第六話
人間工場。
アレーネ・ザミュは次々に飛び込んでくる状況報告に、驚愕と焦燥の色を隠せずにいた。
地上の三人は病院に侵入し、次々に部下を薙ぎ倒している。更に地下では一人だと思っていた敵兵が実は二人居て、ゾンビ化した『不死人』をものともせず快進撃を続けているという。
「有り得ない…………何なのこいつら…………?」
「彼等は『新撰組』。日本の『咲浪銃器学園』で設立された銃器小隊さ」
アレーネの独り言に答える声があった。
てっきり一人きりだと思い込んでいたアレーネは、驚愕に思わず椅子から立ち上がった。
「誰!? ここにどうやって入った!?」
「失礼。驚かせるつもりは無かったのだがね」
その人物は、ふざけた身なりをした青年だった。
中世を思わせる華美な貴族服に身を包み、片手には柄の部分に宝玉を嵌めたステッキを持っている。そして何より奇妙なのは、頭に白い羽根の生えた紳士帽を被っている事だった。
「私は“伝書鳩”。総督付き親衛隊のメッセンジャーだ」
「伝書鳩?」
鳩だから白い羽根なのだろうか、などと考えている間に、“伝書鳩”と名乗る青年は言葉を紡ぎ始めた。
「総督から伝言だ。『的場薫及び新撰組に手出しをするな。研究成果を持って撤退せよ。そうでなければ、全て台無しになる。予測不能な自然災害は、堪えて偲ぶべし』、だそうだ」
「『新撰組』? それは今、私の縄張りで暴れている連中のことね?」
「そうだ。総督は彼等を放置する事を望んでいる」
ふざけた帽子を被る青年は、仏頂面でそう告げる。
放置とは、一体どういう事か。
状況を鑑みるに、このままこいつらを放置していれば大切な研究機関を破壊されかねない。そんな事になれば、総督に顔向け出来ないどころの話では無くなる。
「それが総督からの命令である、と?」
「いや、命令ではなく伝言だ。聞く聞かないの判断は君に任せよう」
総督は我々を試してらっしゃるのか。
命令ではなく伝言とは、アレーネが如何に総督に忠実かを計っているように思われる。けど、真意のほどは分からない。
そもそも、この青年が“総督付き親衛隊”である保証など何処にも無いではないか。
「では、確かに伝えたぞ」
そう言い残し、伝書鳩の姿は少し目を放した隙に消えていた。
残されたアレーネは、思案するも束の間、部下を呼び寄せ作戦を練ることにした。
当然、『新撰組』を撃破する方針である。
はて?
自分は今、何をしているのか。
確か一ノ瀬優と合流した後、ゾンビ化した『不死人』を片付けながら前進していた筈だ。
その間、何故、一ノ瀬優は独断行動を取ったのか、何故、地下に居るのか等の理由を聞いていた筈。
「へ? じゃあ勝手に出撃したのは既成事実を作るため?」
「そうだ。雨竜ちゃんが居たんじゃ、お前はオチオチ出撃命令なんて下せないだろ? だから俺が勝手に出撃して拠点を攻撃せざるを得ない状況に持っていったってわけよ」
詰まる所、雨竜女史という枷がある限り、的場薫は拠点攻撃命令を下すことが出来ない。故に独断先行し、小隊が出撃せざるを得ない状況を作り出したという。
雨竜女史はあれで生徒想いの良い先生だ。生徒が死地に飛び込もうとするのを、むざむざ放って置く訳がない。それを見越しての作戦だったのだろう。
何たる回りくどい作戦か。
「誰の入れ知恵?」
「時雨だ」
「やっぱり…………」
何と無く予想は付いていたが、天真時雨が一枚噛んでいたようだ。
こんな回りくどい作戦、一ノ瀬優だけで思い付くわけが無い。
「まぁ、元々飛び出すつもりだったけどよ。お前との約束もあったし、ここで合流するつもりで待ってたんだけどな」
「てっきり地上を行っていると思ったけど。何処でこの道を知ったの?」
「何か臭うと思って地面掘って見れば、地下道があったからよ。入ってみたんだ」
ここ掘れワンワン。
犬でもあるまいし、相変わらず驚異的な直感力だ。
そのお陰で、地上では三人に拠点攻撃を任せてしまった。
「全く、早く合流しよう。皆、君を捜してる」
