路の陰から身を乗り出す。通路には触手だったものが丸焦げとなって何本か残っているだけとなっていた。
「ヤった、んですよね?」
薫は恐る恐る近寄りながら、マリに問い掛ける。
マリはと言うと、『適性銃器』であるリボルバーを構え油断無くウロボロスの焦げ跡を睨み付けている。
「待て。何か出るぞ」
マリが注意を促した刹那、黒焦げになった一番大きな触手にヒビのようなものが走った。
薫は慌ててライフルを構えた。
やがてヒビは割れ、中から形容しがたい昆虫のようなものが現れた。
世にも奇妙な“蟲”だった。
全身は黒く、蝉のようにも蜂のようにも見える醜悪な見た目をしている。大きさは犬や猫のような小動物程はあり、羽は吐き気を催すような虹色透明をしていた。
目のような複眼は三つあり、いずれも真っ赤に染まっていた。口は、まるで人間のそれと同じ形をしている。
間違いない。
夢で見た『不死蟲』に他ならない。
「ふん、寄生虫め」
薫より速く、マリが銃爪を弾いた。
連続して二発。
銃弾は『不死蟲』を貫き、完全に抹殺した。
ウロボロスの亡骸を見詰めて、薫は溜め息を一つ吐く。
こんなものか、と。
こんなにも呆気なく終わるものか、と。
「イチ、敵は討ったぞ…………」
呟いた薫の瞳から、一筋の雫が溢れ落ちる。
泣きたいわけでは無い。
けれど、涙が溢れて落ちた。
虚しくて、哀しくて。
「薫ーーーー」
ふと、声を掛けられて振り返った。
そこには褐色肌の美少女が佇んでいた。
クララだ。
てっきりマリが薫を呼んだものと思っていたが、どうやら声を掛けたのは彼女のようだった。いつものように無表情だが、その瞳には心配そうな色を見せていた。
「薫、泣いてる…………」
「あぁ、そうだな…………」
薫は思わず、クララの体を抱き締めていた。
兵士とは思えない華奢な体をしていた。少し力加減を間違えれば、折れてしまいそうな小さな体だった。
「すまない、すまない…………」
「ううん。ーーーー帰ろう、薫」
こうして、二人は病院施設を後にした。
そう、大団円と行けば良かったのだが、何事もそう簡単には行かないものだった。
行きはよいよい、帰りは怖い。
地下から地上に出る道を目指していた薫とクララの前に現れたのは、巨大な肉切り包丁を持った真っ黒い大男だった。
全身をローブ状の赤黒い皮で覆われ、頭には丸い二つの穴が空けられた三角形の頭巾を被っている。その穴の奥には、赤い双眸が妖しく煌めいていた。
更にローブの端から覗く巨躯は真っ黒で、赤い筋が脈動するように明滅を繰り返している。
「何だあいつは…………!?」
薫は驚愕しながらも、レバーアクションライフルを構える。
しかし、明らかに『不死人』の変異種を前にして、薫は恐怖してしまっていた。
クララはと言うと、いつもの無表情に忌々しげな色を浮かべていた。
「■■■■■ーーーー!」
大男がこの世のものとは思えぬ声で咆哮する。
そして巨大な包丁を肩に担ぐや、腰を下ろした。突進が来る、と本能が警鐘を鳴らす。
「薫、下がって!」
クララが薫の前に立ち、ライフルを構える。
盾になるつもりである事が、瞬時に理解出来た。
「そんなわけにはーーーークララこそ、下がるんだ!」
自分が前に出てどうにかなるとも思えなかったが、ここでクララを失うわけにはいかなかった。
薫がレバーアクションライフルを構えて前に出ようとした刹那、「いや、下がるのは二人ともだ」と何処からともなく声が響いた。
その一瞬後、二人の間を何かが通り過ぎたかと思うと、大男が爆発した。正確には大男に命中した何かが爆発したのだ。
薫は驚愕すると同時に、後ろを振り返った。
そこには予想外の人物が佇んでいた。
「お前、イチか?」
「おうさ! 一ノ瀬優、堂々の参戦だぜ!」
アサルトライフルを得意気に掲げたボーイッシュな少女。
何と、一ノ瀬優が不適な笑みを浮かべて立っていたのだった。




