「殿下、わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの?」横領する悪女と呼ばれましたが、実は諜報機関のトップでした!?〜代々諜報機関を統べる令嬢、婚約破棄されても余裕ですわ!~
「セラフィナ・ノクターン! 貴様との婚約は、本日をもって破棄する!」
大広間に響き渡る第一王子レナルトの声を聞きながら、わたくしは静かに扇を広げた。
「あら殿下、理由をお伺いしてもよろしくて?」
「貴様が裏で不正な蓄財をしていたという証言がある! この国庫を横領する悪女め!」
会場がどよめく中、わたくしは思わず笑いを堪えた。“横領”、とは面白い言い分である。
実際のところ、わたくしの家門が代々受け継いでいるのは、国庫の横領ではなく、この国の裏側を統べる諜報機関「夜蔦」なのだから。
(さて、殿下は一体どこまでご存知なのかしら?)
表向きは大人しい公爵令嬢を演じているが、実のところ、わたくしはこの国のあらゆる秘密を握る組織の長である。もちろん、目の前で威張り散らしている殿下の秘密も、既に隅々まで把握済みだ。
「あら殿下、証拠とやらを詳しくお聞かせいただけまして?」
「くっ……もちろんだ! 見るがいい! これが動かぬ証拠だ!」
自信満々に胸を張る殿下の様子に、わたくしは思わず内心で苦笑した。この程度の書類一枚で動かぬ証拠と豪語できる神経、いっそ尊敬に値する。
---
「貴様の商会を通じた不正な取引の記録がある! これで言い逃れはできまい!」
得意げに掲げられた書類を一瞥して、わたくしは小さく笑った。
「あら、随分と古い記録をお持ちですこと。ちなみに殿下、そちらの書類.......どちらから入手なさいましたの?」
「し、知らずともよいことだろ......! そんなことを聞くということはやはりーー」
「あら、隠される必要はございませんわよ。その書類、賭博場を営むギャレット氏から買い取ったものでしょう? 殿下、最近その方に、随分と借金を重ねていらっしゃるようですし、ね?」
「な……!?」
図星を突かれた殿下の顔が、みるみる青ざめていく。
「あら、驚かれましたの? ちなみに、その借金の返済期限、三日後だったと記憶しておりますけれど。返せなかった場合、随分と物騒な取り立てが待っていると伺いましたわ」
「な、なぜそれを……!?」
「殿下、わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの?」
「そ、それは.......だが、“あんなの”は単なる噂話に過ぎん!!」
「噂話にしては、随分と具体的でしてよ。ちなみに、先々月は闘技場の賭けで、先月はカードゲームで、それぞれ大負けなさっていたようですけれど、続けて申し上げましょうか?」
矢継ぎ早に列挙される事実に、殿下は完全に言葉を失っていた。周囲の貴族たちも、驚愕の表情でこちらを見つめている。
---
「そ、それでも、貴様の不正の証拠は――」
なおも食い下がる殿下に、わたくしは扇の陰でくすりと笑った。
「殿下、そろそろお認めになった方がよろしいのでは? この断罪劇、実は殿下の借金返済のために、わたくしとの婚約を、より条件の良い相手との縁談に差し替えるための口実だったのでしょう?」
「なっ……!?」
会場が一斉にざわめいた。殿下の顔から、完全に血の気が引いている。
「ど、どうしてそれを……!? この話は、まだ誰にも――」
「殿下がお話しになる前から、既に把握しておりましたのよ? ちなみに、その縁談相手であるモンテーニュ伯爵令嬢、実は隣国の密偵と繋がりがございますの。殿下、そちらとの婚約を進めていたら、国家機密がだだ漏れになるところでしたわね」
「そ、そんな話は聞いていない……!」
「聞いていなくて当然ですわ。わたくしが今、この場で申し上げたのですもの」
「ほ、本当に、伯爵令嬢が密偵だと……?」
「ええ。証拠もお見せできますけれど、この場で公開いたしますと、色々と面倒なことになりそうですし、後日改めて陛下にご報告差し上げますわ」
にっこりと微笑むわたくしに、会場の貴族たちは呆然と言葉を失っていた。
