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第8話 勇者、妹に秘密を打ち明けられる

 サイクロプスもどきの爆発に飲み込まれ、視界が真っ白に染まり俺は死を覚悟した。


 咲良、お兄ちゃんはどうやらここまでのようだ。


 異世界で三年間行方不明。

 やっと帰って来たというのに兄らしいことを全然してやれず、申し訳なく思う。

 俺はこれからこの爆発の衝撃を魔力で押さえ込む。

 兄として……命に代えてお前の命だけは守ってみせる。


 俺は爆発の衝撃による被害が周囲に広がらないように自分とサイクロプスもどきをシールドの内部に閉じ込めた。


 咲良、俺はお前に幸せな人生を歩んで欲しいと思う。


 光と衝撃の嵐の中で思ったことは、妹のこれからの人生についてだった。

 自慢の妹はとても可愛らしく、おそらく周囲の男どもは妹の虜になることだろう。

 妹はその中の誰かと恋愛関係になり、やがて結婚する。

 そう考えた瞬間、咲良が変な男に引っかからないか心配になってきた。

 普通、死の瞬間には自分の過去の記憶が走馬灯のように巡るらしいのだが、俺の脳裏には走馬灯のように妹が変な男に引っかかる姿が浮かんだ。

 妹に相応しい相手かどうかは俺が品定めしなければならない。

 こんなところで死んでいる場合ではない。


「お兄ちゃんはそんな男認めません!」


 俺は爆発を押さえ込むと同時に魔力を全力全開で解放して自分自身も防御した。

 冒頭からここまでで約0.01秒。


 結果。ちょっと痛いくらいで済んだ。


「いやー、死ぬかと思った」


 結界を解いて妹の元に戻ると、俺の顔を見て幽霊でも見るかのように驚いていた。

 俺が爆発に飲み込まれて死んだと思ったのだろう。


「心配した……」

「俺は咲良が嫁に出るのを見届けるまで死なない」


 咲良が泣きそうな顔をしていたので抱きしめて安心させてやる。

 妹の身体は柔らかく抱き心地が良い。


「兄さん、苦しい」

「そうか」


 この後、俺は怪我人を治癒魔法で治療した。

 治癒魔法は得意ではないのだがやらないよりはマシだろう。

 怪我人には感謝され、咲良は俺の治療の様子を興味深げに観察していた。


「どうだ妹よ、お兄ちゃんはすごいだろう」

「兄さん、すごい」


 咲良は無表情のまま言った。

 しかし、よく観察したら尊敬の眼差しで俺を見ていることが分かる。

 そうだろう、そうだろうと俺ははりきって怪我人を治療していった。

 怪我人の治療を終えると、警察が事情聴取をするために近寄ってきた。


「あの化け物は何だ?」

「君のその力はいったい?」

「あの化け物と君の関係は?」


 警察に囲まれて質問攻めにされるが、俺だってあの化け物が何なのか分からない。

 突然、警察の一人が俺の胸倉を掴んで怒りながら言う。


「お前とあの化け物の戦いに巻き込まれて警官の一人が死んだ!」


 俺はあのサイクロプスもどきが現れた場所に偶然居合わせただけなのだが……

 まぁ、俺とあのサイクロプスもどきの戦いは人間の理解の範疇を超えているため、化け物同士の戦いに一般市民が巻き込まれたように見えなくもない。

 亡くなった警官は残念だったがその責任を俺に押し付けられても困る。

 俺は胸倉を掴んでいる警官の腕を逆に掴み、合気の技で転ばした。


「警察に暴力を振るうとは公務執行妨害だ!」


 転ばした警官が叫んだ。


「いや、公務執行妨害って……先に胸倉掴んできたのはそっちじゃないか」


 俺は妹の咲良を抱きかかえて飛翔魔法で文字通り飛んで逃げた。

 説明をするのがめんどうだったのと腹が減っていたからだ。


 空を飛びながら俺は牛丼屋を探した。


「咲良、牛丼屋はどこだ?」

「あっち」


 俺は咲良の指差す方向に進んだ。


「あった」


 牛丼屋が三軒並んでいるのが見えた。

 着地して抱きかかえていた咲良を地面に下ろす。

 同じ立地の場所に三軒も牛丼屋があるとは競争が激しそうだ……

 よほど良い立地なんだろうな。

 俺は適当に店を選んで入ったが、店内に店員はいなかった。


「あれ?」


 別の店に入るとやはり店員がいなかった。


「兄さん、もしかしたらさっきの化け物のせいで避難してしまったのかも」

「かもしれないな」


 駄目もとで最後の三軒目に入るとなんと店員がいた。

 店員の目は死んだ魚のように虚ろで今にも倒れそうだ。

 ここは24時間営業の牛丼屋なのだが、店内には店員が一人しかいない。


