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女神様が喚んでいるっ!  作者: 天川守
序章『召喚』
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第1話

「天気、悪いな……」


 学生服、ブレザーを着込んだ男性が憂鬱そうに空を見上げる。

 天は黒雲に覆われ、雷が降り注ぐ。

 雨が降っていないことを僅かに不思議に思うも己に降りかかった謎の現象を考えれば別に不思議でもないかと青年は割り切った。


「さて、厄年って今年だったか?」


 変わらぬ日常を愛している。

 そう言うのは些か大袈裟だろうが、彼は別段スリルなど求めたことはなかった。

 彼、私立高校に通う受験を間近に控えた、ただの男子高校生――今川暦(いまがわこよみ)は誓って、このような展開を望んではいなかったと言える。

 普通に自宅の自室で寝ていたはずなのに、妙に香る草の香りに目を覚ますとそこは深い森の中だった。

 このようなサプライズはいらない、と面倒臭そうに周囲を見渡す。


「超常現象、ね。そういうのは、興味がある奴のところにいけよ」


 無感動に森を見つめつつ、暦は思考を続ける。

 どうしてこうなったのか、どうしてこんな場所にいるのか。

 疑問はそれこそ次々と湧き出てくるのだが、今はそんな事は重要ではなかった。

 暦が考えるべきことは、この事態の中でどうやって生き延びるのか、である。

 彼の価値観において、今回の事態は想像の範囲外であり、甚だ理不尽でしかないものだが、理不尽程度で生存を諦める理由にはならない。

 交通事故に遭うのと大差ないと考えて、異常事態については割り切っていた。

 冷めている訳でも熱い訳でもない、彼はそういう人間なのである。

 パニックを起こすほどアホでもないが、同時にこの場をなんとか出来るほどの超人でもない。

 境界の上に曖昧な人間像、無気力なように見えて死にたくはないのだ。


「森か……参ったな。サバイバルスキルとか、俺にはないぞ。……1人だといろいろと無意味なことを考えるしな。出来れば早めに人に会いたいとは思うんだが……さて、どうしようかね」


 彼の目下の目標は如何にして生き延びるのか、ということを集約される。

 本などからの知識しか持っていないが、その程度の知識でも人の手が入っていない森がどれほど危険かくらいは判別が可能だった。

 明らかにこの森には、人間の気配がない。

 地球上の何処かすらも判別できないがあらゆる可能性は考慮すべきだろう。


「そもそも、大気の組成とかどうなってるんだ、ってのは考えるだけ無駄か。まあ、そういう場合はぽっくり逝くだろうし、どうでもいいか」


 もしかしたら、暦が呼吸をしていることが既に命を縮める行為である可能性はあった。

 しかし、そんな事を言っていたら何も出来ないと思考を打ち切る。

 都合の悪いことは棚上げする、それで追い詰められるのが普通の人生だが、考えてもどうにもならないことというのも世には存在していた。

 

「……メシ、寝床、後は自衛の手段。ふむ、いろいろとあるんだが……1番はこの事態を引き起こした何がいることなんだよなぁ。どうしようか」


 暦には寝ている間に何処かに移動するような癖や病気などは存在しない。

 超能力の類も保持していないのだから、当然ながら転移の暴走などもあり得ない。

 なれば、此処に日本の住宅地とは縁もゆかりもない森にいる理由は第3者が介在していると考えるべきだった。

 正確にはいてくれないと彼が詰むので、いてくれる前提で考えるしかないのだ。


「はぁ……。何が目的か知らないけど、早く出てこいよな。時間は有限の資源なんだぜ」


 空を見つめて愚痴を吐く。

 無意味だとわかっていても、言いたくなるものは仕方がない。

 今川暦は器の巨大な英雄などではないのだ。

 些細なことで腹を立てて、同時に些細なことで満足できる。

 

「ま、何故かパジャマじゃないことだけは救いかな」


 見慣れた学校の制服に、鞄に靴など、外出するのに最低限の装いがあるのは確かに救いであった。

 仮に就寝時の状態で此処に居た場合は、もう少し慌てていただろう。

 

