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第三話

 ダブルブッキング。

 喫茶店を後にした東出満は、共用駐車場に停まっている黒い電気自動車の助手席に乗り込んだ。

 防弾、防爆仕様のスモークガラスが張られた要人警護用車両には、一人の若い女がハンドルに凭れ掛かるようにして先着していた。


「それで、あいつなの?」


 女は満が車内に乗り込むなり、仏頂面をして問い掛けた。

 満はジャケットの中からシガレットケースを取り出し、紙巻き煙草を一本口にくわえる。火は、まだ点けない。


「容姿、声色、体型、どれを取っても違う。あいつは、全くの別人だ」


「何それ? あんたが自信満々にあいつがそうだと言い張るから、こうして軍事機密まで開示して釣り上げたんでしょ? それが別人だって事を証明しただけなんて、冗談じゃ無い」


「まぁ、落ち着け。話はまだ終わってねぇよ」


 苛立つ女を宥め、満は言葉を続ける。


「容姿なんてもんは整形でどうにでもなる。声も、体つきも、な」


「まぁ、それもそうだね。それで、何が言いたいんだ?」


「敢えて言うならば」


 満は一拍置いて、直感を口にする。


「奴は的場薫かも知れない。名前通り、な」


 満の言葉に、女は嬉しそうに破顔した。


「DNA鑑定は別人って事になっていたけど?」


「又聞きの鑑定結果に何の信憑性があるかよ。こいつを預かって来た」


 満は得意気にビニール袋を掲げて見せる。

 先程の喫茶店で、彼の青年が使ったコーヒーカップが納められている。


「今度は自分達で検査する」


「誰かが結果を誤魔化したって?」


「疑問程度だったが、俺は今日、あいつに会って確信した。見た目も容姿も違うが、あの紅い瞳、それから身に纏う雰囲気は誤魔化しようが無い」


 ここでようやく、満はライターを取り出し煙草に火を点した。

 煙を肺に入れ、興奮する気持ちを抑えた。


「なら、今すぐにでも行動を起こすべきじゃない?」


「まぁ、待て。まだ解せない問題が幾つかある」


「問題?」


 逸る気持ちは女も満も同じだが、事は慎重を要する。

 間違えました、ごめんなさいでは済まされないのだ。人一人を消すというのは。


「先ずは性格だ。お前も知ってるだろう? あいつは目的の為なら手段を選ばない」


「特に『アンデッド』関係になると、あいつは非情になる。有名な話だ」


「そうだ。けど、俺が情報を見せた時、奴は行動を起こすどころか“命令が無ければ何も出来ない”と躊躇していた。本来の奴なら、どんな手を使ってでも『+』を根絶しようとする筈だ」


「確かにそれは可笑しい。そんな真っ当な軍人らしい思考は、あいつは持ち合わせていない筈だ」


「それにもう一つ、年齢が合わない。順当に歳を食ってりゃ、俺と同い年の筈なんだが」


「それこそ外科手術じゃ無いの?」


「学校に通っているなら、成長してなくちゃ怪しまれるだろう? それを回避出来ている事が分からない」


「何とでもなるもんじゃ無い?」


「後一つ」


「まだあるの?」


「あいつに腹芸は無理だ。俺を見て素知らぬふりをするなど、な。あれはそういう男だった」


 満は紫煙を燻らせ、にやりと笑う。


「そういや、奴の経歴を調べてくれただろう?」


「あぁ、経歴って程じゃ無い。昨年に『咲浪銃器学園』高等部に入学した以前は、まるで普通の少年だ。両親が失踪するまで、普通の中学に通っていた」


「それがあいつは咲浪銃器の中等部に通っていたと言ってやがった」


「嘘付いてるんじゃないの?」


「そういう気配はまるで無かった。それに理由が無い。ーーーー気になるのは、クララって嬢ちゃんが首を傾げてた事だ」


「クララ、クララ・クラーク・クランは英国出身だ。こっちに来てまだ一年程だし、知らなかったんじゃ無いのかい?」


「かもな。何にせよ、奴をマークさせとけ。いずれ尻尾を出すだろうさ」


「了解した」










 果たして帰りも変わらず、普通車でゴーカート並の速度とドライビングを見せたクララだった。

 薫はフラフラになりながら、目的の場所を目指す。

 学園都市より東に外れたピンク街にあるホテル。俗にラブホテルと呼ばれる場所である。


「薫、顔色悪い。ちょっと疲れが出た?」


「そうだね…………主に車酔いなんだけどね…………」


 キョトンと小首を傾げるクララを連れ、エレベーターで目的の階まで上がる。

 流石、美少女だけあって仕草が可愛らしい。とは言え、もう二度とクララにハンドルを握らせるものかと誓う薫なのだった。


「取り敢えず、約束の時間までゆっくりしよう。何だか疲れた」


 主にドライブで、と言外に付け足しながら、五階角部屋のドアの前まで辿り着いた。

 刹那、悪寒が全身を迸り薫は背後に立つクララに体当たりを掛けた。直後に鈍くくぐもった破裂音が鳴り響き、ドアを貫いて頭上を銃弾が掠めて過ぎた。銃弾は通路の窓ガラスに当たり風穴を空けた。

