嫉妬探偵と堅物風紀委員の事件簿 ~IQ2億3333万の陰キャ少年探偵は「お前らが一番カップルなんだよ!」と言われながら木刀少女とともに学園のカップルどもを殲滅する~
誰もいない理科室。
照明を落としたそこでセーラー服を纏った女子生徒と学ランの男子生徒がひそかに睦み合っている。
「あ、海斗……」
「アヤメ……」
二人の性的興奮が最高潮に高まろうとしたその時だった。
ガチャ、ババーン!と扉が開け放たれ、廊下の眩い光とともに二つの影がエントリーする。
「待て! 嫉妬探偵だ!」
「違う! 風紀委員だ! 当校での不純異性交遊は禁止されている! 大人しくお縄につきなさい!」
最初に叫んだのは痩せ気味モジャ頭で丸眼鏡を爛々と輝かせた学ランの少年。
訂正したのは黒髪をポニーテールにして木刀を携え、セーラー服の袖に「風紀委員」と腕章をつけたお堅そうな少女であった。
二人ともこの高校の生徒である。
「くっ、嫉妬探偵だと…!?」
「風紀委員だ!」
海斗と呼ばれた不純異性交遊の男が呻き、風紀委員が即座に訂正する。
「いったいどうしてわたしたちがここにいると分かったの!」
「簡単なことさ」
嫉妬探偵がくい、と眼鏡を押し上げて説明する。
「君たちが昼休みになるたびに教室から姿を消すことはクラスメートからの証言で判明していた。加えて海斗くんは学級委員として職員室から特別教室の鍵を持ち出せる立場にある。誰にも見られずに逢瀬を重ねようとすれば……日ごとに理科実験室、視聴覚室、図工室を点々としていたと推理することは容易い」
顔を上げると、ギラつきが収まった眼鏡の奥から存外透き通った理知的な瞳を覗かせながら続ける。
「おとなしく投降するんだな。君たちには反省文が課せられる。抵抗しなければ、停学までは求められないだろう」
悪党二人がもはや万事休すと思われた、だがそのとき!
「ふ……ふは! ふはははは!」
と、海斗が突然顔を手で覆って哄笑した!
「何がおかしい!」
「ふふ、ふ、不純異性交遊だと? まったく笑わせる」
激高した風紀委員に、海斗は不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちがこの理科室に入ってきたのは、君たちの『後』だぞ? それでいったいどうやって不純異性交遊なんぞをすると言うんだ?」
「な!? い、いったいなにを……」
困惑する黒髪ポニテ風紀委員へ、海斗は畳みかけるように告げた。
「どうやら何も知らないようだな! この理科室は生徒のいたずらを防止するため、『内側からは鍵がかけられない』構造になっている! だがさっき君たちは『扉の鍵を開けて』ここに入ってきたんじゃないのか? つまり俺たちは君たちより前には『この理科室にはいなかった』んだ!!」
最初の『ガチャ』という擬音は、風紀委員が職員室から持ち出してきた鍵を回す音だったのだ!
「え、ええ、そうよ。わたしも海斗と一緒に、あなたたちの後ろからついてきてこの部屋に入ったわ。不純異性交遊なんてできるはずがない」
海斗の意図を汲んだアヤメもとぼけた表情で話を合わせ始めた。
「密室不純異性交遊……ッ」
ギリッ、と風紀委員は奥歯を噛みしめる。
「さぁ、俺たちを解放してもらおうか! そろそろ昼休みが終わる。教師からも級友たちからも信頼される学級委員長として、次の授業の準備をしないといけないんでね……!」
海斗が勝ち誇った表情で要求した。
釈放するしかないのか。風紀委員である自分が。このような悪を目の前にして──少女が悔しさで泣き出しそうになりながらきゅっと拳を握った。
だがその隣で、嫉妬探偵は落ち着き払って口を開く。
「一つ、訊かせてもらおうか」
「なんだい?」
海斗が応じる。
「理科室の鍵はどこにある?」
「さぁ? それがなかったということは、君たちは『予備の』鍵で入ってきたんだろう? 正規のはどこかにでも転がってるんじゃないかい?」
おどけたように肩をすくめる。
「おおっと、俺がそれを持っていると疑っているのかな? 別にボディチェックをしてくれても構わないんだぞ。この理科室のどこかに隠していると思うなら、好きなだけ探してくれていい。もっとも──それで鍵を見つけたとしても、どのみち『内側から鍵はかけられない』ことに変わりはないのだがねぇ……!」
