表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さなカフェと男子高校生  作者: 夕月 陽奈
俺とあの人達との出会い
2/3

松井君、カフェ店員になる

俺が倒れていたところから、少しも距離がない場所に、喫茶店・ciel bleuはあった。


木造の扉を開ければ、ふわりとコーヒーの匂いが漂ってきて、同時に何か美味しそうな匂いもした。


カウンター席が九つほど、普通席が十八の広めの店。カウンター席の先に近付けば近付くほど匂いが強くなるから、大方そこの奥が厨房なのだろう。


店の中は暖かく、殆どのものが木で出来ている。


しかも、それは殆どが手作りのようにも見えて、俺は思わずそれを二度見してしまった。


「ハハハッ。気づいたか?ここのものは殆どが、うちの店員が作ったんだ」


そんな俺の様子に気付いたのか気付いていないのか、天宮さんは自慢げに笑う。


けど、こんないいお店なのに、なぜ客が一人もいないのだろう…。


「声に出ているよ。…それにしても、いいお店か、それは照れるね。そして今日は生憎、定休日なのだよ。そうだ。昴君。お腹空いてるだろう?服だってびしょびしょだ。少しそこで待ってくれるかい?」

「え。あ、はい」


なんと言うか、元気な人だ。


天宮さんはあっという間に、カウンター席の先にある、扉の向こうに行ってしまった。


「ぅぇっくしょんっ!!」


暖かくても、やはり冷えるものは冷えるらしい。

だいぶ寒くなってきた。

喉も渇いて、お腹も空いていることも原因の一つなのだろう。


「律さーん!買ってきたッスよ〜」

「女子に荷物持たせるとかありえねぇよ!この野郎!!」

「あだっ!」


ボーッとしていたら、俺と天宮さんが入ってきた扉から、同い年くらいだろう男女が入ってきた。


男の子は服がビショビショだが、女の子は濡れていない。

女の子の手には傘が握られているから、彼女はきっとそれを使っていたのだろう。


男の子の方は、黒髪に金色の瞳をしていたう。

腕には、たくさんの荷物が掛けられている。

少し長めの、一つに纏められた髪はびしょびしょに濡れていて、服も俺と同じくらい濡れている。

半袖の服から伸びる腕は、筋肉がしっかりついていて逞しさを感じさせた。


女の子の方は、茶髪に茶色の目をしていた。

肩につくかつかないかまでの癖のない、サラサラとした髪。

顔立ちは整っていて、つり目がちな目は二重で大きく、唇は綺麗な桜色。

そして、律さんとは違う、少し焼けた肌をしている。

幾つか重そうな荷物を持っていて、それを軽々とまではいかないが、しっかりと持っているあたり、彼女も筋肉がしっかりしているのだろう。


二人は、俺の方を見るとキョトンとした後、奥に向かって叫んだ。


「律さーん!新人っスか?」

「びしょびしょじゃん。律さん、どこ行ったんだよ」


そのまま、奥に歩いていく二人。

………なんだろう…、この違和感。なんか………慣れてる?