 血の気が引くのを感じると共に、冷や汗が全身をじっとりと濡らす。


 銃撃を受けた。

 不意討ちである。

 待ち伏せ、という言葉が脳裏を過り、クララを抱き抱えて陰へ移動するとホルスターに納めた回転式拳銃の銃把に手を伸ばす。


「あっ」


 しかし、分かりやすく“しまった”という意味を含んだ一言に、ほっと安堵が胸を訪れた。と、同時に胃がきゅっと痛み出す。

 ドアを僅かに空け端から部屋の中を覗き込むと、予想通りの少女がばつの悪そうな顔を浮かべていた。その肩には、ポリマーフレーム製のサンドブラウンをしたアサルトライフルが隠されもせず担がれていた。


「イチ…………」


 へなっとその場に項垂れる薫。

 一ノ瀬優は申し訳なさそうに苦笑する。


 何故、彼女がここに居るのか。

 それは薫が呼び寄せたからだ。

 しかし何故、ここでライフル弾をぶっ放つ必要があったのだろうか。


「あ、イチ。それ新しいサイレンサー?」


 そしてクララは、何故、何事も無かったかのように話し掛けられるのだろうか。

 たった今、殺され掛けたというのに。


「おう、時雨が造ってくれた奴だ。反動も抑えられて、音もほとんどしない。って言われたから、ためしに撃ってみたんだけど…………」


 成る程、理由は分かった。

 天真時雨の新開発品を渡された事で、我慢できなくなってホテルの部屋で試射したという構図か。

 いつものパターンだ。


「時雨は?」


「寝てる。そこで」


 一ノ瀬優はキングサイズのベッドを指差す。

 人二人を余裕で納める程の大きさをしたベッドの上には、天真時雨が気持ち良さそうにすやすやと眠りこけていた。


「しかし、張り合いの無いドアだなぁ」


 一ノ瀬優は風穴の空いたドアを眺めて呟いた。

 それも当たり前の話で、一介のホテルのドアが防弾仕様のわけがない。何の変哲もない、ただの木製ドアである。というか、ドアに張り合いを求めるとか。


「イチ、また君はこんなーーーー死人が出たらどうするつもりだ!」


「あぁ、今回は俺が悪かった。すまんすまん」


 平謝りする一ノ瀬優。

 “今回は”というより“今回も”が正しい。

 大抵の場合、問題を起こすのは彼女の方だ。希に不可抗力もあるのだが。


「頼むから自重してくれ…………」


「アイサー」


 ご丁寧に敬礼までしてくれる一ノ瀬優だが、どうせ返事だけだろうと高を括った。

 薫は取り敢えず部屋に入ると、胃痛を誤魔化すように溜め息を吐いた。


「ところで、何で俺らこんな場所に呼び出されたんだ?」


 ふと一ノ瀬優がもっともな疑問を口にした。


「ラブホに女三人に男一人。お前、まさかそういう…………」


「違う! 違うから!」


 疑惑の目を向けられた薫は、必死にかぶりを振った。

 「私、初めては二人きりが良い」とかクララは口にしていたが、聞かなかった事にする。


「僕も呼び出された側だから、よく分かんないんだ」


「呼び出されたって、誰に?」


「いや、それがーーーー」


 名前を晒して良いものか一考するも束の間、不意に入り口の風穴が空いたドアが開き「私が呼び出したんだ」と一人の女性が入ってきた。


「げっ!?」


「何だ一ノ瀬、その態度は? ーーーー大方、この扉の穴はお前が空けたのだろう?」


 そこに立っていたのは、我等が学年主任である雨竜毬耶だった。

 雨竜女史はドアに空いた風穴を、忌々しげに睨み付けている。


「全く、減点対象だ」


「何だよ、雨竜ちゃんが呼び出したのかよ」


「先生と呼べ。私が呼び出すと、何か問題があるのか?」


 豊満な胸を反らし腕を組む雨竜女史。

 まぁ、問題が無い、と言えば嘘になる。何せ場所が場所だ。事と次第によっては、在らぬ疑いを持たれ兼ねない。


「淫行教師」


「なッ!?」


 ズバリ言い捨てるクララ。

 流石の雨竜女史も、完全に固まってしまったのだった。

 クララの『適性銃器』を紹介する機会に恵まれない。

 そんなわけで伏線を張ってみました。

 その内、回収致します。

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