第四話
堅牢な敵。
結局、対戦車ライフルもバズーカも呼び出す事は出来なかった。
薫は知恵を振り絞り、狭い軒並みを利用した挟撃作戦を提案した。
幾ら俊敏なアラクネーと言えど、障害物があれば行動は制限される。そこを挟み撃ちにし、『コア』を破壊しようと言うのだ。
我ながら安直かつ苦しい作戦である。
『新撰組』の三人娘となら、こんなゴリ押し作戦でも問題無い。いつもこんな感じだし、三人ならアドリブが利くので何とかなるのだ。
けど、今はあの三人娘に頼ることは出来ない。
薫が自らの力を最大限に発揮し、マリと共に『不死人』を仕止めなければならないのだ。
薫は廃墟も同然の一軒家を狙撃ポイントに選んだ。
一階の窓から視線を覗かせ、アラクネーの動向を窺う。
彼の化け物は、鈍重な足取りで路地に入り込んだところだった。
路地は化け物が入っても、まだ余裕のある広さをしている。と、視界の右端にマリの姿を捉えた。彼女はアラクネーの真後ろに着き、ハンドシグナルを送って来た。
“好きに撃て”と言っている。
薫は頷き、ライフルを構えた。
目標まで直線距離で百メートルも無い。風は無く、霧が立ち込めているが視界は良好だった。
深呼吸をし、アイアンサイトを覗き込む。
照門、照星、そしてアラクネーの八つの赤い眼球が一列に並んだ。
刹那、撃発。
乾いた破裂音と衝撃と共に『.45口径対不死人弾』が撃ち放たれ、吸い込まれるように眼球の一つに命中した。
「■■■■■ーーーーッ!」
悲鳴とも咆哮とも付かぬ声を張り上げながら、アラクネーはその巨体を仰け反らせた。が、倒れる事は無く、元の体制に戻る反動を使い六つの足で地団駄を踏むように大地を踏み鳴らす。
やはり貫通力が足りなかった。
あの頭部は、ショットシェルを至近距離で何発も撃って、ようやく破壊出来るような堅牢な代物だ。拳銃弾一発で、どうにかなる筈もなかったのだ。
「ハハッ、流石に無理かよ…………」
乾いた嘲笑を漏らすも束の間、「退避しろ!」とマリの怒声が路地に木霊した。
瞬間、アラクネーはその巨体に似合わぬ俊敏性をもって、薫が隠れている家屋へ接近。そのまま化け物は速度を殺す事無く、驚く事に煉瓦造りの壁に突撃してきた。
凄まじい衝撃と破壊音と共に壁が崩落し、黒い塊が家屋に飛び込んで来る。
薫は化け物が衝突する寸前に後方に飛び、まるでトラックがぶつかって来るような衝撃を回避する事が出来た。が、崩壊に飛び散る石片や粉塵、そして衝突による地揺れに尻餅を着いてしまっていた。
化け物の八つの眼球と、目があった。
その大きな口腔が地獄の門戸のように開かれた瞬間、恐怖と絶望が胸中を支配する。
「動け、薫!」
マリの怒声が耳朶を打った。
アラクネーがゆらりと体を揺らした一瞬後、黒い二の腕が空を切った。
薫は素早く身を屈めそれをかわすと、銃剣を振るって化け物の足に突き立てる。
ザクッ、と嫌な音を立て、銃剣の刃先が黒い足に浅くだが突き刺さった。
「■■■■■ーーーー!」
アラクネーが苦悶するように咆哮する。
その間に銃剣を抜き、身を低く地を這うようにして家屋を脱し化け物の巨躯から逃れた。
直後、銃声が連続して六つ轟いた。
マリが援護射撃を加えてくれているようだが、威力不足で化け物の黒い肌に虚しく弾かれる。
「嘘だろ? “カスール弾”だぞ?」
マリは驚愕の声を上げながら、回転式弾倉にスピードローダーを押し込んでいる。
“カスール弾”と言えば、“.44口径マグナム弾”を凌ぐ程の銃弾だ。
