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第二話

 情報提供。

 薫はテーブル席に着くや、早速頼まれていた漫画を納めた紙袋を東出軍曹に手渡した。


「ほいよ、確かに。悪いな、あんま買いに行く時間無くてよ」


「いえ、これくらいならお安いご用ですよ」


 買いに行くだけだから、大した手間では無い。

 しかし、軍曹が漫画好きとは意外だった。

 私服らしい黒革のジャケットにジーパンという出で立ちの二十代後半の男性は、軍人だけあってしっかりと鍛え上げられた体つきに優男ながら精悍な顔付きをしており、漫画やアニメなどには興味など無さそうに見える。

 人は見掛けに依らない、というところだろう。


「良い腕だな。造って貰ったのか?」


 軍曹は薫の左腕を注視する。


「私の部下に技術者が居まして。話に依れば、三日三晩寝ずに造ってくれたそうで」


「良い部下に恵まれたな」


「はい」


 左腕を見下ろし微笑む薫。

 これは言うまでもなく、天真時雨の手掛けた義手である。

 薫が救出され腕を無くしたと耳にした直後から、本当に三日三晩寝ずに造り上げてくれたらしい。それから微調整に微調整を重ね、一週間はろくに眠ることもせず、研究室に閉じ籠っていたそうだ。


 今はその精算と言わんばかりに、寮の自室で眠りこけている。

 腕を造ってくれた事は嬉しいが、自分の身体も大切にして貰いたいものだ。彼女なりに責任を感じての行動だったのだろうが。


「すまなかった」


 唐突に東出軍曹は頭を下げた。

 薫は驚き、咄嗟に声を出せなかった。


「お前の腕を切断するはめになったのは、俺が油断したからだ。本当に、申し訳無い」


「そ、そんな、頭を上げてください」


 薫は狼狽しながら、周囲を見渡した。

 幸いにも店内には薫達しか居なかったが、マスターである初老の男性とメイド風ウェイトレスの倉科が訝しむようにこちらを見ていた。


「やめてください、軍曹殿。私は貴殿方の救助があってこうして生き長らえているのです。感謝こそすれば、謝罪される理由などありません」


 薫は彼が本来持つ穏やかさを声に乗せ、東出軍曹へ語った。

 まるで泣く子を宥めるような優しい口調である。

 薫にとっては、あの窮地に駆け付けてくれた『ワイルドカリス』はスーパーヒーローのような存在であり、まさか謝罪されるなど夢にも思わなかった。が、今日、軍曹に呼ばれた本当の理由はこれでハッキリとした。


