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女神様が喚んでいるっ!  作者: 天川守
序章『召喚』
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第5話

 一様に同じ装いに身を包んだ集団が結界を盾にしつつ防衛戦を行う。

 夥しい数の雷光によって『泰山亀』などの大型魔獣は殲滅されたが、狼型の小型魔獣はまだまだ残っていた。

 質では負けていないが、量で圧される。

 

「これがこの世界か。……やっぱり本番はこっちだな。後ろをどうにかする方が遥かに大事だ」


 僅かな情報からもここからが本番であると、暦は認識していた。

 これまでのそれはチュートリアルですらない。

 正面から戦うだけで決着が付くのだ。 

 わかりやすいし、何より明確に答えが出る。

 それに対して、これからの戦いは敵も味方もわかりにくく、同時に結果ですら成否の判別が難しくなるのだ。

 先を思い、溜息を1つや2つは出ても仕方がないだろう。


「け、契約者殿、よろしいですか?」

「ん? ああ、えーと、なんでしょうか?」

「しょ、将軍がお呼びですので、付いてきていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、ありがとう」


 明らかに緊張している兵士の姿に苦笑しそうになるのを耐えて、それなりに威厳のある様子を保つ。

 偉そうにする趣味はないが、かと言って無暗に見縊られるつもりない。

 今はまだ暦も知らないことが多く、なるべく間口の広い行動を心掛ける必要があった。

 偉そうにするのは、必要なことがわかってからでいい。

 

「さて、どんな奴なんだが。交渉とか、はっきり言って初めてなんだけどなー」


 かつての女神の生まれ変わり、のようなものとその使徒。

 軽い扱いではないだろうが、相手の社会体制などによっては排除される可能性も0ではない。

 セレナはともかくとして、暦だけを排除する可能性はそれなりに警戒する必要があった。


「まあ、この状況ならそこまで警戒する必要もないかな。……多分、だけど」


 殺すつもりならば、あのまま放置しておいた方が手間も掛からず、おまけにある程度の手の内も探れると良いところしかなかった。

 そちらを取らずに対話をしてくれるなら、いくらでも対処方法はある。

 無駄に回るようになった頭はこういう時は便利だった。

 

「契約者殿? よろしいですか」

「っと、すまん。ちょっと考え事をな。案内頼むわ」

「はい。どうぞ、こちらへ」

 

 兵士の先導に従い、本陣がある方向へと移動を開始する。

 最後にもう1度背後を振り返った。

 やってくる魔獣たちは結界と接触すると同時に大きく力を減じてしまい、ただの野生動物と同じ程度の力しか持ち得なくなっている。

 あれでは数は多くとも待ち構えている軍隊には対処できないだろう。

 しかし、それでもそれなり以上の損耗は出ているようだった。

 野生の動物程度、とはいえ命を顧みない攻撃は無視できない損害を与えてくる。


「……結界を前提とした防衛戦術。これは、思ったよりも厳しそうだな」


 僅かな部分でも情報は読み取れる。

 これからの課題を改めて確認した暦は踵を返して、兵士に付いて行く。

 背中は自信に溢れているが、内心では様々な計算が行われていた。

 