「どうせなら、サバイバルグッズとかもくれよな。って言っても仕方がないか」


 一体どこの誰なのか知らないが、本当に面倒な事態になった。

 先ほどから暦は幾度も溜息を吐いているが、気分は欠片も晴れていない。

 元より、人間というのは最終的には自分のためになることすらも、強制されるのは好まないのだ。

 頭を押さえつけられれば、反抗したくなる生き物だった。

 立派に人間である彼にとって、訳が分からないという状況と合わせて愉快な想いは出来ない状況である。

 独り言を呟き、必死で自制を掛ける。

 こんなところで怒っても無駄にエネルギーを消費するだけなのだ。

 必要な時まで、取っておくべきだろう。


「……本当に、面倒だよな。何で俺みたいな奴なんだか」


 立ち上がり、軽く土を払うと勘に従って歩き出す。

 いろいろと愚痴を吐いていたが、本当は次に起こすべき行動の種類はわかっていた。

 森の奥の方から感じる厳かで、神聖な感じは彼を呼んでいる。

 生憎と信仰心などと縁のない暦だったが、日本人としてそれなりに寺社の世話にはなっていた。

 その経験、と言うべきかはわからないが、奥の方からそういったものと同じ侵しがたい空気が流れてくるのを感じる。

 神聖で、厳かな空気。

 圧倒的な存在感と同時に彼を歓迎し、待っているような気持ちが伝わってくる。


「鬼が出るか……。それとも――」


 目を細めて、思考を続ける。

 この先に進まないと話が次の段階に進まないとは理解しているが、それでもプンプンと匂う厄ネタ臭は避けたいという気持ちを湧き起こさせる。

 勇者、などと持ち上げられていい目を見た奴の方が少ないと詐欺を物語から暦は知っていた。

 傍から見る分には面白いが実際になってみたいかと言われると話は別であろう。

 誰かに振り回される。

 この事は想像する以上に不快なことなのだから。

 

「……はぁぁ、胃に優しい食べ物とかあるよな。まったく、何かは知らないが、初対面の奴に迷惑を掛けるなよ」


 森の奥に向かって、ゆっくりと歩き出す。

 選択肢はほとんど無きに等しかったが、それでも彼はこの時、道を選んだ。

 長い戦いと、世界を救う戦いの幕はこのようにひっそりと始まったのだった。




「ふーむ、ここは……。なんていうか、妙な場所だな」


 歩き出してから数分。

 過ぎ行く光景は変わらずに森の中なのだが、所々に人間の営みが窺えるようになっていた。

 正確にはかつてあったであろう営み、なのだが。

 

「あれは、民家で。こっちは、あれか、出店的な奴か?」


 暦に海外への渡航経験はない。

 現代日本の神器たるテレビの恩恵があるおかげで、それが外国にあるような建築方式である、ということは判別できたがわかるのはそこまでだった。

 大した情報ではないが、暦が注目したのは建築様式よりも、その建物が完全に森に飲まれていることの方である。

 仮にこの地に人間に似た知性体が存在するのならば、どう考えてもおかしいとしか言いようがないだろう。

 常識で考えて森に飲まれるようなところに家を建てることはない。

 オカルトに相応しく森に住まう種族だというのもあり得なくはなかったが、廃墟となっていることを合わせて素直に考えていいだろう。


「となると……。此処はあれだな。滅んだ場所、ってところか?」


 人が結果的にいなくなり、後に森になった。

 そのように考えた方が自然である。

 暦の目に映る光景は、彼の嫌な予感を補強するものでしかなかった。

 続く光景が彼の予想を補強するものだったのも、大きいと言うべきか。

 

「あれは……骨か。ふーん、なるほどね」

 

 教科書で誰でも見たことがあるだろう人間の頭蓋骨が無造作に転がっていた。

 神聖で厳かな空気に妙に薄ら寒いものが混じっていると思っていたが、それもそのはずである。

 

