第二話
毬耶の憂鬱。
そもそもの始まりは、あのラブホテルで開いた会議からである。
「あの携帯電話の暗号化が解けた」
毬耶はこの重大な情報を彼等『新撰組』にもたらすため、わざわざ盗聴やら監視が手薄であるあのラブホテルに呼び寄せたのだ。結果的に“淫行教師”と不名誉な言われようを受けてしまったが。
別に学園でも良かったのでは、と思われるだろうが、帰還した『新撰組』の証言により情報漏れの可能性が浮上していた為にこの様な方法を取ったのだ。
学園内部に敵と通じている輩が居るなど考えたくも無いが、用心するに越した事は無い。
あの作戦の内容を知り、誰が送り込まれるか知っていたのは、毬耶を含む教師陣と学園長。それから生徒会の面々。容疑者は少ないが、皆一様に怪しいところは無い。とは言え、疑わしくないと言えば嘘になる。
皮肉な話だ。
今一番に信用できるのは、学園の長たる咲浪霧也でも『咲浪銃器学園』の教師陣でも無ければ、ここに集いし四人の子供達という。まるで大戦時に逆戻りしたようである。
さて、情報であるが、勿論一介の生徒に開示して良いようなものでもない。
しかし、先程も言ったように、信用できるのは彼等しか居ないのだから、力を借りるしか無い。無い、のだがーーーー
「時雨、起きてる?」
「後五分…………」
「五分は長いよ」
「じゃあ十分…………」
「延びたよ⁉」
的場薫は天真時雨を起こすのに掛かりっきり。件の天真は、一向に起きない。
「クララ、何でこの部屋は鏡張りなんだ?」
「その方がエッチだからじゃ無いの?」
「そんなものなのか?」
「経験無いから知らない」
一ノ瀬優とクララ・クラーク・クランは、初めて入るであろうラブホテルの内装に興味を奪われていた。
「聞け! 貴様ら!」
誰一人として耳を貸していない状況に、毬耶は声を荒らげる。
的場薫は滑稽なまでに素直に応えてくれたのだが、他の三人は気だるげな視線をこちらへ向けるだけだった。天真に関しては、見るからに鬱陶しげに毬耶を睨み付けている。
いずれにせよ、教師に対する態度では無い。
本当に、この連中しか信用出来ないとは皮肉が過ぎる。まともなのが的場薫しかいないとか。
「先生、すみませんが気にせず話を続けてください」
的場薫は申し訳なさそうにして、毬耶に話の先を促す。
小隊長である貴様が部下を諌めないでどうする、と怒鳴りたかったが、無駄な事だと分かっていたので怒りを沈めた。
「…………解読された情報は、麻薬等の違法薬物を売り捌いている不届き者の名が幾つか。その内の一つ、カーチャ・ザレコフって女は『RED SHOT』の元締めとされている」
「『RED SHOT』の元締めとは穏やかでは無いな。国際警察はさぞ喜んだことだろう」
気だるげに目覚めた天真が、皮肉るように呟いた。
その情報は自分達にもたらされなかったと言う事は、自分達の手柄を横取りされたようで面白くないのだろう。他の二人も同じ様な気持ちなのか、一斉に非難の目をこちらに向けた。
的場薫だけは違っていた。
「信憑性は?」
彼は真剣な眼差しで問い掛ける。
「情報にはご丁寧に住所や顧客リストまで載っていたが、鵜呑みにして良いものか図りかねていた」
「罠の可能性が高いですね。おちおち部隊を投入すれば、鎧袖一触に潰されかねません」
「そうだ。しかしーーーー」
「何か信憑性を得られる情報を手に入れた、だろ?」
一ノ瀬優が鋭い視線を送る。
流石、勘だけは良い。
毬耶は無言で頷き、言葉を続ける。
「連邦安全保証局の諜報部がマークしている密売人名簿の中に、同姓同名の人物があった」
「なら、明日にでも『デッドキラー』の部隊が送り込まれて一件落着だな。私達には、関係の無い話だ」