「……よし、しっかりとやらないとな」


 小さく気合を入れて直して、暦はこれからを始めるために前に進む。

 その姿を彼の中から無垢なる瞳で見つめる者がいる。

 今はまだ、未完成の大器。

 彼女が真実、目覚める日はまだまだ遠い。






 神と契約し、その力の一端を借り受ける存在『繋ぐ者』。

 契約者とも言われる彼らは一言で言えば神の1番の信徒である。

 この世界の神。

 自然現象や概念などが意思を持った存在たる彼らは自分たちとよく似た生き物をこよなく愛した。

 愛したのだが、問題は愛し方である。

 好きな子ほど、つい苛めてしまう。

 小学校の低学年の男子などにありがちだが、これを神の力でやられてしまうと笑い話では済まなくなる。

 特殊な事例に限らず力を際限なく使用する強大な知性は厄介としか言いようがない。

 そういった齟齬を埋めるために誕生したのだが『繋ぐ者』たちである。

 人と神を繋ぎ、留める存在。

 この世からほぼ全ての神が滅されてしまい、加護を失った中でも人々が希望を失わないのは、彼らが残っているからでもあった。

 今や神の代理となった彼ら――その中でも最強格の1人である存在がこの砦の責任者である。


「将軍、敵の方はなんとかなりそうです。殲滅までそこまでの時間は掛からないかと」


 眼鏡を掛けた冷たい表情の男性が初老の男性へと報告する。

 椅子に腰かけて彼方を睨む老人。

 白いモノが混じった頭髪と彫の深い顔には年輪が刻まれており、その者の生きた年月の濃さを感じさせた。


「ご苦労。……しかし、なんとも奇妙な事だ。まさか、500年経ってから新たな神が舞い降りるとは。それも、セレスティア様に似た力を感じるとはの」

「私は偉大なる女神について知りませんが、新たな契約者というだけでも驚くべきことでしょう。まさか外に人間が残っているのは思っていませんでしたし」

「ははははっ、どうじゃろうな。何やら妙な感じを纏っておる。魔獣共とも違うが、この世界とも違う感じがしとるよ」

「……それが、武装を解かない理由ですが? ディオン様」


 副官の言葉に初老の男性はニヤリと笑い返す。

 ディオン・グラスエルズ。

 東方を守護する砦を受け持つ聖王国最強の一角。

 歳を経てから神と契約した変わり者のため、若い姿が多い契約者の中で唯一と言ってもいいぐらいの老人だった。

 現在こそが全盛期、と主張するディオンを否定するものなどおらず事実、女神の結界があるおかげとはいえ最高位の魔獣を単独撃破すらしたこともある。


「信頼も、信用も、為人を把握せねば出来んだろう? 契約者にはそれなりの礼節が必要だが、それと警戒しないのは別の話だ」

「それで気分を害するような相手ならば如何様に?」

「ありえんよ」


 副官の言葉を一言で切り捨てる。

 自身の発言を否定された彼は僅かに眉を寄せて、主に続きを促した。

 

「あり得ない、とはどういうことでしょうか? 何か確信がおありで?」

「口で説明するのが難しいのだが、そうだな。神と契約する、というのは中々に難儀だと言うことだ。あの若人は上手く飲み干しているようだがな」

「なるほど、機密ということですか」

「儂はそれほどの大事ではないと思うが、エレイン殿がそう判断したのだ。儂が覆せるものではない」

「はぁ、なんとも複雑な事情があるのですね。……しかし、気分を害さないと確信があるのは助かりました。契約者と戦うのは正直なところ、悪夢としか言いようがないので」


 契約者は本来は神とセットでその力を発揮する存在である。

 現在、聖王国に存在している契約者は力の大本を失っているため、本来の力を発揮出来ない者も多い。

 対して、彼らの前にやってくるだろう新しい契約者は神が傍にいる。

 この違いには大きな意味があった。


「相変わらず、いろいろと考えを巡らす男じゃな。そのままだと、将来禿げてしまうぞ」

「……余計なお世話です。これでも、手入れはしていますよ。まったく、そういう部分では皆様が羨ましいですね」

「何、その分の苦労もあるんじゃよ。……さて、そろそろかな」

「了解しました。では、予定通りに」


 部屋の主の発する空気に呼応して穏やかな空気が引っ込み、戦場にいるかのような気配が充満し始める。

 ディオンの態度の変化に武人ではない副官も相手がやって来たのだと感づいた。

 

「初対面は上手くやりたいものですね」

「同感じゃよ。何、年の功がある。それほど警戒はせんでいい」

「ハッ」


 2人の間で打ち合わせが終わると同時に、天幕の外から声を掛けられる。

 計ったかのようなタイミングはディオンが狙った通りでもあった。


「グラスエルズ将軍、契約者殿をお連れしました」

「うむ、入っていただけ」

「失礼します。契約者殿、どうぞこちらへ」


 暦にとっても、この世界の人類にとっても重要なファーストコンタクトが始まる。

 古き年月を経た強者と学生に過ぎなかった庶民というなんとも対照的な2人の交渉という名の戦いが始まろうとしていた。






 暦が相手を見て思ったことは単純なことだった。

 強い、である。

 在り方が定まっている。

 自分がどんな人間で、何をすべきなのか、そういった事に対する芯がハッキリとしているのだ。

 苦いも甘いも味わい尽くした年月を正しく消化したものだけが纏う空気。

 老成した強さ、若さという無鉄砲とは異なる在り方がそこにはあった。

 契約したことによって見栄えがよくなった養殖の暦とは異なる天然物。

 もしかしたら出発点は同じだったのかもしれないが、年月を経てそれは本物になっている。


「……まずはこちらから。初めまして、今川暦と申します」

「ふむ、そなたから発する気配についても聞きたいが……。いや、後でよいか。我が名はディオン・グラスエルズ。過分にもセレスティア聖王国の東方将軍の地位にあるものじゃ」