自分のトリックがバレないという絶対の自信があるのだろう。海斗は饒舌だった。
その長台詞に嫉妬探偵は静かに耳を傾け……そして聞き終えると同時に、口の端を笑みの形に持ち上げる。
海斗がそれに不信感を覚えた瞬間、嫉妬探偵は学ランのポケットから手を出し、その指に摘まんだものを揺らしてみせた。
「『正規の鍵』はここにある」
「なに……?」
「あらかじめ入れ替えておいたんだ。君たちが今日は理科室を使う、と当たりをつけて……正規と予備の鍵を……」
思わぬ反撃にたじろいだ海斗は、しかしすぐに持ち直して言い返した。
「だ、だからなんだ! それに何の意味がある!」
「そもそも密室を作るのなんて実は簡単なことなんだ」
海斗の発言を無視して踵を返し、入り口の引き戸を動かしながら嫉妬探偵は続けた。
「古典的な手口は鍵にワイヤーを取り付けること。内側からワイヤーを引っ張ってあらかじめ穴に差し込んでおいた鍵を回転させ、次いで鍵そのものも回収する。あの上窓……確かにアヤメさんのおっぱいでは通り抜けることは不可能だろうが、鍵を一本通すだけなら容易い」
と、引き戸の上の薄く開いた窓を見上げながら言う。
Jカップの豊満な乳房を持つアヤメがはっと自分のそれを抱きしめるようにして立ちすくんだ。
「だが君たちの口ぶりでは鍵は室内にはないんだろう。であれば残る手段は『協力者』を募ること。クラスの誰かに、『理科室の鍵を閉め忘れた。自分はこれから用事があるので、代わりに閉めてきて、鍵は職員室に返しておいてくれないか』と頼み、その実、そいつに先回りして理科室に入って隠れておく。そいつはよく確認せずに鍵を閉めて立ち去り、後には君たち二人だけが残される。密室の完成だ」
「そ、そんな簡単なことで……」
嫉妬探偵の鮮やかな推理に風紀委員が絶句した。
「簡単なトリックほど案外バレにくいものさ」
だから悪党が蔓延る、と嫉妬探偵は嘆息する。
そして再び二人の悪に目を向ける。
「君たちの手口をあらかじめ予想していた僕は、『マニキュアのシンナーに反応して硬化を始める』遅効性の接着剤を予備の鍵にたっぷりと塗りつけておいた。正規のやつでやると、後で先生に怒られそうだったからね。今頃そいつが効き始めて……『協力者』が困り果てている頃合いだろう」
「あー、やっぱ海斗ここにいたー」
果たしてその瞬間、嫉妬探偵の背後から能天気な声が上がり、髪を金色に染めて、指の爪を赤く塗っている派手なギャルが顔を出した。
「ねー、この鍵なんかあーしの手に貼りついて取れなくなっちゃったんだけど? オメー変ないたずら仕掛けたべ?」
そして彼女は、引き攣った表情を浮かべる海斗とアヤメに向かって、理科室の予備の鍵が接着された己の手のひらを広げてみせたのだった。
「また助られてしまったな。嫉妬探偵」
すべてが終わった後、放課後を楽しむ多くの生徒たちで賑わう学校の中庭でベンチに並んで腰かけ、風紀委員の少女は言った。
「真面目な風紀委員様にほんのちょっとのお力添えをしただけさ。大した働きでもなかっただろう」
謙遜する探偵に、少女はゆるゆると首を振る。
「ううん。今回の事件は、わたし一人ではとても解決できなかった。いや、今回ばかりじゃない。これまでも、ずっとお前は──」
そして木刀の振りすぎで固いタコができてしまっている自分の手にどこか悲しげに目を下ろす。
「学校の秩序を守りたくて……誰よりも鍛錬を積んできたつもりでいたのに、ざまぁない」
嫉妬探偵は奢ってもらったメロンソーダの缶を飲み干し、腰を上げる。
「僕は一年前のあの日、チャラ男にコマされて死んだ神城先輩に誓った。この学校のカップルを一組残らず撲滅してやると……」
相棒の風紀委員を振り返り、告げた。
「だからそれまでは、僕は君の味方だ。一緒に学園の悪を裁いていこう」
「……うん。頼りにしている」
風紀委員の腕章をつけ、腰に木刀を差した少女も立ち上がり、嫉妬探偵にそっと寄り添う。
そんな二人を、周囲の生徒たちは
(こいつらが一番カップルじゃないか……?)
という胡乱な、そして釈然としてなさそうな視線と共に見守っていた。
この短編はカクヨムの「【おやつ文庫 ミステリーソーダ味】 作ろう!ミステリーアンソロジー」企画向けに作成しました。
https://kakuyomu.jp/user_events/2912051602120580656