 軍曹は薫の言葉に不承不承ながら面を上げたが、ばつの悪そうな表情をしていた。

 沈黙が暫く二人を取り巻いた。


「あの、それでーーーー」


 嫌な静寂を破るべく、薫は口を開いた。

 謝罪を受け取った以上、次の話題へ移らなければ無下に時間を費やしてしまうことになる。その話題とは、薫を呼び出すべく軍曹が使った餌である。

 漫画の買い出しが今回の目的では無い。


「『RED SHOT+』が量産体勢に入ったというのは、本当ですか?」


 薫は一団と声を落とし問い質す。

 新型『RED SHOT』、『RED SHOT+』の量産。それが本当なら、世界は大変な事になる。ともすれば戦争が起こるかも知れない。

 事案は、それほどに危険なものであった。


 東出軍曹は姿勢を屈め顔を近付けると、革のジャケットから携帯端末を取り出した。「極秘事項なんだが」とタッチ式ディスプレイを操作し、写真を表示する。

 黒く変異した『不死人』の死体を写したものだ。その死体の上に、銃創を幾つもこさえた昆虫の姿があった。


「『不死蟲(パラサイト)』…………」


「何だ、知っていたのか」


「えぇ、少し故あって」


 昆虫は、精神世界の中で見た『不死蟲』にそっくりの形をしていた。

 全身は黒く、蝉のようにも蜂のようにも見える醜悪な見た目をし、大きさは犬や猫のような小動物程はあり、羽は吐き気を催すような虹色透明をしている。

 目のような複眼は三つあり、いずれも真っ赤に染まっている。口は、まるで人間のそれと同じ形をしている。

 “この世成らざる醜悪な昆虫の戯画”。

 間違いなく『不死蟲』である。


「知っているなら話は早い。この時、確認された変異種は五体。いずれもこの蟲が死後に出現した」


「軍曹は現場に?」


「あぁ、俺の『ワイルドカリス』と現地の警官隊がこいつらと交戦した。俺らは無事だったが、警官の連中にはかなり被害が出ちまった」


 痛ましい結果だが、それも当然だろうと納得する自分が居た。

 『不死人』の変異種は、戦車や戦闘機並の戦闘力を持つ。人間相手が常の警官隊が、太刀打ち出来る代物ではない。ましてや変異種五体など。


「こんなの戦時下以来ですね?」


「全くだ。そういや、お前、戦争中は何してた?」


「咲浪の中等部で訓練中でした」


「ん? そうか…………」


 正直に答えると東出軍曹は何かを思案するように、明後日の方向を向いた。

 それも束の間、「次はこれを見てくれ」とディスプレイの上に人差し指を滑らせ、新たに写真を表示した。

 『RED SHOT+』と銘の入った空容器が五つ、個別に写された写真だ。


「日本の警察機関から盗まれた『+』は三つ。一つは使用され、二つは行方不明。そしてここには五つ」


「明らかに増えてますね」


「そうだ。この他にもダース単位で『+』を確保した。転売しようとしてたんだろうな」


 この写真、そして軍曹の証言を鑑みると、『RED SHOT+』は量産体勢に入っていると見て間違いないだろう。

 由々しき事態だ。

 もしも世界中に点在する反連邦政府組織の手に渡ったとすれば、瞬く間に世界規模の戦争が巻き起こる。もしかすると、既に火の手は上がっているのかも知れない。


「お前らが回収した携帯電話。あの解析はどうなってる?」


 ふと軍曹は話題を変えた。

 携帯電話とは、薫や“『新撰組』の三人娘”が命懸けで学園へ持ち帰った端末の事だ。


「どうにも未知の暗号コードで保護されているらしく、解析がままならないとかで…………」


「そう簡単には情報は渡せん、ってこったな。面倒なことしてくれて」


 薫が帰還して既に半月が経つ。

 軍の暗号解読チームがフル稼働で解析に当たっているそうだが、作業は遅々として進まないらしい。

 詳しいことは専門外なので分からないが、“暗号方式が古すぎて逆に新しい”とか分けの分からないことを耳にしている。兎に角、難しくて解けないようだ。


「それで?」


「ん?」


 薫の問い掛けに軍曹は疑問符を浮かべる。


「いえ、情報を開示して戴いたのはありがたいのですが、私にはどうすることも出来ませんよ?」


 情報はありがたく受け取るとして、それ以上は何も出来ないのが薫の立場だ。

 薫は学生の『ガンスリンガー』の隊長に過ぎない。軍隊で言えば、下士官を纏める分隊長である。

 情報を与えられたとして、独断で行動することは出来ない。


 その事を伝えると、軍曹は拍子抜けしたような面持ちとなった。

 この人も軍人なのだから、その辺は承知しているだろうに。


「それもそうだが、大怪我してまで関わった事の成り行きを把握する権利ぐらいはあるかと思ってな。まぁ、俺の独断だが」


「大丈夫なのですか? その、軍曹の立場というか…………」


「気にすんな。お前が口を割らなけりゃ問題は無い」


「はぁ、まぁ、喋るつもりは毛頭ありませんが」


「そっちの嬢ちゃんも、黙っててくれるか?」


 軍曹の視線がクララへ向けられる。

 彼女は先程から黙ったまま、薫と軍曹の会話を聞き入っていた。


「薫が喋るなと言うなら。私は薫の嫌がる事はしない」


 クララはいつも通りの無表情ながら、何処か熱っぽさを語調に含んでいた。

 しかし薫は気付かず、嫌がる事をしないというならトイレの件やら車の件やらを一考して欲しいと、苦笑を浮かべていた。


「お待たせしました! 特製ブレンドコーヒーになります!」


 その時、タイミングを見計らうように倉科がコーヒーを運んできた。

 実際、タイミングを見計らっていたのだろう。彼女は出来るウェイトレスなのだ。


「ありがとよ。知ってるか? ここのコーヒーは豆から拘ってんだぜ?」


「えぇ、聞きに及んでいます。けど、私はコーヒーに詳しくなくて…………」


「気にすんな。俺も詳しくねぇよ」


 東出軍曹は悪戯っぽく笑みながら、コーヒーカップを持ち上げた。

 メイド服に憧れを抱く今日この頃。

 クラシカルなメイド服の方が、好みだったりします。

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