「おうさ。ま、説教はそっち持ちで頼むぜ?」
「はぁ、胃が痛い…………」
こうして話している間も、薫らはゾンビと交戦していた。
思いの外数が少なく、十分に対応出来ていたのだ。
熟練で無くとも『咲浪銃器学園』の『ガンスリンガー』であれば、ゾンビ程度に遅れを取るような愚鈍な小隊は居ない。流石に大隊規模となると話は別だが、この程度なら問題無かった。
ーーーーグチャッ
ーーーーーーービシャリッ
それからどうなったのか。
確か地下道の端らしき場所に辿り着いた薫と一ノ瀬優は、誘われる様に病院の真下の空間に足を踏み入れた。硬質なコンクリート造りの通路に、幾つかの扉が並んでいる。
その一つを開け広げ、そしてそこで目の当たりにしたものというものがーーーー
「チッ、分かっていても、こんなゲスなモノを見せ付けられると、な…………」
一ノ瀬優が毒づく。
薫はあまりに凄まじい血と汚物の臭いと、凄惨に過ぎる光景に吐き気を覚えた。
そこは解剖室か、肉の解体工場のような場所だった。
天井から吊るされた手足を切断され内蔵をくり貫かれた人間。
床に染み渡る赤黒い鮮血や糞尿。
そして移動式の机に並べられた血染めの糸鋸や鉈や肉切り包丁。
この場所で何が行われていたのか、想像出来てしまう。出来てしまえた。
肉片は在れど内蔵が無いことを鑑みるに、臓器売買の為に切り取られたのだろう。残りは血抜きして、『不死人』の餌にでもなるのだろう。
「ここの連中は糞だ。皆殺し、鏖殺にするぞ」
一ノ瀬優はアサルトライフルのコッキングレバーを引きながら、そう告げた。
薫は胃の腑から昇ってくる吐き気を何とかこらえ、彼女の後を追うように解体室を後にした。
「気付いたか、隊長。さっきの部屋にあった死体、全部男のモノばかりだった」
「え?」
「女は別の場所で、あれより酷い仕打ちを受けてるんだろう。こんな場所、徹底的に壊してやろう」
そう語る一ノ瀬優の横顔は、鬼が宿ったような恐ろしい形相をしていた。
人体を売られた女の末路。
想像に難くないから、薫は胸が苦しくなった。
出来れば、その場面に出会したくないと願ってしまったのだが、その願いはあっさりと裏切られる事となった。
解体室を出た二人は、手近な扉を開け放った。
刹那、先程とは違った酷い臭いが吐き気を促した。
「クソッ! クソ、クソ、クソッ!」
薫は悪態を吐きながら部屋を飛び出した。
そうでもしなければ、精神がどうにかなってしまいそうだったからだ。
「おい隊長ーー薫、目を逸らすなよ」
一ノ瀬優はその光景を目の当たりにして、冷徹なまでに冷静だった。
「彼女達は、か、家畜以下かよ! クソッタレ!」
薫が見た光景は、慰みもののそれを遥かに下回る凄惨なモノだった。
人を人として扱わない。
道具よりも酷い。
そして何より、そうまでしても殺さないという遣り口。
全てが唾棄すべき光景だった。
「薫、しっかりしろ」
「ビデオなんか撮ってさぁ! そうまでして、そうまでしてーーーー!」
「気持ちは分かるが、ここで吼えてる場合じゃ無いだろう? な? やるべき事があるだろーーーーん?」
一ノ瀬優に慰められていた薫は、次の瞬間、何もかもが分からなくなった。
ーーーーズル
ーーーーーーズルズル
鮮血が床を濡らす。
内蔵が落ちる。
彼女の体に穴が空いている。
「へ?」
「え?」
二人は同時に小首を傾げる。
何が起きたのか、彼女自身も分かっていないようだった。
「イチ?」
「何だ……あれは…………?」
掠れた声が鼓膜を震わせる。
見ると、通路の先に何かが現れた。
それは形容しがたき形をしていた。
全身を蔦のような蛇のような触手がうねり、既に人の形ですら無く、不定形に蠢く触手が姿を常に変えていた。
『不死人』の“変異種”という言葉が脳裏を過るが、それよりも重大な事態があった。
一ノ瀬優である。
彼女は脇腹に大穴を穿たれており、そこから腸が垂れ落ちているではないか。
「イチ!」
薫は彼女のくず落ちる体を担ぎ上げ、全速力で通路の反対側へ駆け出した。




