第四話
反撃開始。
どのくらい時間が経っただろうか。
一通り泣きじゃくった的場薫は、マリの胸に抱かれていつの間にか眠ってしまっていた。
敵地のど真ん中で眠りこけていたなど、後にして思えば何と迂闊にして大胆な事をしたのだろうと肝が冷えた。
マリは敢えて薫を起こさなかったらしい。
彼女曰く「後五分もすれば叩き起こしていた」らしいが、恐らく自然に起きるまで待つつもりで居たのだろう。恐らくだが。
「行けるか、薫」
「はい、行けます」
「今回も私が手を貸してやろう。有り難く思え。ーーーーそれとも、私が代わってやっても良いんだぞ?」
少し悪戯っぽく微笑みながら問い掛けるマリに対して、薫は黙って首を横に振った。
手助けは必要だが、代わって貰うわけにはいかない。
一ノ瀬優に誓った。仇は必ず自分が討つ、と。反故にするわけにはいかない。
「そうか。それでこそ、私の見込んだ子だ」
「僕、見込まれてたんですか?」
「見込んでなきゃ、ここまで手を掛けないさ」
マリはそう言って、薫の頭を撫でる。
こうも優しいマリは久し振りな気がする。何だか、こそばゆい。
ふと、ここで一つの疑問が生じた。
「そう言えばマリさん」
「何だ?」
「何でここに居るんですか?」
突然現れて薫を助けてくれたのだが、この場所に居る明確な理由を知らなかった。
何かの任務だろうか?
だとすれば、随分とタイミングが良い。
薫の問い掛けに、マリは「何だ、そんな事か」と言いあっけらかんと答えた。
「私は常にお前の傍に居る。何せ、お前の守護天使だからな」
「へ?」
成る程、意味が分からない。
やはり何か重要な任務に付いていると見た方が良いのかも知れない。内容を教えられないから、そんな変な言い方をしたのだろう。
「さぁ、行くぞ。お前の大切な仲間を奪った落とし前、付けさせてやろう」
「は、はい!」
しょうもない疑念は振り払った薫は、『適性銃器』である『Outlaw M1894』レバーアクションライフルを手中に呼び出した。
アレーネ・ザミュは思わず親指の爪を噛んでいた。
いつまで経っても侵入者の排除に手こずっている配下の『不死人』に、苛立っていたのだ。
外はアレーネの苛立ちを助長するように、施設は落雷を伴う雷雨に見舞われていた。
「害虫数匹に、いつまで掛かってるの!?」
部下の一人を苛立ち紛れに怒鳴り付ける。
部下は肩をびくつかせ、「今、変異種が対処中ですので…………」と分かりきった事を口にする。
「そんな事は分かっています! いつになったら片付くのかと聞いているの!」
「そ、それは時間の問題かと…………」
「変異種を二体も放って片付けられなかった、なんて、総督に顔向け出来ないわよ!?」
「はっ、承知しておりますが…………」
ここで部下を怒鳴り付けていても無意味だということは、アレーネ自身がよく分かっていた。
次の手を打たなければ、状況が悪化する可能性が出てきている事も理解している。
「このままでは埒が開かない場合は、もう一体の変異種を造り出します」
「お待ち下さい! 『RED SHOT+』をこれ以上使用するのは、今後の研究に影響が出るかと…………」
「分かっています! しかし、状況が悪化するのならば、他に手は無いでしょう!」
これ以上の『RED SHOT+』の消費は、確かに後の研究に差し障りがあるかも知れない。
しかし、この施設の存亡が掛かっている今、手段を選んではいられない事も確かだ。
「兵士の選出をしなさい。出来る限り損耗の少ないモノを」
「了解しました」
部下は慇懃に礼をすると、戸口へ向かい歩み始めた。
アレーネはそれを横目で見ながら、小分けした『RED SHOT+』を取り出そうとデスクへ向かう。と、その時。
落雷と見紛う程の閃光が、部屋の中を蹂躙した。
「ーーーーッ!?」
凄まじい閃光と共に鳴り響いた激しい音響に三半規管をイカれさせ、アレーネは床に倒れるように膝を付いた。
やがて光りが収まると、戸口が開かれ誰かがゆっくりと入ってきた。
その人物は部下の元へ歩み寄ると、手に持つライフルで頭部を撃ち抜いた。
「お前は…………!?」
部下を撃ち殺したその人物は、次いでアレーネの方へと歩み寄る。
