第三話
転落人生。
オフィスビルだった建物に足を踏み入れた四人は、想像を絶する凄惨な様に驚愕した。
ロビーは爆発の影響で跡形もなく消し飛んでおり、そこから上は倒壊時に潰れてしまっていた。
「くそ、ぐちゃぐちゃだな…………」
薫は通り抜けられそうな道を探す。
何処を見ても瓦礫だらけで、道らしい道は埋もれて無さそうだった。
やはり、ここを通るのは無謀だったか。
「薫、あそこ通れそう」
半ば諦めかけていたその時、クララが瓦礫の一角を指し示した。
近付いて見てみると、人一人がすっぽりと入れるような穴が空いていた。その奥には、洞窟のような暗がりが広がっている。
「イチが通ったのかな? ここ、新しい擦った跡がある」
「イチで無ければ敵でしか無いだろうな。用心の為に“索敵ドローン”を先行させる」
時雨はバックパックから小型ドローンを取り出し、穴へ放り込んだ。
ドローンはふわりと浮き上がると、索敵を始めながら奥へと浮遊して行った。
近くに敵の反応が無いことを確認した薫達は、順に穴の中へ身を投じていく。
「暗いな。ナイトビジョンを使え」
雨竜女史の指示に、薫は左腕のコンソールを操作しマルチバイザーに備えられた暗視装置を作動させる。
瞬間、緑色に彩られた景色が眼前に広がっていった。
「ここはエレベーター、だったのかな?」
どうやらクララの見付けた穴はエレベーターが通っていた空間らしく、道は一直線に続いていた。
これは好都合だ。
エレベーターなら屋上まで直通の可能性が高い。崩落の影響でぐちゃぐちゃになったオフィス内を通るより、遥かに楽であろう。
「足下に気を付けろ。かなり散らかってるからな」
薫達は移動を開始した。
時雨が操作するドローンを先頭にして、エレベーターが通っていたであろう道を突き進んで行く。
地上四十階程の道程は、気の遠くなるような静寂と暗闇の中では斯くも険しく感じられた。
道も決して平坦では無い。
瓦礫や何やらが散乱しており、更には床が崩れている場所さえある。ふとした瞬間に、足下が抜けるかも知れない恐怖を薫は感じていた。
そんな嫌な予感というのは、当たってしまう時は当たってしまう。
「…………あっ」
薫はそんな間抜けな声を上げた。
声色の呑気さとは裏腹に、身体中から血の気の退くような嫌な感覚を感じていた。
踏み出した足が、空を踏んだように地面の感覚を捉えなかったのだ。
簡単に説明すると、嫌な予感が的中し床が抜けたのだった。
薫は何かに掴まる事も出来ず、真っ逆さまに落ちていった。
「ぐぁっ!?」
しかし、意外にも早く背中を打ち付け落下が止まった。
息が出来ない苦しさを味わったが、何とか生きていた。
「薫!」
「大丈夫か、隊長!」
クララと時雨が薫が落下した穴から顔を覗かせている。
距離にして二メートル程で、手を伸ばせば届くような高低さだった。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
「気を付けろと言ったろ。さっさと上がってこい」
「了解!」
薫は身を起こし、落とした『適性銃器』を拾おうとよじった。
瞬間、ガタンッと鈍い音がして尻の下の地面が崩れた。
「うわっ!?」
しかし、今度もまた直ぐに背中を打ち付けた。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈…………あぁっ!」
と、またもや地面が崩れ落下する薫。
今度は深く深く、暗闇の中を落下していった。
斯くして薫は、落ちるところまで落ちてしまった。
恐らく十メートルから二十メートル程落ちたようだ。
されども、五体満足。
何処にも酷い怪我が無かったのは、途中でケーブルの束に体が引っ掛かり、それがクッションとなったからだろう。後はパワードスーツの恩恵か。
しかし、全身打撲の痛みは免れなかった。
「痛ッ! 嗚呼、何か最近こんなんばっかだなぁ…………」
深く溜め息を吐きながら、薫は身を起こし周囲を見渡した。
緑色の視界に映えるのは、緩くカーブした壁面と水の溜まった地面。アサルトスーツにじっとりと水が染みてくる。
どうやら地下水道か何かに落ちてしまったようだ。
「的場! おい、的場! 無事なのか!?」
不意に無線機から雨竜女史の声が響いた。
「こちらアストレイ、何とか無事です。どうやら地下道に落ちたらしく、そちらまで戻るのは困難なようです」
薫は立ち上がりながら、インカムに声を吹き込む。
「無事か、良かった…………」
声色だけで雨竜女史が、安堵している様子が手に取るように分かった。
「そっちは大丈夫ですか?」
「あぁ、クララがそっちに向かおうとしているのを天真が羽交い締めにしていること以外はな」
成る程、無線機の後ろで何やらやいやいと言い争う少女らの声が聞こえてくる。
薫に対して過保護に過ぎるクララなら、二十メートルもの無謀なスカイダイビングなど有り得る話だ。
薫はクララへチャンネルを切り替える。
「クララ、聞こえているなら無茶は止せ」
「待ってて薫。直ぐに向かうから」
「ダメだ。流石に何の装備も無しに高高度からの降下は許可出来ない。このトンネルが何処に続いているか分からないけど、西側で合流出来るよう進んでみる。僕なら大丈夫だから、クララは他の二人と共に当初の作戦を遂行してくれ。分かったね?」
薫の言葉にクララは答えない。
「分かったね?」と念を押して問い掛けて、やっと「了解…………」と拗ねたように答えてくれた。
こういう所が子供っぽくて可愛らしいと言えば、可愛らしいのだが。
さて、上は雨竜女史と天真時雨に任せて置けば大丈夫だろうが、問題はこちらである。
地下道探索は初めてでは無いが、たった一人で地下道を歩くのは初めてだし不安でしか無い。
取り敢えず用心の為に『適性銃器』を即時射撃位置に構えながら、西側を目指し足を踏み出した。
不気味な静寂の中に、汚水を踏むような音が木霊した。
一ノ瀬優が書けないのが、少し寂しかったりする今日この頃。




