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副隊長のバレンタイン

主人公たちは1話分で終わりって(笑)

 その日オーランジュは朝からフレアに捕まった。曰く――――絶対にユーリックを厨房に近づけるな。夕方にサーシャマリーの部屋でお茶会があるから、殿下にぜひ参加してほしい。――だった。

一瞬、なんじゃそりゃ?と思ったが、きょうがバレンタインだと気付いたオーランジュは大人しく従うことにした。


 バレンタインは彼にとってあまりいい日ではない。突然物陰から出てきた侍女に驚かされたり(その後チョコを押し付けられる)、貴族の令嬢からは問答無用の贈り物が届いたり(丁重に送り返すが)、めんどくさいことこの上ない日である。あげくには近衛隊員がそこらじゅうでそわそわ浮足立っていたりするのである。

その点、今年はユーリックの護衛に一日就くことになったのでいくらかはマシだろう、と思っていたらフレアからの『ご命令』だ。大したことはない、と請け負ったが、意外とユーリックに仕事をさせるのに手間取った。常に偉大な父の後姿を追って良き為政者であろうとするユーリックが上の空なのは珍しい。そんなにいいもんかねぇ、と思いつつも、彼の気にしている相手がサーシャマリーな事は明白なので苦笑しながらも付き合っていた。


 夕方、サーシャマリーの部屋で催されたお茶会で、ユーリックは最初こそ暗雲立ち込める雰囲気を出していたが、すぐに彼の誤解が解けるといっそ晴れ晴れとした表情をしていた。彼が王女の指先に唇を寄せた時は、またか!と思ったが、部屋の隅に控える侍女たちからは黄色い悲鳴があがる。『物語の王子様』を地で行く彼の様子は、彼女たちにはたまらないのだろう。

そっと、そちらに視線をやると頬を紅潮させた侍女たちが侍女頭に目でたしなめられている。そんな中、ただ一人フレアだけが困ったように眉をしかめていた。――――姫様、お気の毒に…どうやらユーリックの王子様光線にまったく反応していない幼馴染を見て、オーランジュは少しだけほっとした。



 お茶会が終わったユーリックを部屋へ送り届けると、オーランジュは鍛錬場横にある近衛隊の隊舎へ向かう。今日の警護は他の隊員へ引き継ぎ、明日隊長が戻るまでに済ませておかなばならない仕事を片付けるためだ。

ふと、隊舎から侍女が出てくるのが見える。ドレスの色からして王女付きのようだが、なによりも特徴的なその髪の色で、オーランジュは遠目からでもそれがフレアであることがわかった。


――――何してんだ、あいつ?

 自分に用があるなら隊舎に入る必要はない。どころか、そんな危ない橋はフレアなら絶対に渡らないだろう。と、いうことは自分以外の者に用があったということか。

 知らず柱の陰に隠れるようにして様子を見ていると、フレアの後から一人の隊員が出てきた。どうやら自分と同じ第二近衛隊の者のようだ。

 

