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IRiS  作者: 天神大河
第1章 7月18日、変革
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第1節


「そこにいるのは、誰?」

 『女王』は、宮殿の庭にある巨大な神樹に向けて、穏やかな口調で問いかける。初代国王が国を興した時に植えたこの樹は、幾重もの根を地面に巡らせ、数百年を経ても衰える気配を見せないまま、国民たちに王国の威厳を静かに伝えてきた。そんな長い歴史を誇る神樹の木陰から、ライトグレイの鎧を全身に纏った若い女騎士が姿を現す。彼女は足音を立てずに女王の足下に近づき、そのまま(ひざまず)いた。

「ああ、『アリス』じゃない」

 女王は、幼い頃から顔見知りであった女騎士――アリスに微笑を見せる。対する若き騎士は片膝を地面につけたまま、真顔で右手の拳を左胸に当てた。国を統べる王への従順の証だ。これを見た女王は、小さく溜息を漏らす。

「ねえアリス、今はわたしたち以外に誰もいないわ。だから、昔みたいに笑って」

「できません」

 アリスは短く、しかし鋭い口調で王の言葉を否定する。女王は目元にうっすらと涙を浮かべながら返す。

「どうして?」

「わたしたちはもう、一国を統べる王と、ただ王に従うだけの騎士の関係です。私情を挟みこむ余地はありません」

 アリスの冷ややかな言葉に、女王は左右の目と頬を赤らめた。我らが女王に祝福を(イル・ベニッタ・ノーツ・レイン)、失礼いたします。アリスはそう言うと静かに立ち上がり、女王に背を向ける。

 まって。

 女王はアリスへ必死に声を振り絞る。

「アリス、わたしはあなたに惹かれてた。幼い時から、あなたはわたしには無いものをすべて持ってた。羨ましかった。だから……わたしにはあなたが必要なの」

 女王の目から一筋の涙が零れ落ちる。なんて勝手なことを言っているんだろう、わたしは。アリスは、ただ女王であるわたしのためを思って言っているだけなのに。どうしようもない自らの独占欲を痛感し、女王は小さく嗚咽を漏らした。アリスは、そんな彼女に背を向けたまま、ゆっくりと告げる。

「女王陛下、わたしはあなたの、そしてこの王国の騎士なのです。常に忠誠を胸に、あなたとあなたの国を守る義務を持って日々を生きています。どうか、ご理解ください」

 そこまで言って、アリスは一面に広がるコバルトブルーの空を見上げた。東にある紫色に染まった空は、もうすぐ夜が明けることを暗に告げていた。

「ですが」

 アリスは女王へ向き直り、彼女の頬を流れる涙を自らの指で掬い取った。女王は、久々に間近で目にしたアリスの凛々しい表情に、胸の鼓動が速くなっていくのを感じた。

「あなたが望むなら。わたしは、あなたの騎士として。この世界を、変革してみせましょう。あなたが心から笑うことのできる、自由な世界を。きっと、創り上げてみせる――」

 そう口にするアリスの眼差しは、彼女自信の決意を表したかのように真剣な、それでいてどこか愁いを帯びていた。




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