「ご丁寧にどうも。先ほどの援護と合わせてお礼申し上げます。本当に助かりました」

「何、結界防衛の任、それの延長線上じゃよ。それに、お主も契約者。切り札の1つや2つはあるのだろう? 邪魔をしてしまったかと気を揉んでいたところよ」


 簡単な探り、相手側は暦の情報がなく、外から来たものを完全に味方と判断はし辛い。

 その程度のことは彼にもわかったが、ここで全てを開陳するかどうかは別の話だった。

 

「さて、どうでしょうか。何分、未熟者ですから」

「……ほう」


 ディオンと名乗った初老の男性がニヤリと暦に笑みを向ける。

 暦がただ保護を求めるだけの存在ではない、と交渉という戦いに乗るつもりだと理解したのだろう。

 暦も相手がしっかりとメッセージを受け取ったと判断し、次の段階へと話を進める。


「いろいろと言いたいこと、聞きたいことはあるでしょう。ですので、シンプルにいきませませんか? 要求を先に言っておくべきでしょう?」

「ふむ、一理あるな。無駄な時間、というのは避けたいのが心情じゃしの。よかろう、しかし、提案をしたのだから」

「当然、こちらから先に出しますよ。思惑はありますが、別に敵対したい訳ではないので」

「なるほど……。そちらの神は良い使徒を選ばれたの」


 ディオンは少しだけ考え込む様子を見せて、


「では、そちらの要求を聞かせていただこう」


 真っ直ぐな視線と姿勢。

 外見を裏切らず、この老人は武人型の人間だった。

 下手な虚言などは役に立たないと直ぐに方向を転換する。


「……大したことではありません。我が神と私の身分を保証していただきたい。それだけす」

「ほう……。しかし、その要求は私では答えずらいですな」

「別に急いでる訳ではないですが、もう1つ情報をおまけしますよ」

「……と言うと?」


 目の前の穏やかに微笑む老人に下手なことを言えば、彼は先ほど屠った魔獣のように暦に躊躇なく牙を剥くだろう。

 メリットよりもデメリットが大きければ、この手の人種は迷いなく相手を切り捨てる。

 どこかで利用しよう、などという結論は至らないのだ。


「結界、それほど長くないですよ。そして、そちらは把握しているのでしょう?」

「――さて、なんのことだか。……ふむ、なるほど、その上で身分を保証して欲しい、と……」

「如何ですかね?」

「ふむ……」


 笑顔で見つめ合うこと数秒、先に折れたのはディオンの方だった、

 まるで知りたいことは知れたと言わんばかりに、白旗を掲げる。


「先ほども言ったが、時間を無為にするのは避けたいからの。お主、悪ではないようだし、別に問題なかろう」

「では?」

「ほっほっほっ、構わんよ。儂のようなものでよければ、後見人になろう。主がこちらに仇をなさん限り、味方となりましょう」

「ありがたい限りです」


 大した話し合いではない。

 それでも暦は自身の心臓音が激しくなっていることを感じていた。

 やはり戦いの方が楽だ、と先ほど抱いた感想を強くする。


「……新しい契約者殿は誠実な方のようですな」

「然り。では、アルベルト、後は頼む。ここからは実務に関することじゃろうて。儂もやることがあるからの」

「了解しました。後はお任せを。では、今川暦殿、こちらへ」

「ありがとうございます」


 此処に来るまである種の全能感、万能感を感じていた暦にとって、この心臓を締め付けられる感覚は悪いものではなかった。

 目の前の老人は極上の味方であり、敵なのだ。

 本来、暦程度ではどうにも出来ない相手である。

 そこと交渉の真似事が出来るのだから、神というものは偉大な存在だった。


「……女神が本命ですかね? 隠してましたが、まあ、ダメですか」


 あっさりと受け入れられた理由を求めて、軽く尋ねてみる。

 答えは期待していなかったのだが、ディオンはあっさりと答えた。

 彼にとってこの問答はただの確認であり、暦と違って勝負所でもなんでもないのだ。

