第二話
二人きりの戦場。
村の大通りをよたよた歩く人影を見た。
まるで酔っ払いのような、夢遊病患者のような覚束無い足取りで、人影は通りを横断していく。
「■■■■■ーーーー」
それは意味の無い呻き声を上げる。
地の底から響くような、おぞましい声である。
よく見ると、それは人のようで人では無かった。
土気色の肌をして、所々の皮膚は爛れ肉は腐敗し朽ちて崩れている部分も見られる。
正に腐乱死体のそれである。
『不死人』である。
それもゾンビ化した個体だ。
「何で『アンデット』が…………?」
薫は『不死人』に気取られぬよう、近場の石垣に身を隠して様子を窺う。
『不死人』はこちらに気付く様子もなく、ふらふらと何処かへ歩み去って行った。
「ここは貴方の精神世界。それを視覚化したものです」
不意に三科凛子の声が頭上から降ってきた。
見上げると、石垣の上に彼女の姿があった。彼女は薫を見下ろす形で、しゃがみ込んでいる。
「貴方はこの世界の『アンデット』を殲滅しなくてはなりません。それが『アンデット化』を防ぐ、最大の方法です」
「何を? 『アンデット化』はウィルスのようなもので、こんな世界の『アンデット』を殺したところで、どうにもならないでしょう?」
「いいえ。よく勘違いされるのですが、『アンデット化』はウィルスでも薬物による化学反応でもありません。精神汚染による変異が原因なのです」
「精神汚染? そんな話、聞いたこともありませんよ」
「当然です。偉い学者先生がナノマシンなんか発明したのですから、ウィルスと勘違いしても仕方ありません。実はあのナノマシンは体内の『アンデット化』因子を駆除するものではなく、向精神薬のように精神の安定化を図るものなのです。まぁ、科学的に証明出来ないだけに公にはしていないようですが。ーーーーあ、これトップシークレットですから」
そう言って、凛子は自分の唇に人差し指を立てて見せた。
内緒、という事だろう。
「信じられない。そんな精神論みたいな話」
「無理もありません。けど、信じられないからじっとしているつもりですか? 行動派の貴方らしくも無い」
それを言われれば、確かに信じられないという理由だけで何もしないというのは、性に合わない。
そして信じるも信じないも、実際に自分の目で確かめて見てから判断するべきだ。
第一、今の薫に出来る事と言えば、この世界で戦うこと意外に無い。
「やるだけの価値は、私が保証しましょう。左腕も使える事ですし」
「へ? ーーーーあ⁉」
言われて左腕を見ると、切断された筈が元通りに戻っていた。が、何か違和感を感じた。
これは自分の腕では無い。
直感がそう告げている。
「時雨ちゃんに感謝ですね。彼女が直々に義手を造ってくれたのですよ」
「時雨の、義手…………」
ふとあの三人娘の顔が、脳裏を過った。
無事に島を脱しただろうが、余計な悔恨を残してしまった。
謝って許されるとは思わないが、もしもう一度会えるのならば、きちんと謝らなければならない。
それからもう一人にも、ちゃんと謝らないと。
薫は決意するように左手を握り締め、凛子に向き直る。
そう言えば、この人も不思議な人だ。
「三科さん、貴女、一体何者ですか…………?」
「私は三科凛子。貴方にとっては、ただそれだけ。それ以上でも、それ以下でもありません」
凛子は朗らかに微笑む。
まるでその場所だけ次元が違って見えた。いや、実際に違うのだろう。
今更ながら、こんな人を目標にしているなど、おこがましい限りだ。
「しかし、私の役割は道案内だけ。一緒に戦うことは出来ません」
「へ?」
「けど、ちゃんと守護天使は呼んで置きましたから。では、頑張って下さいね」
「いや、いやいや!」
にっこり笑みを浮かべ、「アデュー」とウィンクして凛子は霞のように霧散し消えていった。
「置き去りなの!?」
残された薫は、心の底から声を上げた。
「落ち着け、バカ者」
不意に聞き慣れた、それでいて懐かしい声が聞こえてきた。と同時に、後頭部に鋭い痛みが走った。
それは懐かしい声であり、懐かしい痛みであった。
唐突な事態だが、こんな事をする人物を薫はよく知っていた。
半信半疑な期待を胸に、恐る恐る振り返る。
「戦場では常に落ち着いて行動しろと教えた筈だぞ?」
そこにはにっこりと笑みを浮かべた女性が居た。
癖のある茶髪を肩まで伸ばし、鷹のような鋭い鳶色の瞳をした女性。化粧気の少しもない面持ちは相変わらずで、それでも美人である事には磨きが掛かったような気がする薫の恩師。
連邦陸軍の黒に赤いラインの入った制服を身に纏い、ショルダーホルスターには『適性銃器』のリボルバーを、腰には軍刀を提げた女兵士。
「マリさん!?」
「そうだ、マリさんだ。お前の為に来てやったぞ」
マリはそこに居た。
記憶に違わぬ尊大でありながら、それが嫌味に感じない態度で立っていた。
「全く、話を聞けばバカをやらかしやがって。何だお前は? 金ヶ崎の退き口の秀吉にでもなったつもりか?」
小言を溢しながら、マリは薫の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
昔と変わらない手付きに、自然と笑みが溢れる。
「また背が伸びたな? 勝手に私を追い越しやがって」
「人としては、まだまだですけど」
「当然だ。十代のガキが私に勝てると思うなよ?」
女性としては小さめの胸を反らすマリ。
この自信の溢れようは、薫がずっと理想としていた通りだ。
「お前、今失礼なこと思ったろ?」
「…………いえ」
そして薫の考えている事を当てるところも、相変わらずである。
否定した直後に「嘘付け」と後頭部をバシッと叩かれてしまった。結構、痛い。
「全く、歳上を敬えバカめ」
「うぅ…………ところでマリさん。いつ戻ってきたんですか?」
「ん? あぁ、それはーーーー」
「■■■■■ーーーー!」
不意にマリの言葉を遮る咆哮が聞こえてきた。
二人揃って振り向くと、何処に隠れていたのか村の大通りに『不死人』が溢れていた。
「話は後のようだ」と言う否や、マリは『適性銃器』のリボルバーを抜き放つ。
薫も無言で頷き、『適性銃器』である『Outlaw M1894』レバーアクションライフルを手中に呼び出した。
「先ずはこの状況を打開する。行くぞ!」
「はい! 的場薫、地獄だろうとお供します!」
二人は撃鉄を起こし、それぞれの銃器を構えた。
あんまりコメディ感が無いですね。
後、もうちょいいちゃラブしたいです。