表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

王子様のバレンタイン ②

小話なのに長くてすいません(涙)


 夕方。サーシャマリーの部屋へ向かうユーリックは若干緊張していた。今日の彼女の行動から察するに、自分への菓子をくれるのであろうことは想像に難くない。しかし、その場でもしかしたら『実は…』が始まるのではないかという予想も、まだ彼の中ではくすぶっていた。

王女の部屋の前に立つと、中がいつもより騒がしい。一瞬眉をしかめた後、ユーリックは部屋の扉をノックする。

すぐに内側から扉が開かれ、王女付きの侍女が扉を開ける。


中に足を踏みいれた瞬間、ユーリックは驚いた。いつもは落ち着いた色合いのサーシャマリーの部屋が、いたる所でピンク色になっている。カーペット、クッション、テーブルクロス…。一瞬、足を踏み入れるのを躊躇したユーリックだが、サーシャマリーの笑顔を見つけて歩み寄る。


「兄様!お忙しかったのではないですか?」

「いや、大丈夫だよ。それにしても、スゴイな」


苦笑を浮かべながら、サーシャマリーのすすめるままソファに腰を下ろす。


「うふふ、そうでしょう?今日はバレンタインですもの!みんなで朝から頑張ったの」

「そ、そうか。…なにか、今年は特別いいことでも、あったのか?」

「いいこと、そうですわね。とってもいいことがありました!」


恐る恐る聞いたユーリックの言葉に、サーシャマリーは笑顔で頷く。その瞬間、ユーリックの表情が笑顔のまま固まった。

がしっと、妹の肩を掴むと、


「サーシャマリー、私に何か隠していることがあるんじゃないのかい?」


当事者二人以外には、今ユーリックの背後が黒く染まって見える。傍から見ていると、笑顔の分だけ恐ろしい。

そんなユーリックに、サーシャマリーは驚いて目を見張る。


「すごいわ、兄様!どうしてわかったの!?」


否定してほしかった言葉の答えに、ユーリックは心の中で――――絶対始末する!と叫ぶ。


「さあ、兄様に言ってごらん。どこの身の程知ら…いや、誰なんだい?」


きょとんと小首を傾げるサーシャマリーは、彼の言葉の意味が理解できなかったようだ。


「隠さなくていいんだよ、サーシャ。今日一日厨房に籠っていたのはそのためなんだろう?」

「そうですが…わたくしが差し上げるのは兄様だけですわ」


そう言ってにっこり笑うと、大ぶりなピンクのリボンを掛けた真っ赤なハート形の箱を差し出す。

ユーリックは一瞬にして背後の黒雲を払い、びっくりして妹の目を見つめ返す。


「私にだけ、かい?」

「はい、もちろんですわ!いつもお世話になりっぱなしなんですもの。サーシャは今日兄様のために頑張りました」


「では、いいこと、とは?」

「今年初めて自分で作ってもいい、と許可が出たんです!料理長は厳しくて、毎年門前払いだったんですけれど…今年は侍女たちが一緒に説得してくれて」

「では一緒に作ったのかい?」

「はい!でも、兄様のはわたくし一人で作りましたわ。おかげで何度か失敗してしまって…でも、なんでわたくしが失敗したのをご存じだったんです?もしかして、焦げ臭いですか?」


そう言ってドレスの袖を顔に近づけるサーシャマリーに、ユーリックは笑顔でそっと、その手を止める。


「いいや、甘くていい匂いしかしないよ、サーシャ。ありがとう、嬉しいよ」

「どういたしまして。では、さっそく開けてみてください!」


ピンクのリボンをほどきながら、そう言えばとユーリックが顔をあげる。


「父上には作らなかったのかい?」

「ええ。本当はお父様にも、と思ったんですけれど。お昼ぐらいにお母様が厨房にいらっしゃって、一緒に作っていたんです。そしたら…兄様、お母様がお菓子を作られる、ってご存知でした?」

「いや、初耳だが…」

「わたくしもです!もう、びっくりするくらいお上手なんですよ!こーんな大きなチョコレートケーキをパパっと作ってしまわれて!…あれを見てわたくしやる気がなくなりそうでしたわ」


思わぬところで見せつけられた母のすごさに、サーシャマリーは頬を膨らませている。


「ですから、お父様にはクッキーを一枚だけにしました。お母様のケーキの上に乗せておいたので十分ですわ」

「それは…大変だったな」


思わず苦笑するユーリックだが、きっと今頃父親はそのケーキを一人で完食しなければならないプレッシャーに苦しんでいることだろう。そう思うとサーシャマリーの当てつけじみた行為は、父にとっては救いかもしれない。


 ハート形の箱をそっと開けると、中にはチョコレートチップのたっぷり入ったクッキー、ココアパウダーのかかったショコラ、それと一口サイズのチョコレートケーキが入っていた。ところどころ形がいびつなのもいじらしい。

ショコラを一つつまんで口に入れる。とろりと溶けるその甘さに顔がほころぶ。隣にいる目を輝かせている妹に、ユーリックはその極上の笑顔を向ける。


「おいしいよ」

「本当に!?よかった!!たくさん食べてくださいね」


うきうきとお茶を兄のもとへ寄せるサーシャマリーに、ユーリックはその手をそっと取って顔を寄せる。


「ありがとう、サーシャマリー。君の『愛』は確かに受け取ったよ」


キャーという、侍女たちの黄色い悲鳴とともに、バレンタインのお茶会はゆっくりと過ぎていく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