「ここは、墓場か。……趣味の悪いことだよ。本当にな」


 此処は野晒しの墓所なのだ。

 何かに襲われ、結果として此処に森が出来た。

 当たってもまったく嬉しくない予想に微妙に顔を青くしつつ、それでも暦は前に進む。

 嫌で嫌で仕方がないが、同時に逃げるような情けない行動も嫌だった。

 他人を騙すのに心は別に痛まないが、自分を騙せるほど器用ではないのだ。

 なけなしの見栄で平静を保つ。


「……見栄ね。本当にそうならいいんだけど」


 自分の器は自分がよく知っている。

 いくら異常が続いていると言っても、いや異常事態が続くからこそ普通はパンクするはずなのだ。

 なのに自然と処理出来ている、割り切ることが出来る。

 確かに暦はそのような人間ではあるが、そこまで飛び抜けてもいない。

 

「あまり深く考えても仕方がない、って何度目だよ、自分に言い聞かせるの。本命に来たみたいだし、そろそろ切り替えないとな」


 妙の調子の良い目を凝らして先を見つめると、大樹に埋もれているが神殿のような建物が見えた。

 暦を呼ぶ感覚もその神殿の中から発せられている。

 

「この森はあそこからできたのか。あー、嫌だな……」


 心が妙にざわめく。

 全力でプラスに考えても、良い未来が見えてこない。

 そもそも多少頭が回れば、こんな場所に気付けばいた時点で詰んでいたことに気付く。

 それでも直視しないでいたのだが、そういう訳にはいかなくなってしまうのだ。

 ここから先に進むにはそういう覚悟がいる。


「覚悟、ね。……まさか、俺の人生でそんな言葉を使うことになると思わなかった」


 どん詰まりならば笑うしかない、と苦笑を浮かべるも意を決して前に進む。

 古今東西、超越存在など言うものは出来れば遠くにいて欲しいものなのだ。

 断じて関わり合いになりたくないが、残念ながら関わらないという選択肢が消滅している以上は次善の選択を選ぶしかない。


「せめておっさんとかはやめてくれ。可能ならば女にして、いや、本当に冗談抜きで」


 男子高校生らしい欲望を口にしながら、暦はゆっくりと神殿の中に足を踏み入れるのだった。






 入って感じたことは圧倒的な存在感である。

 修羅場など良くて高校受験の緊張感しか知らない暦が直感で死んでしまうと感じるほどに此処は危険な場所だった。

 まるで自然災害の前に無防備に立っているかのような感覚。

 暦の生命体としての何かに直接的に力を叩き付けてきていた。

 首筋と背中に嫌な汗が浮かぶ。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。どっちかと言うと、俺は君子危うきに近寄らずの方が信条なんだが」


