第一話
風を切る。
主治医より退院の許可を得て数日後のこと。
的場薫は、外出していた。
一人きりで、と行きたかったものだが、お目付け役が一人付き添っていた。
クララ・クラーク・クランである。
薫が目覚めてから、一つ変わった事がある。
それは我が『新撰組』が誇る狙撃手にして、褐色肌をした美少女が、どういう分けか薫の世話を焼きたがるようになった事だ。
食事、着替え、挙げ句の果てには排泄物の世話までしようとするのだ。流石にトイレの世話は羞恥心が拒否したが、納得させるのに費やした言葉の数は、任務結果の報告書を纏める時よりも多かった。
それでも不承不承といった風で、トイレの外で待つようになった。
兎も角、クララは薫を二十四時間、監視していなければ気が済まなくなったらしい。
以前から薫になついている娘ではあったが、これは些か以上に異常である。
何が原因でこういった心境の変化が訪れたのか。
天真時雨や一ノ瀬優に問い掛けたところ、どうやら原因は薫にあるらしかった。厳密には、前回の任務が原因だ。
あの時、クララは太股に負った傷が原因で、意識不明の重体に陥っていた。故に、十分な戦力になれなかった。
それは仕方の無い事である。
けれどクララは、それが元で薫が殿を務める結果になったと思い込んでしまった。腕を切断し、生死をさ迷う結果に陥らせてしまった。その責任を感じてしまったのだ。
そしてせめてもの罪滅ぼしに、薫を甲斐甲斐しく世話をするようになったという。
馬鹿げた、とは言わない。
しかし、クララが薫の負傷に責任を感じるのはお門違いである。
決断したのも実行したのも薫だ。
そもそも、敵の罠に見す見す嵌まってしまったのは、薫の判断力の不足が致すところ。
真に責任を負わなければならないのは、小隊長である薫の方だ。
そんな理屈は、クララには通用しないだろう。
ここは大人しく、彼女の気が済むようにさせておくべきだ。それが薫にとっての責任の取り方でもあろう。
さて、薫とクララは『咲浪銃器学園』の医療施設を後にして、ある場所を目指して車を走らせていた。
運転はクララが担当している。
既に左腕は義手を備えているのだが、まだ上手く使いこなせていないので運転などは控えるよう言われていた。そうでなくとも、クララがさせてはくれなかっただろう。
奇しくも利害が一致したというところか。
「ち、ちょっと、クララさん…………」
しかし、運転を任せた事を早々に後悔する事になるとは思わなかった。
クララは、スピードを出しすぎる。
幸か不幸か、道は直線が多く車の通りも少ない。故に、スピードを出すことに何の障害も無かった。
「あの、法廷速度は分かる?」
「五十キロ」
「今、スピードメーターは何キロを示してる?」
「九十キロ、を過ぎたくらい」
「スピード違反、だけど?」
「分かってる」
分かっていた。
もしかすると日本の道路交通法を何も分からずに運転していると思ったのだが、全て理解した上でこのスピードであった。
一ノ瀬優が銃撃魔ならば、クララ・クラーク・クランはスピード狂のようだ。
成る程、一年以上の付き合いだが、まだ知らない事が多いらしい。
何て冷静に分析している暇など無かった。
「ちょっとスピード落とそう、ね? そんなに急がないし」
ほぼ懇願するようにクランへ問い掛ける。が、彼女は首を横に振り、否と答えた。
「早くしないと、時間に遅れてしまう」
「まだ一時間以上あるけど!?」
「早いに越したことは無い」
駄目だ、何を言っても聞く素振りを見せない。
答えている間にも、クララはアクセルを踏み込んで行く。けど、何処かまだ余裕を持っている自分が居た。赤信号をきちんと停まってくれるからだ。
本当に焦り出したのは、角度九十度の曲がり角をドリフトして曲がった辺りからだった。
「今、私は風になる」
ポツリと呟くクララ。
