王子様のバレンタイン ①
最近主人公たちよりこの兄妹を書いてる方が楽しくて仕方ありません。
ヤバイなぁ、お兄ちゃんがヘ○タイになりそう(笑)
――――サーシャマリーが厨房を借りきっている。
そんな話が王城を密やかに流れた。事実、サーシャマリーは自分に近い侍女たちとともに今日は朝から厨房にこもっている。日付がらバレンタイン用のチョコレート菓子を作っているだろうことは簡単に予測できたが、誰も大っぴらにその話はしなかった。年端もいかない王女を微笑ましく見守るために。
しかし、城内で一人。気が気でない者がいた。
それはもちろん兄、ユーリック。用もないのに事あるごとに厨房の方へ向かう道を使いたがる。だが、それもあっさりと阻止されてしまうのだが。
「殿下、道が違いますよ」
第二近衛隊長が朝から遠方へ出かけているため、今日の護衛はオーランジュだ。突然角を曲がろうとしたユーリックに、立ち止まってまっすぐの廊下を指し示す。
「あ、ああ。たまには気分転換にいいかな、と思って」
「そちらには何もありません。気分転換には中庭でも通ったらいかがですか?」
「そう、だな。いや、やっぱりいい」
残念そう歩き出すユーリックに、相変わらずの無表情がついて歩く。おそらく彼にもチョコレートを渡したい女性がたくさんいるのだろうが、任務中のオーランジュは彼女たちの視線に目もくれない。
そのまま執務室に着いたユーリックは諦めて机の上の書類に目を通し始めた。
サーシャマリーの動向を気にしていることがバレバレなユーリックに、部屋にいる彼の側近たちは気の毒そうな、申し訳なさそうな表情だ。ただ一人を除いて。
「殿下。ちゃんと読んでますか?」
例外の無表情男が声を掛ける。書類の上を上滑りしていた視線を彼に向ければ、ようやく表情を変える。ちょっと呆れたように。
「サーシャマリー様が気になるのは解りますがね」
「オーランジュ!なんで解っているのに邪魔するんだ!?」
「ご命令ですので」
「誰の!?」
「王女殿下の」
ニヤリと笑ったオーランジュの言葉に、ユーリックは一瞬呆然とする。
「サーシャの、命令?」
「はい。『絶対にユーリック様を近づかせないでくれ』との仰せです」
「ど、どういうことだ?」
「さあ?邪魔されたくないのでは?」
肩をすくめるオーランジュにユーリックはますます混乱する。つい先日、自分が兄に甘えてもいいのか?と問うてきたかわいい妹が、『邪魔するな』と。
「まさか…男か?」
「は?」
不穏な空気を纏ってきたユーリックに、側近たちは半歩後ずさる。
「サーシャにどこぞの男が近づいたのか?」
「いえ、そんな話は聞きませんが?」
背中に黒雲を背負っているような雰囲気に、オーランジュ以外が気圧される。それに、さすが陛下の息子だな、などとのんきに構えていたオーランジュだが、このままでは本当に仕事にならなさそうだ。
「ご自分で確かめられてはいかがですか?」
「聞けるかっそんなこと!!『実は…』とか言われたら、私は間違いなくその男を殺す…っ」
――――いやいや、そこは耐えてくれ。
ユーリックの妹愛には毎度驚かされるが、よもやここまでとは。さすがにオーランジュも殺気をまき散らすユーリックを放っておくわけにもいかず、このあたりで止めにかかろうと思う。
「あ~、殿下。後ほどお伝えしようと思っていたのですが」
「なんだ!?」
今にも人を殺しそうな目で見てくるユーリックに、オーランジュはあえて無表情で伝える。
「サーシャマリー様から言伝を預かっております。『夕方以降、お時間ができればお部屋へお越し願いたい』とのことです」
「…サーシャが?」
「はい。ただ、本当はもっと直前にお伝えしようと思っていたのですが…今のままですと夕方にお時間は取れません。いかがいたしますか?俺からお断りを…」
「しなくていい!!必ず行くと伝えよ!オーランジュ!お前ももっと早く言え!」
とたん殺気を引っ込め、机に向かい猛然と書類に目を通し、サインをし始める。そんなユーリックに、側近たちは慌てて動き出し、オーランジュはやれやれ、と肩をすくめる。
「先に言っていたらそわそわして仕事にならないかと思ったので。でも、逆でしたか」
「うるさい!お前はサーシャの部屋へ持っていく手土産でも考えていろ!」
「…俺が考えてもよろしいんですか?」
その言葉にユーリックの手がピタリと止まる。おもむろに顔をあげ、側近の一人にペンを向けると
「やっぱりいい。ピート、お前茶に詳しかったな。珍しい茶葉を見繕ってきてくれ」
「は、はい。かしこまりました」
慌てて出ていく側近に目もくれず、再び書類に目を走らせる。
その後、終わらないかも…と諦めかけていた側近たちの予想を見事に裏切り、日が傾く前にユーリックは本日の執務をすべて終えた。