 足を進める度に猛烈に後退したくなる。

 進んでも厄ネタ、下がったら遠くない死、と究極の2択の前には嫌でも選ぶしかないが、それでも避けたいのが信条だった。

 既に選択肢を選んだ後だが、それでも猛烈にバック走をしたくなる衝動は誤魔化せない。


「嫌だ、嫌だ。どうして、こんな事になるかね。俺は誠実、真面目に生きてきたのに」


 見たくない、と思うも足はしっかりと進む。

 結局のところ、暦の言葉はあくまでもポーズでしかなかった。

 彼は庶民である。

 面倒が嫌いであり、同時に安定を求めている。

 そこに嘘、偽りは存在せず、心底そのように思っているのだが、ほぼ同位の深さでまったく別方向の想いも持っていた。

 日常が詰まらない、だからこそ刺激を求める。

 退屈な何かを壊してくれるものを求める気持ちは彼の中にもしっかりと存在していた。


「……ここ、か」


 廃墟を進んでいくと、今まで明らかに雰囲気の違う場所に出る。

 ここが終点だと、理屈もなく暦は直感した。

 背反する想いが胸に過り、それでも少年は前に進む。

 眼前の扉だったであろう場所には膜のようなものがあり、そこが分水嶺だとわかった。


「よ、よっしゃ! 行くぞ!」


 意を決して、結界らしきものを越えて行く。

 祭壇と呼ぶべき場所は崩れており、美しさの欠片も存在していない。

 およそ偉大な者が鎮座するとは思えない場所だが、中心部分とでも言うべきだろうか。

 部屋の中央にある部分に巨大なクリスタルが存在している。

 クリスタルの色は『白』。

 そして、その中にはそのクリスタルを霞ませてしまうような圧倒的な存在感を持った『ナニカ』がいた。


「――――綺麗だ」


 クリスタルの中には人間の姿をしているが人間ではない『ナニカ』が存在している。

 一糸纏わぬ裸身を前にして、暦は性的な衝動よりも美しすぎる存在を前にした感動で震えていた。

 性衝動は種を残すための本能に根付いた欲望である。

 暦は勘に過ぎないが、目の前の『ナニカ』がそういったものと無縁の存在だと感じ取っていた。

 そうでなければこうまで美しいはずがない。


「……い、いや、見惚れてる場合じゃないだろう。か、考えろよ。これ――いや、彼女が首謀者だろう。どう考えても」

 