 フレアが彼に振り返ると、男は満面の笑みで応えている。軽く礼をして歩き出したフレアの後姿をしばらく見送り、彼は隊舎へ入って行った。どうやら見送りに出てきたらしい。

かごを片手にこちらへ歩いてくるフレアに気付かれないよう、オーランジュはそっといつもの脇道に身体を滑り込ませた。


「…おい」

「へ?…きゃあっ!!」


 目の前を通り過ぎようとするフレアに声を掛け、その腕を掴むと脇道に引っ張り込んだ。


「び、びっくりした~~!なにすんのよ!」

「お前こそ、何してんだ?」


 存外低い声に、フレアは彼が不機嫌なのを悟る。


「なにって…お届け物?」

「なんの?」

「お菓子、だけど…」

「誰に?」

「はあ?あんた、どうしたの?」

「いいから、誰に?」


不機嫌に問い詰めてくるオーランジュにフレアも眉をしかめる。


「誰って、近衛隊の第二、第三隊の方たちよ?」

「方たち?」

「そうよ。今日姫さまと一緒にお菓子を焼いていたのは知ってるでしょ?」

「ああ、昼間厨房に籠ってた…」

「そう。その時にね、姫様が『近衛隊の皆さんにも』って言いだされたんだけど。私たちで止めたのよ」


 相手が一人ではなかったことに義理っぽさを感じたオーランジュは、一応不機嫌さをおさめる。それを見てフレアもほっとしたように事情を話しだした。


「なんで止めたんだ?ってそもそもなんで姫様は俺たちに?」

「姫様からの『いつも兄様と自分を守ってくれてありがとう』っていう感謝の気持ちを込めて、よ。でもさ、もし姫様お手製のお菓子が義理とはいえ近衛隊の手に渡ったって、ユーリック殿下がお知りになったら…ちょっとやっかいよね、ってみんなで相談したの。それで、近衛隊の皆さんには、私たち王女様付きの侍女たちからお菓子を渡します、って姫様にお話ししたのよ。その方が姫様もユーリック様へのお菓子作りに専念できるしね」


名案でしょ?と言うフレアに納得する。確かにあの様子のユーリックがサーシャマリーの菓子を近衛隊が食べた、などと知ったら次の日に間違いなく鍛錬と称した地獄が待っているに違いない。オーランジュは今さらながら、彼女たちの機転に感謝した。


「で、お前がお使いか?」

「そうよ。どうせ今日はもう終わりだし、あんたに用もあったしね」

「俺に?」


うん、と頷いて手にしていたかごからリボンのかかった袋を取り出す。

はい、と渡してくる袋は手の中でほんのりと温かい。


「あんたどうせチョコなんかもらっても食べられないでしょ?」


甘い物が苦手なオーランジュはバレンタインにチョコを貰うことなど嫌がらせでしかない。長い付き合いでそれを知っているフレアは、毎年オーランジュに突撃していく侍女たちを気の毒そうに見ていたのだ。


「私たちが近衛隊に差し入れたお菓子もけっこう甘いのよ。だから、それは砂糖をほとんど使ってない特別仕様よ!」


腰に手を当て、どうだ!と言わんばかりのフレアに視線を向け、オーランジュはリボンをゆっくりほどく。


「…うまいんだろうな?」

「失礼ね!おいしいに決まってるじゃない!文句言うなら返しなさいよ!」


先ほどまであらぬことで機嫌を損ねていた自分をごまかすように言うオーランジュに、その言葉をまともに受け取ったフレアは彼の持つ袋を取り返そうと突っ込んでくる。それを片手で受け止めると、フレアの頭を脇に抱え込むようにして拘束する。


「ちょっと!!離してよっ!!」

「暴れるとこけるぞ」


じたばたするフレアの頭の上でガサリと袋が開く音がする。その瞬間、フレアの動きがピタリと止まる。

まだ温かさの残るマドレーヌ。それを一つつまんで齧るとほんのりと蜂蜜の味がする。


「ああ、うまいな」

「ほんと!?」


ガバッと腕の間から頭だけ上向けたフレアが満面の笑みを向けてくる。それに苦笑しながらオーランジュは頷く。


「ああ。これなら食える」

「よかったぁ。他の人たちのに紛れ込ませてこっそり焼いたから味見できなくって」


腕につかまりながらにこにこしているフレアの顔の前に、オーランジュは食べかけのマドレーヌを突き付ける。ほれ、といいたげな顔をちらっと見上げるが、戸惑ったのは一瞬でフレアはそれをぱくっと口に入れる。


「…う~ん、やっぱり甘くない」

「そうか?充分だろ」


もぐもぐしながら言うフレアの頭を2,3回ぽんぽんと叩くと、ようやく腕を離す。


「…お前の用ってこれか?」

「そうよ。だからありがたく食べなさいよね」


照れ隠しなのか、ふんぞり返るフレアに、オーランジュは笑いかけて背を向ける。


「…もらっとく」

「お返しは3倍返しだからねー!」


歩き出した彼の背中にフレアの楽しげな声がかかる。苦笑しながら振り返ると、すでにフレアも背を向けて歩き出していた。いつもより幾分足取りが軽やかに見えるのは、自分の願望かと思いながらオーランジュはもらったばかりの袋を制服の中に隠す。――――誰にも取られないために。




その約1か月後。フリフリピンクで評判の城下の菓子屋――――抜群においしいが店内は女性客ばかり――の前でしかめっ面をして佇むオーランジュの姿が目撃されたとかしないとか。

たんなる妄想にお付き合いいただきありがとうございました。

そろそろ本編書こうと思います(反省)

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