第9話 勇者、妹から魔法少女になりたいと言われる
俺と妹の咲良が牛丼屋で注文を待っていると、咲良が魔法少女になりたいと言い出した。
魔法少女とはサブカルチャーにおいて魔法や不思議な力を使うヒロインの総称のことである。
小さい女の子の憧れの存在であるが、大きなお友達にも人気がある。
魔法少女の年齢の多くは10歳から14歳が多いが、たまに10代後半まで魔法少女をやらされたあげく魔王とか呼ばれてしまう可哀相なリリカルな魔法少女もいる。
ピンク色のゴスロリのような魔法少女の衣装を着て、魔法のステッキを手に持ちポーズをとる妹の姿を想像する。
良い。似合うと思う。思わずニヤニヤしてしまう。
咲良は高校一年生。魔法少女としては年齢がギリギリだが咲良なら問題ないだろう。
髪型はショートヘア、瞳は大きく童顔で見た目は中学生くらいにしか見えない。
いかん。俺は正気に戻り咲良と目を合わせる。
「私も魔法少女になりたい。魔法を教えて」
「駄目だ」
俺は魔法を使えるが勇者であって魔法少女ではない。
私「も」という使い方はおかしくないだろうか。
俺は咲良の魔法を教えて欲しいというお願いを拒否した。
「兄さんだけズルい。ケチ、シスコン、駄目人間、中卒フリーター」
「ぐっ……何と言われようと駄目なものは駄目だ」
咲良が俺に罵声を浴びせて俺の心をナイフでグサグサと刺すが俺の意思は変わらない。
可愛い妹のお願いだ。聞けるものなら聞いてやりたいがこれだけは駄目だ。
妹はジト目で俺を恨めしそうに睨むが、俺は無視して店員が運んできた牛丼を食べる。
「何で……?」
「咲良、お前はどうすれば魔法が使えるようになると思う?」
「マスコットと契約したり、魔法のステッキを拾ったり?」
やはりな。妹は魔法を簡単に使えるようになるものと考えている。
しかし、その認識は間違いだ。
ここには「僕と契約して魔法少女になってよ」と言ってくる白いマスコットはいないし、空から魔法のステッキが落ちてきたりはしない。
「漫画やアニメだとそうだな……でも実際は魔法を使うための契約や魔法のステッキは必要はない。まず、魔法を使えるようになる方法だが、これは修行してどうにかなるようなものじゃない」
「でも、兄さんは魔法を使った」
「ああ、俺は魔法を使える。魔力が俺の身体に流れているからだ」
「魔力?」
「魔法を使うための燃料みたいなものだな。俺はさっきの戦いでは魔力を変換して身体能力を強化したり、シールドや火球を作り出していたんだ」
俺も受け売りなので詳しくは知らないが魔力とは魂を構成している力のことで、魔力を消費し身体の内から外に放出したのが魔法なのだという。
「じゃあ、私も魔力が身体に流れるようになれば魔法が使える?」
「そういうことなんだが……魔力に目覚める方法はとても危険なんだ」
「その方法って?」
俺は牛丼を食べ終わり、はしを置く。
ここから先は食事をしながら出来るような話ではない。
コップに注がれた水を飲んでから俺は真剣な話を始める。
俺が異世界で魔法を使えるようになった経緯を話しておく必要があるだろう。
そしてその危険なリスクについても。
「いいか、よく聞け。魔力に目覚めるためには異世界の大気中に存在するウイルスに感染する必要がある」
「ウイルスって……病気みたい」
咲良は目を見開き、驚いた表情をした。
俺が話すことは全て真実で嘘を話すつもりはない。
出来れば咲良には魔法少女になるのを諦めて欲しい。
「みたいじゃなくて病気なんだ。俺は異世界で病気になり、恐ろしい副作用と引き換えに魔力に目覚めた。しかし、そのウイルスは地球の大気中では生きられず、異世界の大気中にしか存在しないので地球で感染することはない」
「でも……待って。兄さんはウイルスに感染してるのなら、兄さんの身体にウイルスは存在するんじゃない?」
咲良の頭の回転は早く、理解も早い。
病気、ウイルスという言葉から俺の中にまだウイルスが存在していることに気づいた。
このウイルスにワクチンというものはなく、またウイルスに感染するとすぐに発症し身体からウイルスが消えることはない。
「その通りだ。本来、地球上に存在出来ないはずのウイルスが唯一生きられる場所、それが魔力を有している俺の身体の中だ」
「それなら、もしかしたら兄さんから私に既に感染してるかも」
「それはない」
俺は断言した。
ウイルスは俺の体液……唾液、血液、それに精液などの中に存在している。
しかし、俺の身体から排出され魔力の供給がなくなると体液中に存在するウイルスもすぐに死ぬ。
もし俺の身体からウイルスが完全にいなくなるとすればそれは俺が死んだその時だ。
これは異世界の医学者の研究結果から分かったことだ。
俺は自分が飲んだ水の注がれたコップを見る。
例えば、俺が飲んだこのコップを使って回し飲みをしたとしてもウイルスは死んでいるので感染したりしない。
「何で分かるの?」
「このウイルスは感染者の体液が非感染者の粘膜に接触しない限り感染しないことが分かっている」
「た、体液……でも私はそれでも魔法を使いたい。ウイルスを感染させて欲しい」
感染させるためには例えば、キスなどの唾液感染、傷口どうしを合わせる血液感染、あとはSEXつまり性行為による感染などだ。
まぁ、あれだ。ゾンビ映画のゾンビウイルスだと思って欲しい。
「駄目だ。危険だと言っただろう。このウイルス感染には恐ろしい副作用がある。咲良を俺と同じ目に合わせる訳にはいかない」
「副作用って? 今の兄さんは普通に見えるけど……」
咲良は俺の姿を見て言った。
俺のウイルス感染による副作用は服の上からでは分からない。
「順を追って話そう……俺は異世界に飛ばされ、異世界の大気中に存在するウイルスに感染した。症状はすぐに現れ、俺は熱を出して倒れた。そして熱がおさまり完治したかと思ったその時だ。俺は副作用で身体に異常が現れていることに気づいた……」
「身体に異常って?」
咲良はゴクリとつばを飲み、真剣な表情で眉をひそめて聞いた。
「それはだな……」
「それは?」
俺も出来ればこのことは妹に知られたくなかった。
もし知られれば妹に嫌われるかもしれない。
しかし、妹を俺と同じ目に合わせる訳にはいかない。
妹に魔法少女になるのを諦めてもらうためにも話す覚悟を決める。
俺はコップの水を飲み干し、深呼吸する。
「副作用によって俺の乳首は真っ黒になってしまったんだ!」
ガシャン
店員がお冷を入れたポットを床に落とし、高い音が響いた。
いつのまに……
俺たちの座っているテーブル席の隣に店員が立っていた。
「お冷をお入れいたしま……!?」
死んだ魚の目の店員はその先の言葉を続けること出来ず、驚愕の表情のまま硬直していた。