第三話
隠密、『新撰組』。
夜間、新月の真闇がT国孤島に降り頻る。
その夜陰に紛れ、海から這い上がる影が四つあった。
その影は陸に上がるや、亡霊のように跡形もなく消え去った。
海辺を警戒していた『不死人』が在ったが、目の錯覚と決め付け、その様子を気に留める事は無かった。
“クローキングデバイス”と呼ばれる光学迷彩を作動させたという事を、神ならざる人が墜ちた化物には分かるまい。
その愚劣さを憎む事になったのは、後頭部に一発ずつ弾丸を受けた後であった。
四つの化物を始末した見えざる影は、孤島中心の街へ足を向けた。
街までは徒歩で十分も掛からなかった。
まるで中東辺りの町並みを彷彿とさせる石造りの街に、影の一つが感心にも似た溜め息を漏らした。
「結構、デカイっぽい?」
「衛星画像を見なかったのか? この町は、存外に広いぞ」
「厄介だな。こちとら目的の品を奪い取るだけで、ろくに暴れられないってのに」
天真時雨と一ノ瀬優が話し合っている最中、クララ・クラーク・クランは周辺を警戒。
的場薫は、目当ての物が納められている建物を地図上にマーキングして、全員と情報を共有する。
「よし、三人とも聞いてくれ」
薫は三人を建物の陰に呼び、クロークを解除する。三人も薫に見習って、光学迷彩を解いた。
透明人間の次に役立つ光学迷彩だが、パワードスーツの消費電力が大きい。所謂、金食い虫ならぬエネルギー食いだ。
こうして定期的に解除するのは、節約の為である。
「目標を確保するまでは隠密に行動する。戦闘は極力無し、殺るなら静かに素早く。バレて隠されるか、最悪使われるのは具合が悪いからね」
「使われた方が、いっぺんに処理できて良くね?」
「そうは行かないよ。『+』使用時に何が起こるかは、まだまだ予想出来ないからね」
「それに被害は少ない方が良い」
薫を擁護するように、クララが口を開いた。
「皆、分かってるね? 無闇に暴れるのはギリギリまで我慢してくれ。流石に島中のテロリストを相手取るには戦力不足だ。特に、イチ」
「分かってるよ、隊長。ま、ドンパチになった時は、俺に任せとけって」
本当に分かってくれているのか。
イチは頼もしくも不安な回答をし、他の二人は無言で頷く。
不安は残るが乗り込んでしまったからには仕方がない。
このまま引き返しては、全てが水の泡となる。
覚悟を決めるしか無い。
「皆、準備は良いな? 行くぞ」
薫は行動開始の合図と共に、クローキングデバイスを作動させた。
巧く行き過ぎていた。
道中、敵は少なく、居たとしても背後から近付いて処理出来る絶好の場所に立っていたので、進行はまるで訓練のように容易であった。
難関と言えば、目標の建物である喫茶店に入る時くらいであった。
喫茶店の眼前に四人と、付近の建物のバルコニーに二人の敵兵が陣取っていた。
薫は先ず、選抜射手のクララに命じてバルコニーの敵兵を処理した。
クララは卓越した狙撃技術で、セミオートライフル使用時の模範的なラピットファイアよろしく、二人の敵を二秒と掛からず狙撃してくれた。
残った四人は一人ずつターゲットを割り振り、同時に狙撃して片付けた。
簡単だった。
その僅かな物音では他の兵士に気取られる事無く、喫茶店に侵入する事が出来た。
目標の『RED SHOT+』は喫茶店の二階に在ると、警察からの情報には記載されていた。
薫らは用心しつつ二階を隈無く探し、やがて最後の一室に四人同時に雪崩れ込んだ。
「右クリア」
「左クリア」
「オールクリアだ」
敵は居なかった。
その時点で疑うべきだったのだろう。しかし、見事に最後のチャンスを逃してしまった。