霞む視界が捉えた人物は、施設に侵入した『ガンスリンガー』の一人であった。しかし、彼女は確かーーーー。
どうやってこの場所に辿り着いたのか、そして何故彼女がと疑念を抱くが、それよりも命の危機に瀕した我が身の方が可愛かった。
アレーネは床を這うようにして逃げようとするが、戸口が一つしか無い部屋では逃げ場所など無かった。
「待て、待って! 私は『アンデッド』の情報をーーーー」
命乞いも虚しく、次の瞬間にアレーネの額に風穴が空いていた。
チューブ型マガジンに『45口径対不死人弾』を装填しながら、的場薫はマリの話に耳を傾けていた。
二人は移動しながら言葉を交わしていた。
「良いか、あいつに弾が当たらなかったのは単純な話だ。あいつが弾を避けていただけなんだ」
「避けていた?」
「触手をうねらせて弾道をかわしていたんだよ」
あの触手の化け物、ウロボロスは弾道を予測してかわしていた、とマリは言う。
そんな馬鹿な、と思う一方で、有り得ない話ではないと肯定する自分が居た。
変異種は人としての感情を無くした存在だが、知能はその限りではない。
時には人間の裏をかくような行動をする変異種も存在する。もし、あれが『RED SHOT+』を使用した変異種ならば、新種としての変異種ならば、不思議に思うことは無いだろう。
怒りに呑まれてデータベースと称号する事すら忘れていたのだが。
「冷静な時のお前ならそれくらい理解出来ただろうに。馬鹿者め」
「すいません…………」
正気を失っていた薫は、敵の分析すらをも疎かにしてしまっていた。
『ガンスリンガー』としても、一兵士としても致命的である。これでは惨敗して当然だ。
「まぁ良い。問題は、どうやって倒すかだ。何か妙案があるか?」
問われた薫は長考する。
あのウロボロスは銃弾をかわす。
もしかするとシングルショットではなくフルオートならばかわし切れないかも知れないが、薫もマリも『適性銃器』はシングルショットである。一ノ瀬優か天真時雨が居れば話は簡単なのだが。
二人で集中射撃を行えば、或いはダメージを蓄積させられほふれるかも知れない。
しかし、もしそれが無理なら、確実に『コア』を撃ち抜かなければならなくなる。
そもそも、あの触手の化け物の『コア』は何処にあるのか、考えても見なかったが分からない。そんな状況で闇雲に攻撃するのは、リスクが高過ぎる。下手をすれば二人とも、触手の餌食になる可能性もある。
ならば、短絡的かも知れないが、いっそのことーーーー
「何か思い付いたって顔だな?」
マリに指摘され、思わず頬に手をやる。
思った事が顔に出やすいとはあまり言われないが、マリの前ではどうにも見透かされてしまう。
「で、何を思い付いた?」
「いえ、まぁ、何と言いますか。手っ取り早くグレネードかテルミットで爆破すれば良いかな、と」
考え出した案を口にすると、マリが横目で物凄い視線を寄越してきた。
やはり短絡的だったか。
マリの軍刀で容易く切断出来た事を鑑みるに、ウロボロスの耐久力は低いと見たのだが、そう単純な話では無いのかも知れない。
「勝算はあるのか?」
「やってみない事には、何とも…………」
自信無さげに小声で言うと、マリは露骨なまでに溜め息を吐いた。
「自分の作戦だ。もっと自信を持て、薫」
そして背中を叩く。
驚いてマリを見ると、ニヤリと白い歯を見せて笑っていた。
感情表現の忙しい人だな、とどうでも良いことが頭を過った。
「良い考えだ。それで行こう」
「は、はい! けど、失敗する可能性も…………」
「バーカ。やる前から弱気になるなって言ってるだろう?」
今度は後頭部を叩かれた。
パシンッ、と小気味良い音が通路に木霊する。
「何事も完璧なんて有り得ない。やってみない事には分からないもんさ。なに、失敗した時の事は気にするな。私にも考えはある。ダメだったら、私の言うとおりに動くんだ。良いな?」
「はい、分かりました」
薫の作戦が失敗した時のバックアップを、マリは既に考えていると言う。
それは頼もしい事であるが、内容を教えてくれないところからあまり良い考えでは無いのかも知れない。
薫はレバーアクションライフルのレバーを捻り初弾を薬室に装填しながら、作戦を必ず成功させようと誓うのだった。