同乗者は風になるつもりなど全く無いという事を、是非とも理解して欲しい。
「安全運転! 安全運転で! 頼むから!」
必死の形相で助手席にしがみつく薫は、悲鳴を上げるように叫んだ。
何とか無事故で目的地に辿り着いた薫とクララ。
その頃には薫はすっかり車酔いしてしまっていたが、根性で平静を装い吐き気を飲み下した。ここで吐いては、恐らくクララが大立回りするに違いないと思ったからだ。
それは兎も角、場所は学園都市を離れ、軍事基地を擁する港町である。そこの繁華街だ。
薫は一番大きな書店に立ち寄り、連載漫画を数冊購入した。
「薫、こういうの好きだっけ? 部屋にはマニアックな漫画とかしか無かったけど?」
まとわり付くように薫にしがみつくクララが、ふと疑問を口にした。
何故、クララが薫の漫画事情に精通しているのか、物凄く気になったが敢えて触れないことにした。その方が身のためのような気がしたからだ。
ところで、クララが薫の腕にしがみついているのは、捕獲の為と勝手に解釈している。が、相当な美少女であるクララに抱き着かれるのは、心臓が早鐘を打ち落ち着かない。腕に押し当てられる慎ましやかな柔い感触や、女の子特有の甘い香りに頬が熱くなる。
「いや、まぁ、僕も嫌いじゃ無いけど、これはこれから会う人に渡すものだよ」
「薫、パシり?」
「言い方が悪いね。ただ忙しくて買いに行けないから、代わりに僕が購入してるってだけ。代金も後で貰うし」
そんな会話をしながら書店を後にした薫は、そのままの足で基地に近い喫茶店へ向かった。
古めかしい煉瓦と木造の洋風喫茶店。
ある人曰く、この辺りでは一番店員が可愛いという。
「いらっしゃいませ!」
木造のドアを開けると、メイド風の衣装に身を包んだ少女が出迎えてくれた。
黒髪をショートボブにしカチューシャを着けた少女は、確かに美少女と言える可愛らしさを持っていた。
「あ、的場さん! お久し振りですね?」
少女は薫を見るなり、大輪の花を咲かせるような笑みを見せた。
実は薫の行き付けでもあった。最近は色々あって、行けてなかったが。
「こんにちは、倉科さん」
「こんにちは! あ、そちらの方は…………彼女さんですか?」
メイド風ウェイトレスの少女、倉科は薫からクララへ視線を移した。
薫の腕にしがみつく彼女を見れば、確かに恋人と見間違えても可笑しくは無いだろう。何と説明すべきか、薫が迷っている内にクララが口を開いた。
「私は薫の奴隷です」
空気が凍り付く、とはこういう場面を指し示すのだろう。
倉科は笑みをひきつらせて、薫から二三歩後ずさった。
「違うから。“ただの友達”だから、勘違いしないで」
「あ、お友達ですか! びっくりしたぁ」
意外とすんなり納得してくれた倉科に、薫はほっと胸を撫で下ろした。
彼女も驚いただろうが、一番驚いたのは薫である。一体、何を思ってクララは奴隷宣言をしたのか。
ふと、クララへ視線を向けると、彼女は腕にしがみついたまま薫を無言で見上げていた。
心なしかムッとしている。
何か気に障る事でもあったのか。
「えっと、クララ、どうした?」
「別に何にも。けど、私にとっての一番は薫だから」
よく分からない宣言をされてしまった。
前からそうだったが、最近になって更にクララの事がよく分からなくなってきた。取り敢えず、お礼を言うべきだろうか。
「おう、いつまでイチャついてんだ?」
不意に窓際のテーブル席から声が上がった。
今は時間帯的に客足も少なく、店内に客は薫達を除いて一人しか居ない。それがテーブル席の男であった。
「ぃよッ! 久しいな、的場薫」
「お久し振りです、東出軍曹」
『人類統一連邦政府軍』統合作戦本部『対不死人殲滅部隊デッドキラー』所属、東出満二等軍曹。
彼は薫を救出した『ワイルドカリス』という部隊の部隊長である。
新章の前に前座を少し。
数少ない男性キャラの登場です。