☆☆★★☆☆★★☆☆



しばらくして、天宮さんと先ほどの二人。

そして、頭にタオルを巻いた男性が歩いてきた。

男性は、口に煙草のようなものを咥えていて、着ている白いTシャツには、大きく『神出鬼没』と書かれている。


……俺が言ってしまうのもなんだが、センスがなかなか…。でも、男性は見た目から、雰囲気まで男前で服のセンスなんて気にならないからいいけど。


「律さん。このびしょびしょの奴、新入り?」

「その通りだ。そうだ…ゆい、バスタオルがどこに置いてあるのか、忘れてしまってね、取ってきてくれるかい?」

「はーい」

「なんだ!細っこい奴だな!!腕折れねえか?簡単に折れるなよ!心配になるな!」

しのぶさん。人間、そんな簡単にぶっ壊れないっスよ…」


なんか、いっぺんに話されても………。


俺は、口を開こうとするが、その前に律さんが口を開いた。


「とりあえず、各々喋るのをやめよう。まず、彼の紹介だ」


まさしく、鶴の一声とはこのことで、彼女が発言すると、全員話すのをやめた。


「彼は、松井昴君。私達の店、ciel bleuの新人だ。まぁ、彼自身から入るなどの肯定の言葉は聞いていないがな」

「律さん。それ、ありなんスか?聞いてないって…問題は…」

「ありだ。問題など無い」


天宮さんは、男の子の質問に、キッパリ答えると、いつの間に持ってきていたのか、結さん?と呼ばれた女の子が持っていたタオルを、俺の頭にバサリとかけた。


「うっ…」


俺の口から漏れた呻き声が、聞こえたのか聞こえてないのか、天宮さんはぐしぐしと俺の頭をタオルで撫で回す。


「とりあえず、部屋にいるのどかと、すずを呼んでこい。司に任せよう」

「了解っス」


そう言って、司さん?と呼ばれた男の子は、厨房と思われる場所に歩いて行く。


「忍さんは、歌音かのんことを呼んできてくれるかい?多分、いつものところだ」

「あぁ。分かった」


眈々とことが進んでいく中、天宮さんが俺と女の子に向き直る。天宮さんは、女の子に何か手渡したようだ。


「昴君は、結について行ってこれに着替えてきてくれるかい?すまないね。これを探していたんだ。サイズが合わなかったら言ってくれ」

「はぁ…」


気の抜けた返事をする俺に、満足げな顔をした天宮さんは、「それと…」と呟いた。


「私のことは、天宮さんではなく律さんと呼んでくれ。分かったかい?」

「はい…。律さん」

「じゃあ、結。お願いするよ」

「はーい」


天宮さ………じゃなかった。律さんは、今度こそ厨房の方へ行ってしまった。


「ほら、松井?だっけ…。こっち来て」

「あ。はい…」


結さん?に言われるまま、俺は個室に入れられる。


そこで、タオルと服を渡されて、俺は先ほどまで着ていた学校の制服を脱ぎ始めた。


渡された服は、Yシャツにゆったりとしたズボンだった。ベルトまであって、俺はそれを慣れた手つきで着ていく。


何と無くだけど、先ほどまで着ていた、俺の学校の制服と作りが似ていたのだ。


着替えたら出ればいいのだろうか?

個室の扉に手をかけて開けば、結さん?が携帯をいじっていた。


「あ。きた。………結構サマになってんじゃん。あ。私は、花咲結はなさきゆい。結でいいよ」

「あ、はい…。結さん」


結さんは、携帯をしまうと俺についてくるよう促した。


「松井…、昴で良いや。昴。アンタ、ここどこか分かってる?」


結さんは、肩までの茶髪を揺らしながら、俺に問いかける。


「あ、はい。ciel bleu…でしたか…。喫茶店…ですよね?」

「そう。間違ってない。ここは、ciel bleu。律さんが中心として回ってる喫茶店だよ」


律さんが中心…!


本当に、彼女は店長なんだ…。


俺が結さんと、先ほどの場所に戻った時には、既に先程はいなかった人達が椅子に座っていた。


司さん?と呼ばれた人は、濡れた服を着替えていて、俺と似たような───多分これがこの喫茶店の制服なのだろう───服を着ていた。


「おぉ!なかなかサマになってんじゃねえか!坊主!」

「あ、ありがとう…ございます?」

「疑問符か!!お前、面白い奴だなぁ!!」


俺の背中を痛いくらい叩く男性。

…痛いくらいじゃない。めっちゃ痛い。


「さてと、昴君。自己紹介といこうか。私の名前は、知っているだろうが天宮律あまみやりつだ。この店の店長をしている。よろしく」

「あ、はい」


俺が返事をすれば、今度は先ほどの男性が俺の前に歩み寄ってきた。


「オレは、明石忍あけいししのぶ。この喫茶店での、インテリアを作る仕事をしてる。よろしくな!」

「よ、よろしくお願いします…」


明石さんは、俺にその手を差し伸べてくる。俺がその手を取れば、もげるんじゃないか…と思えるほどの勢いで、腕を振られた。

こっちも純粋に痛い。


「俺は、卯木司うつぎつかさっス!!十八歳っス!よろしくっス!主に料理を作ってるっス!!男同士、仲良くしような!!」


卯木君は、語尾に〜っスを付けるのが癖なのか、輝く笑顔を見せながら俺に手を伸ばしてきた。…また握手か?


