第三話
守護天使の登場。
通路を塞ぐのは、蠢く赤黒い巨大な触手の塊。
人の形はしておらず、最早ただの化け物と化した『不死人』。
我々、『ガンスリンガー』が撃滅せねばならない人類の天敵。
的場薫は確固たる敵を前にして、怒りに眼を血走らせていた。
「よくもイチを…………許さん!」
まるで地の底から鳴り響くような声で怒鳴る薫は、自身の分身とも言える『適性銃器』、『Outlaw M1894』レバーアクションライフルを構え、触手の化け物を狙いに定める。
仮にあの化け物を“ウロボロス”と名付けよう。
まぁ、名前などどうでも良いことだ。
あれが一ノ瀬優を殺した『不死人』の変異種であることが、ここでは重要なのだ。
ウロボロスは何も語らず、呻き声の一つ上げることなく、ただ不定形に触手をうねらせている。
薫は一発の銃弾を放った。
『45口径対不死人弾』。
唯一『不死人』に通用する、特殊錬金素材で構成された銃弾だ。これを喰らえば、幾ら不死性の高い『不死人』と言えど、普通の人間と同じ様に殺害することが出来る。
しかし、銃弾は当たらなかった。
距離にして二十メートルも無い距離で、無風の空間に於いての銃撃にも関わらず外したのだ。
怒りに我を忘れているとは言え、距離と巨大な的だけに当たらないというのは可笑しい 。
「クソが!」
薫はレバーを捻り薬莢を排出、次弾を装填すると、再度トリガーを弾いた。
一発、一発、確実に狙いを定めて発砲する。が、チューブ型マガジン内の銃弾を撃ち切るまで発砲しても、一発も当たる事は無かった。
ウロボロスは依然として、触手をうねらせて通路を塞ぐように佇んでいる。
薫は慌てて弾丸を装填しようと手中に『45口径対不死人弾』を呼び出すが、それより早くウロボロスが動いた。
触手の一本を薫へ目にも留まらぬ速さで伸ばし、まるでロープのようにしならせ体に巻き付かせた。
「この野郎!」
怒声を放ち銃剣で触手を切断しようとするが、別の触手が伸びてきて薫の腕を弾く。衝撃でライフルが手中から飛んで行ってしまった。
無防備になった隙を突かれ、薫は二本の触手に完全に囚われてしまった。
それだけでは終わらず、不意に体がふわりと浮かんだかと思うと全身に凄まじい衝撃が走った。
通路の天井に背中からぶつけられたのだ。そのまま落下速度のまま床にぶつかり、倒れ伏す。
やはり、駄目か。
薫の胸中に、ある種の諦感が渦巻いた。
元々、『不死人』の変異種など兵士一人で対応出来るようなものではない。言うなれば、ライフルで戦車に立ち向かうようなものだ。
これが一ノ瀬優なら、或いは一人で倒せたかも知れない。天才的な戦闘能力を持つ、彼女ならば。
けれど、薫は違う。
薫はどうしようもなく平凡で凡庸だった。
学力、筋力、どの能力を取っても平均的で、秀でた才能など無い。そんな普通の人間が、変異した『不死人』と対等に戦えると思うなど、自意識過剰も良いところだ。
更に体に衝撃が走る。
今度は壁に叩き付けられたようだ。
衝撃で内蔵をやられたのか、口から血が吹き出した。
死ぬのか、と朦朧とする意識の中で思った。
死にたくない、と霞みが掛かる心の中で叫んだ。
すると、その懇願を神なる存在が受け止めてくれたのかも知れない。
「うちの薫に何してやがるーーーー!」
奇跡が起きた。
聞き慣れた怒声と共に剣閃が迸り、浮いたままとなっていた体が自由を取り戻し落下した。
その体を、優しく受け止めてくれた女兵士が在った。
女兵士は軍刀を片手にウロボロスと対峙していた。
「退くぞ、薫!」
そう告げるや、女兵士は薫の体を引き摺るようにして通路を駆け出した。
女兵士に抱えられる形で何処かの部屋に連れ込まれた的場薫は、しかし乱雑に壁際に座らされた。
女兵士は薫を座らせると、うろうろと眼前を行き来する。
「盟友よ、家族よ、我が愛しき子よ」
「イテっ!」
そしてスコンと眉間にブーツの先をぶつけられた。つまり、蹴られた。
防護用の鉄板入りのブーツの先は言うまでもなく硬質で、手加減されていたとしてもかなり痛かった。
「そして大いなる馬鹿者よ。その罪、全身全霊をもって懺悔せよ。神にではなく、このマリに、な」
女兵士、マリは女性にしては控え目な胸を反らし、薫に反省するよう叱り付けた。
「英雄にでもなったつもりか、お前は?」
「マリさん…………」
「怒りに呑まれて勝てる相手か。馬鹿者め」
涙目になりながら、薫はマリを見上げる。
眉間が痛いからか、全身強打の傷が痛いからか、それとも情けない自らの心が痛いからか、涙が込み上げて来る。
「死んだ仲間の敵討ちするつもりが、返り討ちに合いました、なんて笑えないぞ」
「はい……はい…………」
薫の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
泣くつもりなどこれっぽっちも無かったのに、涙が止めもなく溢れて落ちる。
マリはそんな薫を見兼ねたように、そっと頭を抱き締めた。
不意の出来事で、薫は驚きと困惑に苛まれた。
「辛かったな、薫。死んだ仲間、名前は何て言うんだ?」
「一ノ瀬優、って言います…………皆は、イチって呼んでて…………」
「そうか」
「とても明るくて、いつも元気で……直ぐぶっ放つような危ない所はあったけど、優しい女の子で…………」
「良い仲間に恵まれたな」
マリは薫の頭を優しく撫でる。
まるで泣く子をあやす母親のような、優しく温かい手付きである。
それが薫の感情の関を、意図も容易く決壊させた。
「僕の甘さが彼女を殺した! 僕の油断が彼女を死なせた! 僕の、僕が…………!」
「良い、薫。何も言うな」
「僕が死ねば良かったんだ! 彼女が死ぬことは無かったんだ!」
「分かった。分かったから」
マリの腕に力が籠る。
薫は彼女の胸にすがり付くようにして、泣きじゃくった。