天真は吐き捨てるように言った。
自分達が命懸けで持ち帰った情報が、他の人間の手柄になる事を恨んでの事だろう。
「そう、上手く行けば良いのだがな」
「どういう事です?」
「軍部の動きが鈍い。どうやら、誰かが圧力を掛けているようだ」
この言葉に、四人は興味を示したように身体を前にのめり出した。
「とある筋の情報では、部隊が編成され動き出すまで一週間掛かるらしい」
「へっ、俺らなら今日にでも動けるってのに?」
「そうだ。そこで私は、諸君らに任務を授けようと思う。任務内容はカーチャ・ザレコフの確保」
言い終えてから、毬耶は自分のやっている事の恐ろしさに身震いした。
高レベルの機密情報をリークしただけでなく、学生を無断で任務に当たらせようとしている。教育者としてあるまじき行為だ。
しかし、と的場薫へ視線を向ける。
彼の特徴的な紅い瞳とかち合った。
信頼出きる人間は、学園の中でも『新撰組』の面々。特に的場薫以外には居ない。
もしも内部に反乱者が居るならば、この情報は潰され兼ねない。それは、何としても避けなければならない。
「受けるか受けないかは、諸君らの判断に任せる」
断ってくれても良い、と言外に付け足す。が、断らないことを毬耶は知っていた。
いや、断れないと分かっていた。
的場薫は兎も角、他の三人娘はこういった任務に飛び付くだろう。
「…………どうする?」
しかし、意外や意外、乗り気では無かった。
事もあろうに、戦早い一ノ瀬優が、先程の威勢を失い渋るように全員へ賛否を問い掛けた。
「薫が本調子じゃない。止めておくべき」
「義手が馴染んでないからな。無理はさせたくない」
クララと天真も乗り気では無い。
どうやら三人は、的場薫の状態に気を揉んでいるようだ。成る程、確かにあんなことがあった後で、彼に無理をさせるのは憚られる。
毬耶としても、『新撰組』の面々が断るならば無理強いをするつもりなど無かった。一人でも作戦を決行するつもりであった。
半ば諦め掛けたその時、またもや意外な事が起こった。
「任務を受けよう」と、硬派な的場薫が受注を提案したのだ。これには毬耶はおろか、三人娘も驚いていた。
「的場、どういう風の吹き回しだ?」
「僕が仕入れた情報によると、『RED SHOT+』が量産体勢に入った疑いがあります」
的場薫はとある筋から仕入れたという情報を口にした。
それは一部の人間しか知り様の無い極秘情報だった。
「そのカーチャ・ザレコフという人物が『+』に手を出す前に、潰しておくべきでしょう」
彼には珍しく好戦的な眼差しをしている。
彼なりに『RED SHOT+』を奪還せしめ得なかった事に対して責任を感じているのだろう。
「薫、無理はダメ」
「そうだ。無理してまたあんな事になるのは御免だぞ?」
「大丈夫、今回はドンパチ無しで行けるかも知れないでしょ? 聞き込み調査って事で、穏便に行こう」
成る程、銃撃戦を極力避ける方向という事か。
それなら無理をさせる事は無いだろう。
クララも天真も、そういう事ならと承服した。
「作戦には私も同行する」
「えぇ? 雨竜ちゃんも来んの?」
「そうだ一ノ瀬。海外遠征の場合は教師が付き添うことになっている。色々と面倒な手続きがあるからな」
確かにそういう決まりはあるが、今回は作戦をゴリ押しするために着いていくのだ。
「場所はヨーロッパ北部。復興都市“ウォビエラ”だ」
毬耶は『新撰組』の面々に、行き先を告げた。
それを後悔することになるのは、数時間後の事である。
雨竜女史のイメージは、厳格な女教師です。
鉄仮面とか渾名されそうな怖い教師をイメージしました。
デレる日は来るのかな?