「いらっしゃいませ……二名様ですか?」

「はい」

「テーブル席にどうぞ……」


 ボソボソと力ない声で俺たちはテーブル席に案内された。

 まさか、店員一人で店を営業しているのだろうか……

 それに他の競合店の店員が避難しているというのに避難しようとしないとは……

 もしかしたらどんなことがあっても24時間営業しろと上から命令されているのかもしれないな。

 店員は見れば見るほど、異世界のゾンビにそっくりで生気がまるでない。

 異世界のゾンビとは死霊使いが人間や魔物の死体を呪術で操り、意のままに動く人形にしたもののことを言う。

 店員がノロノロと動き、テーブルに水を入れたコップを置く。


「ごゆっくりどうぞ……」

「注文いいですか?」

「はい……」

「牛丼並二つお願いします」

「はい……少々お待ちください……」


 俺が注文すると店員は厨房に戻っていった。

 水を飲みながら牛丼が来るのを待つ。

 咲良の顔を見ると何か言いたそうな表情をしていた。


「兄さんのあの力……異世界で勇者をしていたっていう話……本当だったんだ……」

「ああ、驚いたと思うが全て本当の話だ」


 咲良の目の前で魔法を見せるのは先程の戦闘が初めてだった。

 シールドを張ったり、火球を飛ばしたりして驚いたことだろう。


「兄さん、ごめんなさい」

「何が?」

「兄さんの話を信じてなかった」

「ああ、まあ、普通は信じられないよな。俺もきちんと説明しなかったのは悪かったと思う」


 魔法を目の前で見せればすぐに済む話だ。

 しかし、両親、妹は俺が異世界で勇者をしていたと言っても信じようとせず、興味なさそうにしていたので、俺もつい信じないならそれでいいと意地になってきちんと説明しないでいた。


「あと、今朝のことなんだけど」

「今朝?」


 話がいきなり今日の朝のことになり俺は首を傾げた。


「兄さんに、気持ち悪いって言ってごめんなさい」

「ああ、そんなことか。咲良の反応は普通だと思うぞ」


 いい年齢をした男が、日曜の朝に女児向けアニメを見ていたら誰だって気持ち悪いと思うだろう。


「違う」

「違うって何が?」

「本当は……私もプリ○ュアが好き。魔法少女モノとかそういうアニメを今も見てる」


 突然、妹から本当は魔法少女モノのアニメが好きなのだと打ち明けられた。

 今思えば、妹はプリ○ュアを見ないと言いながらリビングで一緒にテレビを見ていた気がする。

 何故このタイミングで打ち明けられたのかはさっぱり分からないが、妹との心の距離が近くなった気がして嬉しく思う。


「そうだったのか。なら何で見ていないふりをしたんだ?」

「学校の友達がこの歳になってもプリ○ュアを見てるなんて信じられない。気持ち悪いって言ってたから……」

「咲良は俺が周りの人に馬鹿にされて恥をかく前に、注意するつもりで気持ち悪いって言ってくれたのか……ありがとな」

「うん……」


 今朝はテレビを点けたらちょうどプリ○ュアがやっていたので見ていただけで、好きでも嫌いでもないのだがせっかく妹が秘密を打ち明けてくれたのだ。話を合わせたいと思う。


「プリ○ュア、久しぶりに見たけど面白いよな」

「うん。それで、今日兄さんが戦ってる姿を見てプリ○ュアみたいだなって思った」


 ああ、やっと話がつながった。

 今日の俺の戦う姿をプリ○ュアと重ね合わせていたのか。

 妹はRPGなどのゲームは全くやらないので勇者と言われてもピンとこないのだろう。


「牛丼並お待たせしました……」


 会話をしていたらあっという間に時間が流れていて、死んだ魚の目の店員が牛丼をトレーにのせて戻って来た。


「私も……」


 咲良は店員が戻って来たことに気づいていない。


「私も兄さんみたいに魔法少女になりたい」


 店員は俺たちの会話を聞いてしまい、驚いた表情で咲良を見て、次に俺のほうをまじまじと見た。

 もしかしたら俺は男なのに魔法少女のコスプレをするような変態だと思われているのかもしれない。

 俺は魔法少女ではなく勇者なんだが……


「ご、ごゆっくりどうぞ……」


 店員はトレーをテーブルに置くと厨房に戻っていった。


「咲良、魔法少女になりたいって本気か?」

「うん」


 咲良の子どもの頃の将来の夢は「魔法少女になりたい」だった。

 今でも魔法少女になりたいと思っているとは……

 俺は牛丼を食べながら咲良に魔法について話をすることにした。

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