「クリアだと? もぬけの殻じゃないか?」
一ノ瀬優は不審げに告げた。
そう、部屋の中は空っぽだった。棚も机も椅子すらも無く、ただ昔ながらの折り畳み式携帯電話が部屋の真ん中に置かれているだけだった。
当惑していると、不意に携帯電話が電子音をけたたましく鳴らし始めた。
時雨が警戒しつつ、携帯電話を取り上げスピーカーにして通話ボタンを押した。
「やぁ、君達は『咲浪銃器学園』の『新撰組』で良いのかな? いやはや、子供とは思えぬ見事な腕前だった。感服したよ」
軽薄な男の声が聞こえてきた。
いや、それよりもこちらの情報が筒抜けとなっている事実に驚愕した。
「あぁ、答えなくて結構。初めまして、私は“総督”と呼ばれている者だ。以後、よろしく。ただとっても残念なのだけど、君達とはここでサヨナラだ。君達はここで死ぬ。これは我々が決定した絶対事項でね。でも、まぁ、運命のイタズラでもしも生き残れたのなら、この携帯電話を分析すると良い。君達が欲する情報が詰まっているだろう。では、健闘を祈る。ーーーーそれからマトバくん、後れ馳せながら、お帰り。君の帰還を我々は歓迎するよ」
「何? 何を言っている?」
そこで通話は途切れた。
瞬間、「RPG!」と窓際を見張っていたクララが声を張り上げ、薫に体当たりを掛けた。
直後、凄まじい衝撃と爆発が喫茶店を襲った。
視界が霞み、耳鳴りを引き起こし、平衡感覚も失って薫は床に転がっていた。
上にはクララが覆い被さるように乗っている。
「コンタクト! 十一時方向、バルコニー!」
「次弾、撃たせるかよ!」
薄れる視界の中で、一ノ瀬優と時雨が応戦する様子が見て取れた。
見ると先程の爆発で壁は崩れており、更に向かいの建物のバルコニーに敵兵がライフルを構えている様子が見えた。
奇襲された。
そう理解するのに、さほどの時間は掛からなかった。
視覚と聴覚の異常を振り払った薫は、自身の『適性銃器』である『Outlaw M1894』レバーアクションライフルを支えに素早く立ち上がった。
すかさず銃口を向かいのバルコニーでライフルを構える『不死人』へ向け、トリガーを弾き絞る。
連動して撃ち放たれた『.45口径対不死人弾』は、敵の喉を引き裂き打ち倒した。
薫はトリガーガードと一体となったレバーを操作し、薬莢を排出して次弾を装填する。
「インパルス! バルコニーにグレネードランチャーをお見舞いしてやれ!」
「アイサー!」
「総員、撤退するぞ! 作戦は失敗! プランBに移行!」
了解、と全員分の声が返ってきて、ホッと胸を撫で下ろした。
先程の奇襲で亡くした部下は無かったようだ。
「お、おい、隊長、クララが!」
しかし、グレネードで敵を一掃した一ノ瀬優が上げた声に愕然とする事になる。
彼女が指し示すようにクララを見ると、左足の太股に何かの破片がめり込んでいるではないか。
幸いにも動脈を外れたのか出血は抑えられているが、その痛みは想像しただけでも吐き気を催す。
先程、薫を庇った際に負傷したのだろう。
クララはいつものような無表情に「問題ない」と言っているが、立つのもやっとの様子だった。
薫はすかさずクララの腕を自分の肩に回した。
そしてもう一度「脱出するぞ!」と声を張り上げ、彼女を担ぐように部屋を後にした。
しかし、階下も既に敵兵が入り込んでいた。
ここから地獄のような撤退戦が始まるのだった。
コメディになりづらい展開になってしまいました。
この章も、後僅かです。
一ノ瀬優のイメージは、溌剌なボーイッシュガールです。
スカートの下にジャージ穿いてる感じのオレっ娘。
運動大好き、勉強嫌いな娘です。
結果、何か危なっかしい感じになりました。