第九話
物言わぬ脅威。
二つ分の銃声に恐怖ですくんでいた体が、生気を取り戻したかのように動き始めた。
毬耶は『SIGUMA.45』自動拳銃を構え、即座に二人の銃撃に参加した。
クララ・クラーク・クランの『M14 DMR』自動小銃による『7.62mm対不死人弾』。
天真時雨の『BADY-89』突撃銃による『5.56mm対不死人弾』。
そして雨竜毬耶の『SIGUMA.45』による『.45口径対不死人弾』。
三人が繰る三つの銃器からなる三種類の銃弾が織り成す銃撃が、処刑人の黒い巨躯を襲う。
普通なら蜂の巣の如く、身体中を銃創により穴だらけとなる事だろう。
しかし、処刑人は体を痙攣させるようにガタガタと震わせてはいるものの、その巨大な体に穴どころかかすり傷一つ作らない。銃弾は弾き返されるわけでもなく、大男の足元に落ちて散らばっている。
困惑するのも束の間、処刑人が大きな肉切り包丁を持ち上げ、物言わぬまま前進を始めた。
ずしり、ずしりと重たい足音がロビーを震わせる。
動作は非常に鈍重だ。
肉切り包丁が重たいからか、それとも身に付けている黒い皮の衣が見た目より重量があるからか、或いはそういう造りの変異種だからかは判断出来ないが、大男が歩む足取りはとても鈍い。
「鈍亀め! さっさと死ね!」
毬耶は左手にもう一挺『SIGUMA.45』自動拳銃を呼び出し、二挺拳銃で更に銃撃を加える。が、やはり傷一つ負わすことも出来ない。
それでも銃撃の手を休める事無く、三人は三方へ展開し、三百六十度から処刑人を責め立てる。
しかし、やはり効果は無い。
恐らく、あの黒い皮の衣が防弾ベストの役割を担っているのだろう。
「グレネードを使う!」
焦れったくなった毬耶は、グレネードポーチからフラググレネードを取り出し処刑人へ向かって投げ付けた。
グレネードは処刑人の頭にぶつかると、瞬間、爆発した。
凄まじい爆炎と衝撃波、爆片が処刑人を襲う。
これでどうだ、と爆煙が晴れるのを待つまでもなく、勝利を確信した毬耶。
フラググレネードが爆発により産み出す破片には、特殊錬金素材が使用されている。通常の『不死人』ならば、目の前で爆片を喰らえば細切れとなること間違いは無い。
が、次の瞬間、毬耶は自分の眼を疑った。
煙りが晴れた先には、驚くべき事に大男が佇んでいた。
それもかすり傷一つ負わず、全くの無傷で立っていた。唯一、肉切り包丁の刀身が少し煤けている程度である。
「何なんだ、アイツは…………?」
驚愕する毬耶。
クララも時雨も、流石に銃撃の手を止めていた。
それを隙と取った大男は、また歩み始めた。
真っ直ぐ毬耶の方を向いている。
毬耶は弾倉を代えると、銃撃を再開しながら進路上から退き去ろうとした。
瞬間、大男が駆け出した。
それもかなりの速度で、あっという間に距離を詰めて来た。
「何!?」
驚愕する毬耶を他所に、大男が左手を伸ばし頭を掴もうとする。
刹那、脳裏に先程の凄惨な光景が甦る。
毬耶は慌てて頭を低くし手をかわすと、銃口を大男の脇腹へ向けトリガーを弾いた。皮の衣に守られてない部分だ。
至近距離から.45口径弾を喰らった処刑人。
しかし、何事も無かったかのように包丁を振り上げて毬耶へ振り下ろす。
毬耶は地面を蹴って処刑人から距離を取り、紙一重の差で包丁をかわした。
「あいつ、何で出来ているんだ?」
毬耶は先程の一瞬で目の当たりにした。
『SIGUMA.45』から放たれた銃弾は、確かに大男の脇腹へ命中した。が、何と銃弾は大男の皮膚に僅かにめり込んだ状態で停止し、コロリと地面に落ちたのだ。
どうやらあの黒い皮もそうだが、大男の皮膚自体も防弾作用を持っているようだ。
「弱点は無いのか…………?」
毬耶は距離を取りつつ、処刑人を観察する。
一見、隙だらけなようでいて、その実は一分の隙もない。鈍重なようで高速移動も可能というのは先程で実証済みだ。
厄介な相手だ、と舌打ちを一つする。
「天真、何か手は無いのか?」
インカムに手を伸ばし、天真時雨へ通信を開く。
天真は先程から敵の解析をしてくれていた。一通りのデータは揃っているだろうから、何かしら打つ手を見出だしてくれていると期待した。
問い掛けるも束の間、直ぐ様返事が返ってきた。
「確証は無いが、目を狙撃してみろ。クララ、出来るか?」
「了解」
天真の呼び掛けに答えたクララは、いつの間にかフロア二階に移動していた。
毬耶が狙われている内に、狙撃ポイントを取っていたのだろう。
刹那、銃声が轟いた。
天真が指示を飛ばした直後、一瞬で照準を合わし狙撃したのだ。驚異的な狙撃テクニックである。
『M14 DMR』から放たれた『7.62mm対不死人弾』は、処刑人の右目に襲い掛かる。が、銃弾が眼球を食い破ろうとした一瞬前、肉切り包丁が閃き銃弾を弾いたのだった。
全ては刹那の出来事であり、毬耶には当然視認出来るわけが無い。
しかし、それでも何が起こったのかは理解出来た。
あの大男は、その巨大な肉切り包丁で銃弾を防いだ。それも刀身を盾にするのではなく、刃で切り払ったのだ。
「雨竜女史、あれは至近距離でなければ銃弾を受け付けんようだ」
「無茶を言う…………」
天真の解析に、毬耶は乾いた唇を舌で舐めながら呻くように答えた。
出来なくは無いかもしれない。
先程のように、紙一重でかわして行けば接近は可能だ。幸い、敵の得物は刃物だけだ。
しかし、果たしてそれが可能なのか。
敵は鈍重なようで実は鋭敏で、それはライフルから打ち出された銃弾を切り払う程だ。
もしかすると毬耶がかわせたのは、敵が本気を出していなかったからかも知れない。いや、そうに違いない。
それらを踏まえると、今度接近すれば命の保証は無いだろう。それでも接近戦に持ち込むなら、文字通り“決死の特攻”となるだろう。
“カミカゼ”など、時代錯誤も甚だしい。
他に何か手は無いのか。
ここに一ノ瀬優が居れば、彼女のスキルで何とかなるというものを。
そんな風にうだうだと考えている内に、処刑人の赤い眼が閃き次の標的を捉えた。




