幕間
激闘! 的場くん!
咲浪霧也は一部の紙媒体の資料を手に取った。
黒塗りされた経歴書。
名前、年齢、所属部隊、作戦内容のほとんどが黒く塗り潰され、判読出来ないようになっている。
その中でも読み解ける日付は、最も新しいもので二年前を示していた。
霧也はパラパラと資料を流し見て、最後の一枚に至ると指を止めた。
その資料には一人の青年を写した写真が添えられている。今時は珍しい、白黒の古めかしい写真である。特徴を消すために、わざとモノクロ写真にしているのだろう。
しかし、霧也は知っている。
この青年の瞳が、紅玉の如く紅い色をしているという事を。
「さて、君はどう乗り越えるのかな?」
呟きながら、霧也は写真の青年を指で弾く。
青年は厳めしい顔付きで、霧也を睨んでいるようだった。
レバーアクションライフルを大きく振るった的場薫は、銃先に備えた銃剣で『不死人』の首を切り跳ねた。
鮮血が飛び散り、薫の顔面を赤く染める。
薫の手繰る銃剣は刀のように刀身が長く反りがあり、刺突にも斬撃にも適した形をしている。往年の多用途を目的としたコンバットナイフに着剣機能を付けたものとは違い、薙刀のように扱える接近戦用の武器としての側面が強い仕様となっている。小太刀をそのまま銃剣にした、という感じだ。
異様な光景だったろう。
幾十、幾百の死の群れの中心で舞うように剣技を振るう青年は、まさしく鬼神のような形相と容姿。
頭の先から爪先に至るまで鮮血にまみれたその容貌は、どちらが化物か。
的場薫は部下を逃した後も、孤軍奮闘していた。
毛頭、死ぬつもりなど全く無かったのだ。
銃剣突撃を行った後、『不死人』の軍勢を掻き乱すだけ掻き乱すと、軍勢を突ききり島の反対側を目指して駆け出した。彼女達とは反対方向だ。
当然、“ゾンビ化”した『不死人』は、新鮮な血肉の詰まった薫を追って来るに決まっている。
これで殿の意味は果たした。
ゾンビ化は確かに人間にとって脅威である。幾ら『適性銃器』と言えど、頭か心臓を撃ち抜かなければ死にはしない。が、知恵が鈍い分、陽動などは容易に行く。
獲物へ向かって簡単に食い付いてくれるので、注意を引いて逆方向に逃げるだけで良かった。
その後は、何処かに隠れて救援を待てば万事上手く行く筈だった。
天真時雨が事態を軍に知らせてくれるだろうから、それまで息を潜めて逃げ切れば良いと考えていた。
自信が無く、弱腰な薫らしい作戦である。
が、所詮は付け焼き刃。
ゾンビ共は、そう簡単には薫を逃がしてはくれなかった。
知恵も鈍ければ動きも鈍い筈のゾンビだが、こいつらは少し違う。
走ることの出来ないゾンビが、走るのだ。更に薫の先を読むように、回り込んで来たのだ。
“変異種”という言葉が脳裏に浮かぶ。
どうやらこいつらは、薫の知るようなゾンビとは違うらしい。しかし、それでも統率が執れ過ぎている。
まるで誰かが裏で操っているかのようだ。
何れにせよ、薫の計画は破綻していた。
故にこうして意地張って、全力で抵抗しているのだ。
「こいつら――――」
薫は銃剣を眼前のゾンビの顔に突き刺し、左手でショルダーホルスターから回転式拳銃を引き抜く。
「減らない――――」
撃鉄を起こし、背後に回ったゾンビの心臓目掛けてトリガーを弾く。
「じゃないか――――!」
放たれた『.45口径 対不死人弾』は、ゾンビの胸部に風穴を空け死体を死体へと戻した。
次いで撃鉄を親指で起こし、シリンダーを回転させる。同時に銃剣を引き抜き、右手のみでライフルを手繰りトリガーを弾いた。
銃弾は迫り来るゾンビを撃ち貫いた。
左手は回転式拳銃を握っているので、右手のみでレバーを軸にライフルを回転させコッキングする。
しかし、その隙を突いて死体の群れが雪崩のように襲い来る。
所詮はシングルアクションのライフルと拳銃だ。
どうしても隙が出来てしまう。ここまで戦えたのが、奇跡と言えよう。
「こんな――死ねるかよ――――!」
腐敗した手が、牙が、薫に伸びた刹那、奇跡が起きた。
天空より銃弾の雨が降り頻り、眼前に迫っていた『不死人』を一層したのだ。
「何だ?」
「こちら『ワイルドカリス』、聞こえるか?」
困惑する薫のインカムが、聞き慣れない男の声を拾った。
同時に空を見上げると、黒い航空戦闘機と、そこから黒い影が四つ降下してくる様子が見て取れた。
「『新撰組』の残党だな? これより援護する」
そう言って、銃撃が再開された。
正確な銃撃だ。
フルオートにセミオートと銃声は様々だが、どれもが確実にゾンビを撃破していく。
やがて影は薫の周辺を掃討し、降下地点を作った。
影は背中に負ったブースターを小刻みに噴かし落下速度を殺しながら、薫の前に着地した。
「ダイヤモンド隊形! 殲滅は考えるな、パッケージの確保を優先しろ!」
『ワイルドカリス』という部隊の隊長らしき男が怒声を張り上げると、薫を中心として四人が三百六十度に広がった。
要人警護の隊形だ。
「酷いナリしてんな、お前?」
隊長らしき男は、そう言いながら薫の傍に寄ってきた。
「もう大丈夫だ。後は俺達に任せろ」
そう言いながら、男は薫の体にロープを巻き付ける。
航空機と繋がったロープだ。
連邦政府軍の救援部隊、と認識するのに時間は要しなかった。
「六時方向注意! 一匹抜けたぞ!」
不意にインカムを怒声が叩いたと思ったのも束の間、男が鋼と木で設えられたライフルを構え発砲した。
刹那、薫は左腕に激痛を覚えた。
「へ――――?」
放物線を描いて吹き飛ぶ腕を眺めながら、そんな間抜けな声が漏れた。
その後の記憶は、よく覚えていない。
そんな感じで続きます。
銃剣と言えば“Amen”ですね。
まぁ、神父様は関係無いのですが。