第四話
集団行動が苦手な少女達。
的場薫が欠けてからは、特に目立ったトラブルも無くビルの元屋上へ辿り着いた。
が、目に見えてクララ・クラーク・クランと天真時雨の様子が可笑しかった。
統率が無くなった、というべきか。
いつもは仲の良い二人が、時折ぶつかるようにして声を荒らげていたりした。
主にクララが急いて先へ先へ進んで行くのを天真が抑えようとして、それに対してクララが反発したりして言い争う様子が見受けられた。
当然、毬耶が止めに入るが、「うっさい!」の一言で一蹴されてしまった。教師に対する態度では無い。
しかし、ここで毬耶まで声を荒らげれば、火に油を注ぐ結果となる事は明らかであった為に何とか怒声は呑み込んでいた。我慢は限界に近かったのだが。
冷静を装い通信は通じている事を確認して的場薫を呼び出し、二人を諌めて貰ったりしていたが、最早、堪忍袋の緒は切断寸前であった。
そして限界は、近い内に迎える事となった。
それは元屋上だった場所に到着した瞬間だった。
クララと天真が我を競って外へ飛び出した刹那、何処からともなく銃声が鳴り響き、雨霰のように銃弾を浴びせられ掛けた。毬耶らは慌ててバリケードになりそうな場所を探し、壊れたハンヴィーの影に身を寄せた。
「廃病院にトーチカを確認!」
時雨が偵察ドローンを操作し、銃撃の位置を把握する。
情報通りの位置にトーチカが設置されている事は分かった。
そう、トーチカが何処に在るかは、最初から分かっていた。それも銃口が倒壊したビルの屋上に向いていることも、衛星写真から把握していた。
それを踏まえてのこのルートだ。
的場薫がどういうつもりだったのか知らないが、恐らくはこんな馬鹿正直に機銃の真ん前に飛び出す真似はしなかった筈だ。
「お前達は、何を考えているんだ!」
銃声に負けない程の怒声が、曇天の下に響き渡った。
これまで我慢してきたものが、爆発した瞬間だった。
「うるさいなぁ」
憤慨する大人を鬱陶しげに、二人の少女は指で耳を塞ぐ。
まるでそんな場合ではないと言わんばかりだ。確かに、そんな場合ではないのだが。
バリケード代わりにしているハンヴィーは、今も機関銃の掃射を受け激しい金属音を掻き鳴らしている。
少しでもハンヴィーの影から抜け出せば、直ぐ様ミンチにされるだろう。
完全に釘付けの状況である。
「どうするつもりだ⁉ 手も足も出ないぞ!」
「騒ぐな。簡単な話し、手も足も出さなきゃ良い」
銃撃に戦く毬耶を他所に、天真とクララは冷静沈着だった。
さっきまでの確執は、銃声によって水を掛けられたかのように落ち着いていた。お互いに協力し合う余裕すら見せている。
「クララ、こいつを動かすぞ」
天真はハンヴィーをノックするように叩く。
何を無茶な、と毬耶は頭を抱える。
ハンヴィーは運転席を破壊されており、例え天真が天才的な技師であろうと、動かすことは不可能に近い。いや、不可能だ。
そんな毬耶を他所に、クララは「分かった」と首を縦に振る。
「何をするつもりだ?」
「動かすのだ」
訝しむ毬耶を尻目に、二人はハンヴィーの端を持つと「せーのっ!」と掛け声合わせて車体を横倒しにした。
パワードスーツによって強化された二人の腕力に掛かれば、半壊して軽くなった装甲車など簡単に倒せるだろう。
そのまま二人は車底に肩を当て、ずるずると押して前進を始めた。
「先生は援護を」
クララの指示に、毬耶は無茶苦茶な作戦に嘆息しながら『適性銃器』である『SIGUMA.45』自動拳銃を構えた。
こちらが前進している様は、当然敵にも丸分かりだ。阻止せんとして、兵士を送り込んで来る。
「右側から来るぞ!」
「わかっている!」
毬耶は天真の忠告より早く、敵兵の存在に気付いていた。
慌てる事無くグロウサイトを覗き込み、照準を合わせ敵の胸部に二発の銃弾を撃ち込む。
『不死人化』した兵士は、『コア』を守るためのヘルメットを装着していても、防弾ベストを着ていないケースが多い。通常弾が通用しない事への安心感が、そういった油断を生ませるのだろう。
『ガンスリンガー』にとっては好機でしか無い。
手早く一人目を片付けた毬耶は、なぞるように銃口をスライドさせ次の標的を捉え射殺する。手慣れたものだ。
その間もハンヴィーには容赦なく重機関銃の弾丸が雷雨の如く降り注ぎ、堅牢な装甲に徐々に穴を穿ち鉄屑へと変えていく。
しかし、装甲車を完全に鉄屑と化すには、些か以上に時間が掛かる。その時間は天真とクララの前進を助け、トーチカ内の射撃手を肉眼で視認出来る距離まで接近させる役割を果たした。
「本来ならインパルスの出番だがーーーー」
天真は呟くと、グレネードポーチからフラググレネードを一つ取り出した。
そしてハンヴィーの影からグレネードを放り投げ、トーチカの窓から内部へ転がり込ませた。
数秒後、爆発。
グレネードは射手を機銃ごと吹き飛ばした。
「活路は開いた! 行くぞ!」
こうしてトーチカを排除した天真らは、意気揚々と病院内へ飛び込んだ。
毬耶は何と無茶苦茶な連中か、と半ば呆れながら後に続いた。
サンプルの記されたファイルを整理していたアレーネ・ザミュは、外が俄に騒がしくなった事に気が付いた。
病院の東側。
倒壊したビルの方角で、銃撃の騒音が鳴り響いていた 。
アレーネは直ぐに部下を呼び寄せ、状況を報告させた。
またトーチカに配備した機関銃手が暇を持て余して、犬か猫を銃撃し始めたのだろうと、最初はその程度に思っていた。
しかし、部下が告げた報告に、アレーネは小首を傾げた。
「敵襲ですって?」
真面目くさった顔の部下は、厳かに敵襲の趣旨と敵の規模を口にした。
地上に三人、地下に一人の少人数の部隊が攻め込んで来ているとの事だった。
「そんな無謀な事をやるなんて、何処の部隊か分かる?」
「詳細は不明ですが、恐らく昨日、カーチャ・ザレコフの料亭に家宅捜索を強硬した部隊かと。名前は確か、『新撰組』だった筈です」
「『新撰組』、ね。総督が偉く気に入っている部隊が、そんな名前だったわね。手出しして良いものかしら…………」
アレーネは一考したのも束の間、判断を下した。
いや、下さざるを得なかった。
アレーネが考えている内に、東側に配置したトーチカが轟音を響かせて爆散してしまったからだ。
「全戦力をもって、これを撃破しなさい。早急に」
「承知しました。ーーーー地下の者はどうしましょうか?」
「ゾンビを放ち、遊ばせておけば良いわ。たまにはガス抜きが必要でしょう。あれも」
「了解」
アレーネの指示を受け、部下は部屋を後にした。
残されたアレーネは、戸棚に隠されていた金庫に取り付いた。ダイヤル錠を合わせ、手早く解錠する。
まさかと思うが、相手は中々の手練れらしい。
『新撰組』か何かは知らないが、この拠点を潰されるわけにはいかないのだ。ここが『不死人』の供給拠点となっている現在は、何としても死守せねばならない。
「用心するに越したことは無いわ」
金庫の中から赤い液体の入ったボトルを取り出したアレーネは、数本の注射器に液体を小分けし始めた。




