蜘蛛はようやく自分がアリだと理解する
どんよりとした空を見上げながら、俺は考えていた。 空はまるで俺の心を映す鏡のようだ⋯⋯俺はどこで間違えたのか。
——俺、中村颯汰は、小説『蜘蛛の檻』の中にいる。 前世で読んだ物語の中の主人公。 そして彼女、白石美咲に出会った瞬間、全てを思い出した。
原作の俺は美咲に言いがかりをつけて、半ば強制的に家事をさせた。 彼女を責め、弱みを握り、心を蝕んでいく。 そして依存させて、ついには彼女を俺の住んでいる家に同居させる。 同居してからも言葉巧みに誘導して、彼女に俺を頼る以外の選択肢をなくすーー蜘蛛の巣に捕らわれたアリの様に⋯⋯。
「颯汰、起きてますか? 朝ご飯出来ましたよ!」
「あぁ⋯⋯今行く」
不意に聞こえた声に意識が戻る⋯⋯俺は原作と同じ展開になってしまった現状を苦しく思う。 どうする事も出来ない自分を責めたい気持ちでいっぱいだ。
「颯汰~美味しいですか?」
「美味しいよ、いつもありがとうな美咲」
「よかった、嬉しい。 ねぇ颯汰、今日はこれから何をしよっか~」
「え⋯⋯そうだなお出掛けでもしようかな」
「わかった、じゃあ着替えてくるね」
彼女はそう言うと部屋に戻って行った⋯⋯どうやら彼女は前回のことを覚えているらしく、俺が何か言う前に駆け出して行った。
俺の中の何かが囁くーー逃げるなら今だと⋯⋯。 俺は最低限の荷物を持ち、美咲に気付かれない様に家を飛び出した。 空は雲が重なり太陽を完全に隠した⋯⋯今にも雨が降りそうだ。
私は上機嫌で服を着替えていた、持って来たのに着れなかった服⋯⋯いつもと違う私を颯汰に見てもらうんだ。
颯汰はそのままの自分が好きだと言ってくれたが、これは話が別だ。 もっと私を見てほしい、色々な私の全てを⋯⋯
「颯汰~お待たせ、どうかな似合っているかな⋯⋯あれ? 颯汰!」
颯汰が居ない。 彼の荷物もなくなっている⋯⋯私に内緒で一人で外に出たようだ。 私は微笑む⋯⋯面白い。
「なんだ~今日はお出掛けじゃなくて、鬼ごっこだったんだね。 もう~なら最初からそう言ってくれればいいのに、意地悪な颯汰⋯⋯すぐに見つけてあげるからね~」
そうと決まればこの格好は動き辛いな、私はスキップをしながら再び部屋に戻って行った。
俺は何故こんなにも焦っているんだ? 最初は早歩きだった、それが小走りになり、今では全力疾走だ⋯⋯すれ違う人が不思議そうな目で見て来る。 どうしたんだ、俺? 明らかにおかしい⋯⋯まるで捕食者から逃げようとする獲物みたいじゃないか⋯⋯。
「ははは⋯⋯おかしい話だな、それじゃまるで俺は蜘蛛じゃあなくてアリじゃないか、そんな訳ないのにな」
そう笑う俺に賛同したのか、雨が降ってきた⋯⋯俺は雨宿り出来る場所を探す。 この場所は⋯⋯気がつけば以前美咲と来た公園に俺は来ていた。 この公園には横向きの大きな土管が設置されていたここなら雨宿りが出来そうだ。 そのとき、更に雨が勢いを増した⋯⋯俺は導かれる様にそこへ座った。
「なんでだよ! なんでよりにもよってここなんだ!」
俺の叫びは雨によってかき消される⋯⋯ここは『蜘蛛の檻』の物語の終盤登場する場所だった。
原作の白石美咲は中村颯汰の家に籠りきりになり、白石美咲は家族とは会う何処か連絡さえ、させて貰えなかった。 たまの外出も中村颯汰の同伴で行われる。 ある日の外出中、白石美咲は中村颯汰から脱走を図った。 その時、白石美咲が逃げ込んだのがこの場所だ。
『美咲⋯⋯ッおい! こんなところにいやがったのか! 鬼ごっこは終わりだぞ⋯⋯さぁ帰ろうーー俺達の巣に、大丈夫今度はしっかりやるからさ~⋯⋯もう二度と逃げられないようにしっかりとさ』
白石美咲の最後の抵抗も虚しく、彼女は中村颯汰に引きずられるように家へ帰り⋯⋯そこから白石美咲を見た者は誰もいない。
俺は何故か震えが止まらなくなった⋯⋯これは原作と同じ流れだ。 しかし役者が違う、俺が逃げる側で彼女が追う側、そして⋯⋯その時目の前に影がさした、俺はその方向を見た。
「颯汰~見つけた⋯⋯やっぱりここにいたんだね。 鬼ごっこは終わりだよ。 さぁ颯汰! 雨はもう止んでるよ、早く帰って体を温めなくちゃ、さあ帰ろ⋯⋯私たちの巣に」
美咲の声に従うように俺は家に帰る。 何処でもない、俺には逃げ場なんてなかったのだ⋯⋯さあ帰ろう俺達の巣に、美咲に誘われるように俺は家に帰った。 俺はもう彼女から逃げられない。
愚かな颯汰~、可愛い颯汰~。 ⋯⋯まさかあんなわかりやすい所に隠れるなんて、見つけ欲しかったのかなぁ~今度は勝手に何処へ行かないよう、洗脳⋯⋯じゃなかった、教えなくちゃね⋯⋯颯汰。