手をそろりと伸ばせば、今度は優しく腕を振られる。


「忍さんは、脳みそまで筋肉っスから、気を付けて」


苦笑いしながらそれに答えれば、卯木君は更に楽しそうに笑う。


「花咲結。主に、接客と注文を取る係をしてる。さっき言ったから、これ以上なし」

「あ、はい」


結さんは、椅子に座る俺に軽く目を向けた後、すぐにそらした。


結さんの自己紹介が終わると、今度は幼い女の子が近づいてきた。

その髪と肌は、驚くほど白く、目は血のように赤い。世間一般で言う、アルビノのようだ。幼い女の子の後ろには、もう一人女の子がいて、その子もアルビノだと言うことから、珍しいアルビノの双子だと解った。


「ボクは藤谷琴ふじやこと!双子のお姉ちゃんは、藤谷鈴ふじやすず!よろしくね!ボクは、お裁縫しか取り柄ないけど、お姉ちゃんはお店のメニューを考えてるんだ!」


琴ちゃんは、そこまで長くない髪を、左で纏めていて、鈴ちゃんは長い髪をツインテールにしてる。


琴ちゃんは、よく喋るのに対して、鈴ちゃんは、一切喋っていない。


双子でも、こうまで違うのは凄い。

でも、顔は凄くそっくりで、お互い髪型を変えたら、分かんなくなるんじゃないか…と思わせてくる。


「私は、一ノ瀬歌音いちのせかのんと申します。十六歳です。このお店で流れる曲の、作詞作曲させていただいています。よろしくお願い致します」


一ノ瀬さんは、流れるような艶やかな黒髪に、大きな桃色のリボンを着けていて、どこか儚い美しさを見せる女の子だ。

服は、淡い桃色のワンピースを着ている。

丁寧口調のおしとやかな感じの女の子だ。


桃色のものが多いから、桃色が好きなのだろうか。


そしてようやく、最後の一人になった。


その女の子は、椅子の上で体育座りをしながら、ゲームをしている。

髪が長く、少し癖のある肩の少し下くらいまでの、茶色の髪をしていた。顔は前髪で隠れていて、こんな部屋が暖かいのにも関わらず、服は長袖長ズボンだ。


そんな彼女を見つめると、卯木君は苦笑しながら、彼女の頭を撫でた。


「彼女は、畑本和はたもとのどか。コーヒーを作るのが、すっごい上手いんっス。俺の彼女なんで手は出さないで下さいっスよ〜?」


畑本さんは、ゲーム機から顔を上げると、本当に小さく「よろしく…」と呟いた。


律さんは、そんな全員を笑顔で見つめると、俺の方をその大きな赤い瞳で見つめてきた。


「さて、昴君。君も、もう一度自己紹介してくれるかい?先ほど私が説明した時に、いなかった子達もいるからね」

「あ、はい」


俺は、少し大きな声で返事をすると、深々と頭を下げながら自己紹介をした。自己紹介なんて、クラス替え以来で久しぶりだ。


「松井昴です。唯一の、血のつながりがあった兄貴が死んで、親戚の家から追い出され、三日間くらい飲まず食わずで、彷徨い歩いていたら、ここにいました」


そうだ。俺、今一文無しだった。

そんな絶望な状況を思い出して、落胆していると、律さんが「ふむ…」と呟きながら、口元に手を当てた。


「お兄さんが亡くなったのか。それは、残念だったね」

「あ、はい…」

「追い出された…。それは災難だったな!坊主!」

「えぁ、まぁ」


律さんは、再び口元に手をやると、すぐにポンッと音を立てて、俺一人を真っ直ぐな瞳で見つめてきた。


「よし!やはり、昴君。うちで、働こう!」

「え?り、律さん…何言って…」

「まぁ、聞きたまえ。昴君。君は今一文無し。ならば、住む場所は疎か食べるものにも困るだろう。だから、うちで住み込みで働けば良いんだよ。丁度良いことに、一部屋、丁度空いているからねぇ」


にっこりと笑う律さん。

卯木君達は、こんな事が何度かあったのか、特に驚く様子もなく、頷いている。


「俺としても嬉しいっス!ここ、女の人ばっかだから、同い年の男が来て欲しいって、思ってたところなんっスよ!!」


嬉しそうに、俺を見つめる卯木君の目を見てしまえば、断れるわけが無かった。


こうして、俺は晴れて(?)喫茶店・ciel bleuの店員になるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