第四話
狙撃者。
雨竜毬耶と『新撰組』が乗り込んだ中華料理店より大通りを挟んで向かいのビル。の、更に奥のビルに挟まれた路地に、狙撃を行った者が在った。
刺客にしては目立つ金髪に青い革のジャケットを身に纏い、ゴルフ様のバッグを担いだ白人男性は、ポケットの中で振動を繰り返す携帯端末を取り出した。これまた目立つ金色のタッチ式端末である。
男性はタッチ式ディスプレイに表示される番号を見て、即座に通話表示をタップする。
「これは総督殿。わざわざ確認の電話とは、私の腕が信用ならないという事ですかな?」
「いやぁ、狙撃の腕に関しては疑いようも無いのだがね。君は血を見たがる性分だ。依頼した以上の殺人を犯したとも限らない。きちんと、一人だけを殺したかね?」
通話相手の男性、“総督”は、言葉とは裏腹に軽い口調で狙撃手を問い詰める。
しかし、狙撃手は知っていた。
この総督の命令に歯向かえばどうなるか。故に、細心の注意を払って狙撃を行ったのだ。
「滞りなく。あの売人を確実に射殺しました。ーーーーしかし、よろしいのですか? 私ならば、あんな小隊など五分も掛からずに殲滅出来ますが?」
「それではダメなのだよ、デュラハン。彼が絶望してしまう。それはダメだ。まだ本調子ではない彼を絶望させても、全く面白くない。折角、生き延びたのだから、もっと遊ばせて貰わなければ」
よく分からない理屈だった。
彼、とはあの小隊を纏めていた青年の事だろう。
本調子であろうと無かろうと、敵は殺せる時に殺しておくべきだろうに。
「兎も角、撤収したまえ。仕事は終わりだ」
「了解しました。それでは、失礼致します」
狙撃手は通話を終了すると、フッと溜め息を吐いた。
直後、ジャケットの下に隠していた小型自動拳銃を抜き取り、振り向き様に発砲した。
唐突に発砲してきた男性に、クララ・クラーク・クランは驚いた。
距離にして二百メートル以上も離れているというのに、クララの監視に感付いた事もそうだが、暗殺用の小口径拳銃で正確にクララの居る場所を狙撃した事に舌を巻く。
銃弾は腹部に直撃。
肋骨に打撲程度の傷を負ったが、問題は無い。天真時雨が開発した防弾ベストのお陰であろう。
「クローク、使うべきだったか…………」
ベストにめり込んだ銃弾を指で弾きながら、後悔するでもなく呟くクララ。
距離が離れているだけに透明化の技術は必要ないだろうと踏んだのだが、敵は予想以上の手練れらしい。完璧だった尾行を、完全に見破られてしまった。
バレてしまっては仕方がない。
クララは場所を変えつつ自身の『適性銃器』である『M14 DMR』自動小銃を手中に呼び出し、狙撃ポイントに着く。
男性は先程の銃撃を最後に、まるでクララに興味など無いと言わんばかりに背を向け逃げ出した。身を軽くする為か、狙撃銃を納めているであろうゴルフバックを放り捨ててもいる。
「逃がすものか」
クララは男性の動きを読み、先回りして狙撃の機会を待った。
予想通りの動きを男性はし、クララが覗き込むテレスコピックスコープの十字レティクルの下に姿を曝した。
刹那、撃発。
『7.62mm対不死人弾』が撃ち放たれた。
クララの『適性銃器』、『M14 DMR』はかつて『スプリングフィールド造兵廠』が開発した『M14』を、“アメリカ海兵隊“が改良したマークスマンライフルである。それを基礎に『適性銃器』としたものだ。
『DMR』は名前の通り、選抜射手(designated marksman)が使用することを想定して開発された小銃である。『7.62x51mm弾』を使用しているため『5.56x45mm弾』を使うライフルより破壊力や長距離狙撃能力に優れており、他の軍用スナイパーライフルより軽量なのが特徴である。
その為、迅速かつ正確な狙撃を必要とする海兵隊の“スカウトスナイパー(前哨狙撃兵)”や、爆発物処理班に使用されている。任務によっては、スナイパーチームの観測手が使用することもあるという。
クララの物は22インチのステンレス製銃身にポリマー製の銃床という造りで、バレル下部にはあまり使用しないがバイポットを備えている。マズルには跳ね上がり防止の為のサプレッサーがあり、スコープは六倍、八倍、十倍率の可変式を採用。スコープ上部に近接戦闘を想定してのダットサイトを乗せているが、これもあまり使用しない。フレームは雪原仕様の迷彩を施しているが、クローキングデバイスで透明化するよう設定しているのでカラーリングはほぼ関係無い。
近代化対応している以外に相違は少なく、『適性銃器』という事を除けば当時の物と大差は無いと言えよう。
さて、クララの狙撃の腕だが、成る程“学年最強”と謳われるだけあって優秀である。
百発百中、一撃必殺。
セミオートだというのに、ボルトアクションライフルを持つ『ガンスリンガー』と負けず劣らずの狙撃を魅せている。
「…………?」
今回もその手腕に狂いは無く、男性を狙った銃弾は見事に的を穿った。
男性の頭部はまるでスイカを割ったかのように弾け、頭蓋骨や脳奬が路地にばら蒔かれた。
しかし、クララは驚愕の光景を目の当たりにした。
確かに射殺した筈の男性が、頭を無くしたまま立ち上がったではないか。
どういう事か。
何が起こったのか。
疑問は尽きないが、クララは至って冷静であった。これが彼女を最強足らしめる要因の一つであろう。
クララは疑念を一度振り払うと、即座にトリガーを弾き、次弾を放つ。セミオートの利点は一発目が外れても、排莢から再装填までを自動で行う事から照準器から目を放す事無く次弾を撃ち放てる事だ。
次弾も狙いは正確。
次は胸部を狙撃した。『7.62mm対不死人弾』は間違いなく男性の心臓部へ命中した。
今度こそ男性は倒れ、動かなくなった。かに見えた。
「嘘でしょ?」
クララは、彼女には珍しく驚愕の声を口にした。
何と男性は、胸に大穴を穿ちながら立ち上がったではないか。
「あり得ない、何なの…………?」
疑念の声を漏らしながら、クララは慌てるように次弾を放つ。
しかし、今度は命中するに至らなかった。
男性は素早く身を捩り、銃弾をかわしたのだ。そしてそのまま流れるように路地を駆け抜けると、角を曲がって姿を消した。
「失敗した…………」
クララは追撃しようと身体に力を入れるが、まるで石になったかのように動くことが出来なかった。
狙撃姿勢のまま、何もない路地をスコープ越しに眺め続けていた。