 落としどころはどうでもよかった。


「何、どう転ぼうが今のお主には何も出来んと思っただけよ」

「なるほど、ご教授ありがたく。では、アルベルトさん、行き迷うか」

「ええ、よろしくお願いします。では、こちらへ」


 アルベルトの先導に従い、いろいろと説明を受けるため天幕を後にしようとする。

 指示に素直に従おうとする暦に背後からディオンの声が掛かった。


「――ああ、最後に付け加えておこうか。すまんが、女神殿は置いていって貰おうか。それで大凡の疑問は解決するのでな」

「自分に問うより、本人に聞けばいいでは?」

「ふむ、今は意味がないじゃろうて。……再度、聞こう。いいかな?」


 暦は僅かに目を細め、


「セレナ、このお爺さんが話したいらしい、後は頼んだ」


 と言葉を漏らす。

 同時に激しく光出す彼の身体。

 緑色の閃光が3人の視界を覆い、次の瞬間には、


「うん。わかったよ、暦」


 微笑む女神がその場に降臨していた。

 それまで山のような不動さを見せていたディオンの心に一瞬の乱れが走る。

 セレナの姿は彼女とよく似た存在を知るものにとって、重大な意味を持っていた。


「……後はそっちでやってください」

「礼を言う。アルベルト、しっかりと頼む」

「はい、では参りましょうか」


 暦はその言葉に従い、外に出て行く。

 最後にもう1度残るセレナに視線を送る。

 いろいろと浮かぶものはあったが、全て飲み込みその場を後にした。

 これにより、天幕の中には2人が残ることになる。

 1人は新たなる神、セレナセレスティア。

 もう1人は、雷を司るもの、ディオン・グラスエルズ。

 両者は無言のまま見つめ合い、


「御身、何も知らないものを許可なく使徒にしましたな」


 ディオンが怒気と共に、口を開くのだった。

 叩き付けられる怒気。

 しかし、セレナは何も変化を見せないままに微笑み続ける。


「…………」

「答えない。否、まだ外界からの接触を受けれない。……あの若人、思ったよりも大物だったかの」


 その場にいるのは2人だが、言葉を発するのは1人だった。

 セレナはディオンを見ているが、見ているだけである。

 瞳には彼の存在が映ってすらいない。


「神の成長、か。どれほどの年月か必要なのだろうな……。彼の先に幸が――」


 多からんことを、と続けようとした時、強い視線を眼前の神から感じた。


「――余計なお世話です。私とこの子は、きちんと全てを分かった上で進めてますよ」

「なっ……!?」


 先ほどまで生気がなかった存在が彼を見て、ハッキリと己の意思を示していた。


「あなたは……まさか」

「この身体は、既に次代へ。未だ未完の器。それをどうするのかは、彼だけでなくあなたたち次第です。この子は、全てを見ていますよ」


 それを最後にセレナは再び微笑みの沈黙に戻る。


「……なるほど。そういうことか。ふっ、若人……暦だったかの。主への期待は、随分と重いようだぞ」


 自分が歳を取ったことを知り、少しだけディオンは寂しさを感じた。

 不老にして、不滅の存在たる神々が滅んだのだ。

 契約者という超越者も心の老いからは逃れられなかった。


「若い芽、新しい時代、か。儂もやるべきことを、やらねばならん時が来たのかもしれんの」


 結界の外、遥か彼方を睨みディオンは人知れず覚悟を決めた。

 動き出した潮流に、老兵として立ち向かう。

 

「かかかかっ! よいよい、これほど清々しい気持ちになれるとは、昨日までは夢にも思わなんだ。人生、最後まで学びは終わらんな」


 笑う英雄の声が響き、兵士たちは不思議そうに目を見合わせる。

 暦たちが結界に辿り着いたことで、否応なく事態は動く。

 新時代、新しい戦いは既に始まっていた。

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