幸せなお嫁さんになることです。
リーチェの言葉は本当に驚愕だった。
──────魔女でも子供産めるのか…
相手はまだ未定だが…子供…
私に────────家族に見放された私に、子供を育てられるのだろうか?
──────そんな私を愛してくれる人は本当に居るのだろうか…………
マリア曰く、リヒト曰く。
アレクの表情筋は産まれてからずっと、まったく変わらないらしい。
笑うことはもとより、怒ることも滅多に無いという…。
つい…お前は僧侶か?と思ってしまったのは秘密だ。
だが、感情はちゃんとあるらしい。
そこまで動かないのであれば、完全に動く人形でしかない。
──────私と同じ、か…
違うのは──────温かい家族が居ることくらいだろう…
──────あぁ…こんな家族と居たら幸せだったのかも知れない…
今更な話だし────変える事の出来ない現実だけれど………
******
「ミア、そなたはどう考えるのじゃ?」
「そうね…ここの金額とこっちの金額の差が…同じことしてるのにおかしい」
「ほぅ…」
「金額がズレてるのは…ここ一年位前からだから…領主か作業担当者のどちらかが替わったんじゃない?」
「うむ…調査させよう…マデリー公、よろしく頼む」
書類を見せながら説明すると、前皇帝は頷きながら目の前に居た男性に渡した。
「了解しました。 ミア様、ありがとうございました。 失礼します」
書類を受け取り礼をして部屋を出て行く男性を見送り、私は静かに嘆息した。
──────上に上げる前に何故自分で気づかないのか…
「一応今の担当者も警戒したほうが良い。 僅かな差額だが、個人で横領するには多すぎる額だ。 もしかしたら…二人か三人でしている可能性がある」
「そうだな…ユーグ、」
「畏まりました。 至急調べさせます」
退出するユーグを一瞥しグラスに入ったワインを呑み、私はどの世界も腐った奴はどこにでも居るのだな…と思った。
こうやって執務を手伝うようになったのは、一週間前から。
あまりにも暇でたまたまアレクに執務室に連れて来られ、何気なく眺めていた書類の不備に気づいたのがきっかけだった。
今ではこんな風にワインを呑みながら手伝っている。
「ミア…ワインばかり呑んでいると体に悪いぞ」
「大丈夫大丈夫♪ お水だからな♪」
心配そうなアレクに意識して口端を上げて、私はワインに舌鼓を打ちながら近くにあった
スコーンのようなものに手を出した。
「今日はこのくらいか? ならばリーチェに呼ばれてるから行って来る」
「了解した。 夕食は食べるのだろう?」
「もちろん。 では行って来る」
グラスを机の上に置くと、心の中で念じ、一瞬でリーチェの部屋へと飛んだ。
「義姉様っ! お待ちしていましたわ!」
「あれ? セリアもリーチェの所に居たのか」
駆け寄ってくるセリアを抱きしめて、私は楽しそうに微笑ているリーチェに視線を向けた。
「ミア…今からドレスの仕立て屋が来る。 お主も作らねばのぅ」
「あ~…やっぱり?」
「これから民衆の前にも出なければならなくなるからのぅ」
「………あんまり出る気は無いんだが…」
「まぁ…それは仕方が無いのじゃ…ミアは【神様の御子】だからのぅ」
「侍女達の中では、義姉様は【漆黒の大魔女】様と呼ばれているらしいですわ」
「…………………………」
セリアの言葉に苦い気持ちになりながら、私は諦めてソファに座った。
確かにこれから先、リーチェやアレクと共に表にも出なければならないのだろう…。
正直に言えばまったく出る気は無いのだが…この城に住んでいる以上は無理だと理解はしている。
「ミアは肌が白いし髪は綺麗な黒だからのぅ…絶対に野郎共が放って置かないだろうからなぁ……アレクの赤を身に纏って居た方が安全じゃし…面倒な野郎共から煩わしい思いはしないじゃろうて…」
視線は仕方無いけれどもな、と苦い笑みを浮かべるリーチェも、きっとそれを体験しているのだろう。
因みに────【鉄壁の大魔女】がリーチェの二つ名だとセリアとマリアに聞いた。
「アレクのあのぺったりが無ければなぁ…鷹のようで格好良いんだが…」
「まぁそれも仕方の無いことじゃ…アレクはミアが初恋の相手じゃろうしのぅ…」
「…27歳で初恋……」
「そしてお兄様の夢はお嫁さんと幸せで穏やかな家庭を持つことなのよ」
セリアの言葉に────ちょっと心が揺れ動かされたのは内緒だ。
──────────だって私の夢も…幸せなお嫁さんになることですから。