第一話
事は数日前に遡る。
的場薫は困り果てていた。
小隊結成から一年、既に二人の人間が去っていった中で二年生に進学出来たのは奇跡と言えよう。が、その奇跡を今年も起こせるとは限らない。
そもそも進学出来たのも、偶然にも強敵とぶち当たり、艱難辛苦の果てに偶然にも撃破出来、ポイントを一手に集められたという幸運があってこそだ。
それが無ければ、確実に留年していた。
この『咲浪銃器学園』では、特殊な学習カリキュラムがあった。
それは小隊制度と呼ばれるもので、一年の初めに六人以上の編成で小隊が組まれ、三年間の生活を共にする。
そもそもこの学園は、人類の天敵たる『不死人』を駆逐する兵士、『適性銃器』をその身に宿す『ガンスリンガー』を育成する為に政府が設立したものだ。
小隊制度は、将来的に軍隊か警察機関へ就職した際、集団生活に逸早く馴れるよう訓練する為の制度である。
学園で進学するには、小隊活動でのポイントを多く取得する必要がある。
一年では百ポイント。
二年ではその二倍の二百ポイントが必要になる。
『不死人』一体に付き一ポイント、事件解決で十から五十ポイントだ。他にも変異種を倒せば多くのポイントが加算される。
薫の小隊は、運良く変異種にぶち当たり、これを撃破出来たので、一気に進学に必要なポイントを貯める事が出来た。
この過酷な制度に着いていけない生徒も多く、薫の所属する小隊のように学園を去る生徒も珍しくは無い。
薫としても何度も辞めようかと悩んだが、今現在も在学するに至っている。
何が薫を押し留めたのか。
それは単純明快、自活する為である。
『咲浪銃器学園』で小隊活動を行っていれば、少なくとも生活費の支給が行われる。それは大変に魅力的だ。
全くもって不純な動機だが、その意地で進学出来たので文句は言わないでほしい。
それは兎も角だ。
これからの活動方針を決めねばならない。何とか進学する道を画策しなければ、自活生活の手段を考え直さなければならなくなる。
それ以前にも他にも問題が多々あり、その解決策を考えねばならない。
うだうだ考えるだけで、特に妙案が浮かぶわけもなく、気が付けば小隊室の前まで着いていた。
“第05銃器小隊『新撰組』”と、手作り感満載の段ボールで出来たプレートがぶら下がっている扉の向こうこそ、薫を筆頭とした小隊が待機する部屋である。
何故、ルームプレートが段ボールなのか。聞かないでも、この扉を開ければ一目瞭然だろう。
薫はドアノブに手を掛けて、一度深呼吸をしてからドアを開けた。
瞬間、聞き慣れた破裂音を聞くや否や、反射的に身を屈めた。直後、頭上を銃弾が掠めて過ぎた。
血の気が引くのを感じると共に、冷や汗が全身をじっとりと濡らす。
「おぉ、凄いな!」
次いで少女の声が頭上を過ぎていく。
何が凄いのか、薫が避けた事は奇跡的であるが何が凄いのか。
言葉は纏まらないが、顔を上げて状況把握に努める。
見ると、突撃銃を片手に瞳を輝かせた少女と、隣で満足げな表情をした少女が居り、更に壁際には褐色肌の少女が無表情で板チョコをかじっていた。
間違う事なき、我が第05銃器小隊『新撰組』の小隊メンバーである。
「ホントに反動が低い。スゲェ!」
凄いのはそっちか。
と、意味不明に落ち込んでいる場合では無かった。
「これは何の騒ぎなの?」と薫は努めて冷静に問い掛ける。
「おう、隊長。新しいマズルブレーキの試射してんだ」
ポリマーフレーム突撃銃を高々と持ち上げるは、一ノ瀬優という小隊切っての問題児。
ショートカットにした黒髪と男勝りな口調のせいで、しばしば少年と間違われがちだが、スカートや胸の二つの膨らみが確かに女性である事を示している。溌剌とした焦げ茶色の瞳が無邪気で眩しい。
因みに、どう問題児かは言うまでも無いだろう。
「何で、小隊待機室でマズルブレーキの試射をするんだ? しかも通路側のドアを標的にして?」
怒鳴りたい感情を必死に堪えながら、問うても無駄だと分かっている事を問う。
「だって、この部屋の中じゃそこが丁度良いんだもん」
「誰かが、入ってきたらどうするつもりなの?」
「誰かが入ってくるならノックくらいするだろ? お前以外は」
「僕がノックしないの分かっててやったの?」
「お前なら絶対避けるから大丈夫かなって」
こんなことを言っているが、何の悪気も皮肉も無いのだからこの少女は怖い。
一応、信頼してくれているととって良いだろう。物凄くポジティブに考えれば。
けど、言っておかなければならないことは言おう。
「そもそも、射撃練習を部屋の中でやること事態ね――――」
「分かった分かった。今度から“ノックして下さい”って札掛けとくからさ」
「ホテルじゃ無いんだなら…………」
そう言う問題では無いのだが、注意して良いものか悩む。
絶妙に正しくも間違えた改心をしてくれるから、怒りにくいのだ。
「流石は隊長。見事な見切りだったな」
不意に称賛の言葉を掛けてきたのは、黒髪をポニーテールにした少女、天真時雨だ。
我が隊切ってのガンスミスで、薫もリボルバーを一挺設えて貰った。
「誉めないでよ、時雨」
薫は時雨の肩に手を置く。
本当に誉めないで欲しい。そんな事はしなくて良いのだ。
「どうせなら、彼女の暴挙を止めてくれ…………」
ほぼ懇願するように乞う薫。
こんなことを言っては何だが、時雨は『新撰組』内でも一二を争う常識人だ。
ポニーテールの髪にキリッとした面持ち、言葉遣いは侍のようで、一見すれば大人びている。
しかし、天才とは凡人と頭の出来が違うという伝説通り、時雨も大概にずれた思考を持っている。
例えば今回のように、開発品を射撃魔に何の躊躇いもなく渡す辺り、ずれているとお分かり戴けるだろう。
「いつも言ってるでしょ? 開発品は、まず僕のところに持ってきてって」
「私もそうしようとしたんだが…………」
もじもじと両手の指を交差させ、上目遣いに薫を見詰める時雨。
次の発言の意味を取り違えていれば、その可愛らしさに籠落していただろう。
「我慢出来なかったのだ…………」
テヘぺろ、とでも言いたげな視線に、薫は頭痛に苛まれた。
我慢出来なかった、で殺されては警察も呆れ返るだろう。神様だって困ると思う。
「クララ、君からも何か言ってくれ」
思わず壁際で板チョコを頬張る褐色肌の少女へ助け船を求める薫。
クララ・クラーク・クランという留学生は、身長こそ低いがスレンダーな体型と金色の長髪は日本人には無い美しさを兼ね備えている。小隊内では一番小柄な体躯だが、凛とした面持ちが大人びていて年相応の魅力を見せていた。
特徴的な蒼い瞳は、まるで海底に射し込む日差しのように澄んだ色をしている。
「このチョコ、結構イケる」
ただ他の二人に負けず劣らずの変人なだけだ。
基本的に何を考えているか分からない不思議ちゃんなのだ。
こちらに一言ではない、と突っ込みたいが、最早そんな気力は無かった。
「…………また買ってくるね」
薫は全てを一度清算すべく、深く溜め息を吐いた。
何か似通った設定を見たことある、と思っても無視して下さい。
何事にも基盤はありますから、的な言い訳をしてみる。