それすらも弾いてしまうとは、あの黒い肌は鋼鉄か何かか。
「こいつは私の知ってるアラクネーとは、ちょっと違うようだ。正しく変異種なのだろうな」
「嫌な方向に変異されましたね?」
「全くだ。何もあんなに固くならなくてもな?」
薫とマリは少し距離を取りつつも肩を並べながら、アラクネーと対峙する。
「お前、お堅い女は好きか?」
「人に依ります。キツい女の子には慣れてますが」
「ほう、それは例の三人か? それとも私の事か?」
「あの…………ご想像にお任せします」
ほんの掛け合いのつもりが思わぬ地雷を踏み抜きそうになり、慌てて話題を切り上げる。
うっかり言葉を間違えば、予想外のボスキャラが現れてしまう。
そんな事よりも、今は眼前の黒い化け物をどう打ち倒すかである。
硬い皮膚は銃弾すら弾き、こちらは対物兵器どころかグレネード一つ無い。武装はライフルと、銃剣のみ。
先程、銃剣での刺突が浅くはあるが通った。そうなれば、頼みの綱はこれにある。
「銃剣突撃、しか無いか…………?」
「この馬鹿! 捨て身は許さんぞ!」
呟いた言葉が聞こえていたのか、マリが怒鳴ってきた。
しかし、他に手がない。
こうしている内にもアラクネーは体の向きを換え、怒りに満ちた眼で薫を睨み据えている。
先程の突撃が来るか、それとも他に手を見せるか。
考察も束の間、黒い化け物はその六つの足をバネのようにして飛び上がった。
目で追うまでも無く、薫の頭上に黒い影が垂れ込んだ事に体が逸速く反応する。
ライフルを抱え横飛びに地面に転がる。
一瞬後、先程まで居た場所にアラクネーの巨躯が落下した。凄まじい衝撃音と土煙を上がり、黒い体躯を見失ってしまう。が、それは向こうも視界を遮られた事でもあった。
薫は体勢を立て直すと、ライフルを構え狙いを定める。
土埃の中にゆらり煌めく、赤い八つの眼球。一つは潰れているが、七つの眼球が確かな色を靄の中に見せていた。
「Chaaaaargeーーーー!」
全身から声を発するように怒鳴りながら、白銀の刃を突き立て突撃する。
刃は土埃の中を鋭角に進み、眼球の一つを貫く。そのまま銃剣を抉るように突き入れ『コア』を狙う。が、予想以上に内部は堅く、思うように突き貫く事が出来ない。
「■■■■■ーーーー!」
もたついている隙に、アラクネーが不自然に巨大な二の腕を振るい薫の体を掴み上げた。
巨木がぶつかって来たするような衝撃が走り、激痛と共に身体中に嫌な音が響く。いつの間にかライフルを手放していた事に、果たして薫は気付いていなかっただろう。
「がはっ…………」
衝撃に押し出されるように口から漏れた吐息には、血液が混じっている。
それを確認する間も無く、ギリギリと万力のように手のひらが締まり始め、同時に息苦しさに意識が遠退いて行く。
「■■■■■ーーーー」
このままでは握り潰される。
ぼんやりと薄れ行く視界の中で、薫は化け物が嗤う様を見た。
賎しくも身の毛のよだつようなおぞましい笑みだった。
次の瞬間。
「うちの薫に手を出すなーーーー!」
視界の端から伸びた足が、眼球に突き刺さったままだったライフルの銃床を蹴った。
その渾身の一撃が、銃剣の切っ先をアラクネーの『コア』へと押しやった。後には化け物の、この世のものとは思えない叫び声が木霊するだけだった。
硬い敵は個人的に嫌いです。
武器が弾かれた感じの嫌な音、嫌いです。
アラクネーも登場する短編連載、“戦地にて”もよろしくお願いします。