 外見的な年齢はおよそ暦と同じほどだろう。

 均整のとれた肢体を惜しげもなく晒し、少女は眠りに就いている。

 美しいクリスタルの中で眠る少女。

 そこだけは下界の穢れとは遮断された彼女の揺り籠ようだった。


「緑……? に、日本人じゃないよな。いや、そもそも人間かよ」


 日本人ではないことは明白だが、なるべく見てはいけない部分から目を逸らしつつ観察を続ける。

 髪の色は緑、鮮やかで活力を感じさせる緑色だった。

 大地、というほどに奥深くはなく、草原とでも言うべきだろうか。

 若さに溢れている。


「って、いや、何を冷静に観察している。違うだろ! 状況を動かそうぜ。というか、変態じゃん、俺!」


 物凄い美人の裸体をマジマジと見つめる、という自分の所業を改めて振り返る変態以外の何ものでもことに気付く。

 性的な感覚を抱かないのと、見ても良いと言う事は別の話である。


「……ど、どうしようか」


 クリスタルを叩き割る。

 選択肢の1つではあるが、最初に選ぶものではなかった。

 最終手段としておくべきだろう、とそこまで考えて思考を破棄する。


「いや、ないだろ。どうして、最初にその選択なんだ」


 もう少し穏当なことを考えようと思考するが、直ぐに目の前にいる少女に視線を奪われてしまう。

 顔を伏せてしまうのは妙な罪悪感があるからだろうか。

 まるで新雪に墨汁でもぶちまけたかのような後味の悪さがある。


「あー、うん。ま、待つか」


 とりあえず落ち着かせるという意味も込めて暦はクリスタルの傍に腰を下ろした。

 膝を抱えるような形で座り、なるべく背後のクリスタルを視界に入れないようにする。

 問題の先送りでしかないが、とりあえずは待つという選択をすることに決めたのだ。

 さしあたって考えるべきことは彼女がいつ目覚めるのか、ということだった。

 これが数時間なら問題はない。

 数日でも許容範囲にはなるだろう。

 しかし、数週間、数ヶ月、数年などとなるいろいろと不都合が生じる。

 暦は現代日本の学生なのだ。

 人里があってもこの世界、この場所で生きていけるか怪しいのである。

 不思議世界に付き物である不思議な力の1つや2つはないと待っている間に餓死確定だった。


「ど、どうしようかな……。は、はは、こんな事態になって考えるのがメシとかの心配なんだから、俺って以外と――」


 大物じゃないか、と続けようとして背を伸ばす。

 その時、本当に僅かだが暦の指先がクリスタルと接触する。


「――おい、え……待て待て!」


 気のせいでなければ、背後のクリスタルに何か動きを感じた。

 背を向ける形で腰掛けていたため、慌てて背後に振り返ると、


「な、なんだよ」


 激しく発光するクリスタルがそこにはあった。

 色は次々と切り替わっていく。

 赤、青、緑、白、黄色、淡色や濃色も含めたら、それこそ数えきれないほどの色で彩られていた。


「な、何かしたのか? え、マジで? どうすりゃいいの?」


 発光するクリスタルは暦の狼狽を他所に激しく点滅を繰り返し、ついに破断点を超える。

 危険を感じ取った暦は僅かに距離を取るが間に合うはずもなく。


「ちょ、これは明らかにマズ――」


 暦は最後まで言葉を言い切ることは出来なかった。

 言い切る前にクリスタルが内部から激しい力の噴出を受けて砕け散ってしまったからだ。

 事態の急変についていけず、暦は流されるままに運命の中に取り込まれる。

 有無を言わせず、おまけに退路もない強引なものだったが、彼は既に選択していた。

 だからこそ、ここから先の展開は『運命』だったのである。


「な、なんだ……!?」

 

 煙で視界を奪われている中、衝撃が来ることを覚悟していたのに一向にその時は訪れない。

 恐る恐るとかだが、瞳を開いて状況を確認する。


「これって、ば、バリアか?」


 自分を守るように展開されたそれは彼の知識の中に該当するものはない。

 1番それらしいものを思い浮かべるも、正解かどうかわからなかった。

 何より最大の異変が自分の身に起きていたため、それどころではなくなったのが最大の理由だろうか

 

「おいおい、ちょっとまてこれは……」


 自分の心臓の辺りから緑色の1本の線が煙の向こうに伸びている。

 それに気付くと同時に明らかに何かが近づいてくる気配を感じた。

 瓦礫を踏みしめるような足音。

 暦以外で足音、などという要素を出す存在は1人しか存在しない。


「…………」


 無言を貫こうとするが、努力の甲斐もなく唾を飲み込む音が周囲に嫌に響く。

 そして、暦が気が付いた時、その存在は彼の頬に手を添えていた。


「なっ……!?」


 まさに瞬きの間に、という表現がぴったりと合う。

 先ほどまでクリスタルの中で眠っていた少女が、直ぐ傍で暦と見つめ合っている。

 閉じられた瞼の中には宝石に優る輝きを携えた緑の瞳があり、真っ直ぐに暦を見ていた。 

 その視線だけで暦は金縛りにあったかのように身動きが取れなくなる。

 数分だったのか、それとも数秒だったのか。

 時間の感覚を失いつつも暦はなんとか口の筋肉を動かそうと努力する。


「あ……え、は、初めまして? 俺は今川暦って言うんだけど……。そちらは?」

「……?」

 

 不思議そうに首を傾げられて、暦のなけなしの勇気が圧し折れそうになりながらもなんとか次の言葉を発送とした時、


「ん?」


 再び、気付けばという状況に暦は陥っていた。

 一瞬の隙を突いて、と言う他ない早業で暦の唇は目の前の美少女に奪われる。

 普通は逆だろう、と何処か冷静にツッコみを入れつつ、あっさりと散った自身のファーストキスに思いを巡らそうとしたのだが、


「ガッ!? い、痛い……頭がわ、割れる! グごッ、がッ……!?」


 流し込まれる知識に、訳が分からないが圧倒的な何か。

 今の暦にはまだ理解できないものを無理矢理叩きこまれて、あまりの激痛に自己という手綱を手放しそうになる。

 消えそうになる意識、そのまま自分が死んでしまいそうな感覚さえ覚え、恐怖に悲鳴を上げそうになった時、確かに奇跡は起こったのだ。


「セレナ」

「――へ?」


 一瞬、痛みも恐怖も忘れて目の前の光景に見惚れる。

 先ほどまでは綺麗であっても人形のようだった少女が柔らかく微笑み、


「セレナ、私はセレナセレスティア。い、いらっしゃい、暦?」


 と名乗ったのだ。

 それが暦の中にこの世界で最初に焼き付いた光景。

 これから先の戦いを駆け抜けるための原動力となったもの。

 決して忘れないように魂に刻み付けて、彼は今度こそ意識を手放すのだった。


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