---
「ば、馬鹿な……なぜ、そんなことまで知っている……!?」
震える声で問いかける殿下に、わたくしは静かに答えた。
「あら、殿下はご存知ないようですけれど、わたくしの家門........代々この国の情報を統べる役目を担っておりますの。婚約者だった殿下の身辺くらい把握しておりませんと、この立場は務まりませんわ」
「じょ、情報統括……? そんな家系、聞いたこともない......」
「聞いたことがないのが当然ですわ。表に出ない仕事ですもの。もっとも、社交界で大人しく微笑んでいる令嬢の家系が、まさか裏でそんな役目を担っているとは、誰も思わないでしょうけれど」
「では、我が国の全ての貴族の秘密を……?」
「ええ、大抵は。もっとも、興味のない秘密まで全部覚えているわけではございませんけれど、殿下のように分かりやすく粗を見せてくださる方の情報は、自然と頭に入ってまいりますの」
「簡単に申し上げれば、殿下が今夜どんな夢をご覧になるかも、把握しようと思えば把握できる立場、ということですわ」
冗談めかして告げると、殿下は完全に萎縮した様子で後ずさった。
「殿下.......証拠もなく断罪なさった件については、後ほどきちんとご説明いただきたいですわね。それと.......」
「そ、それと……?」
「賭博の借金については、こちらで肩代わりして差し上げてもよろしくてよ。ただし、条件がございますわ」
「じょ、条件とは......?」
「今後一切、証拠もなく誰かを断罪なさらないこと。それから、賭け事からは綺麗さっぱり足を洗っていただくこと」
「わ、分かった......! 約束する......!」
「あら、随分と素直でいらっしゃること。ちなみに、破ったらどうなるかも、ついでにお教えいたしましょうか?」
「い、いや、それは結構だ……」
真っ青な顔で首を振る殿下に、わたくしは満足げに頷いた。想像に任せておく方が、よほど効果的な抑止力になるというものである。
淡々とした提案に、殿下はがっくりと肩を落としながらも、頷く以外の選択肢を持たなかった。
---
「――というわけで、本日の婚約破棄のお話は、白紙に戻していただきますわね」
会場を見渡しながら、わたくしは静かに締めくくった。先ほどまでこちらを蔑んでいた貴族たちが、一斉に視線を逸らしている。手のひらを返すのは、いつだって早いものである。
「フィナ様、随分と恐ろしい情報網をお持ちなのですね」
会場の隅で成り行きを見ていた宰相が、感心と恐怖の入り混じった声で話しかけてきた。
「あら、恐ろしいだなんて心外ですこと。ただ、知っていることを少々活用させていただいただけですわ」
「その『少々』が、随分と規模の大きいお話でしたが」
「あら、細かいことは気になさらないでくださいませ」
「ちなみに、私の秘密も何か把握していらっしゃるのでしょうか」
恐る恐る尋ねてきた宰相に、わたくしはにっこりと微笑んだ。
「宰相閣下は、日頃から実直にお勤めでいらっしゃいますもの。特に問題になるような秘密は、今のところ見当たりませんわ」
「そ、それは何よりです……」
心底安堵した様子の宰相に、わたくしは小さく笑いを漏らした。断罪劇の主役だったはずの悪女は、こうして、この国の裏側で静かに笑みを浮かべる立場へと戻っていったのである。
「さて、次に何か企む方がいらっしゃれば、また事前に把握させていただきますわね」
不敵な笑みを浮かべるわたくしを見て、会場の誰もが小さく息を呑んでいた。理不尽な断罪劇は、こうして、思いもよらない形で幕を閉じたのである。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでもニヤッとしたり、スカッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!
「情報量の圧がすごい」「宰相の反応好き」など、感想コメントもお待ちしております!
諜報機関「夜蔦」の全貌や、モンテーニュ伯爵令嬢の顛末など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




