始まった俺達の日常。
ザァザァと降り注ぐ雨が、道に横たわる俺の体を、容赦無く冷やしていった。
どんよりとした雲が、空を隠しているせいで何時頃か分からない。
けど、俺の死はきっと、刻一刻と迫っているのだろう。
狭まる視界と、空腹で動かない体がそれを証明している。
死にかけている俺の名前は、松井昴。本気でろくでもない人生を送ってきた、高校三年生。十八歳だ。黒髪黒目の普通な容姿に、普通の学力。運動神経も、突飛でたものがなしの、良いところなしな男だ。
道でうつ伏せになって倒れている俺の脳内で、ろくでもない人生が、頭の中で蘇っては消えていく。
あぁ、きっとこれが走馬灯と呼ばれるものなんだろう。
こんなことになったのは、俺が〝忌子〟だからだ。
〝きっと〟も〝多分〟も付けないのは、それが確定されたものだから。
一人で俺は、涙を流す。
情けねぇなぁ…こんな人生なんて…。
良いところもなくて、兄貴も目の前で失って、挙げ句の果てには空腹で死にかけてる。
道行く人々は、俺が死にかけていることなんて、どうでもいいんだろうな…なんて。
そろそろ、目の前が暗くなってきた。
多分…いや、確実に俺は死ぬんだろう。
悔いは無いか、と聞かれてしまえば、NOと答えるであろう俺の人生。
かっこ悪りぃや…。
意識が遠のく。
雨は止まない。
止むどころか勢いを増しつつある。
でも、そんな雨がピタリと止んだ。
消えそうになる意識を繋ぎとめて、動かなくなった体を動かして、俺は上を見上げた。
初めに目に入ったのは、真っ黒な傘。
所々に白い花が描かれた、明らかに安いものではない傘だ。
更に視線を動かして、俺は息を詰まらせた。
腰まである艶やかな、長い黒髪。
長い睫毛に、伏せられた大きなルビーのような真っ赤な瞳。
雪のように白い肌のその女性は、俺に傘をさすかの様に、傘を傾けている。
笑みを浮かべた綺麗な女性が、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
「少年。君は、どうしてこんなところで寝ているんだい?」
女性は、笑みを崩さぬまま俺に問う。
俺は、カラカラに渇いた喉で、ようやく掠れた声を出した。
「ハッ…。三日以上なにも食わせてもらえず、挙げ句の果てに家を追い出されたら嫌でも、こうなるさ」
嘲笑しながらそう言えば、女性は面白いものを見つけた猫のように、目を細める。
「そうか…。君は家を追い出されたのか…」
特に俺を哀れむ様子も見せず、女性は相変わらず俺を見つめる。
最期の最期に、美人な女性と出会うとか…。運がいいのか悪いのか…。
「ならば、うちへ来るといい。私を含む全員で、君を歓迎しようではないか!」
「は……?」
そう言って傘を投げた女性。
我ながら、おかしな声が出たものだ。
「なぁに、私はとあるカフェの店長でね、そこで働いてくれれば構わない。部屋も提供する。もちろん、給料もでるさ。どうだい?名案だと思わないかい?」
そう言いながら、地面に置かれた俺の手を握る女性。
「私は、天宮律だ。少年。君の名は?」
俺の意見も聞かずに、勝手に名乗る天宮さん。
「……松井昴」
「そうか。昴君か!」
そう言いながら、握った俺の手を勢いよく持ち上げた天宮さん。
「うぉっ…!」
無理やり起き上がらされた俺の体は、数歩ふらつくも、自分の足でしっかりと立つことができる。
「よろしく!昴君。そしてようこそ!私の店!ciel bleuへ!!」
それが、俺と天宮さん…そして、喫茶店である『ciel bleu』の出会いだった。
雨はいつの間にか止んでいた。