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6話

 日差しが降り注ぐ自室の窓際で、赤い首輪にALと彫られたシルバーの鈴をつけた黒猫を膝の上で撫でながら、カメリアが雑誌に目を通している。その横で、紅茶を注いでいるニーナが雑誌にちらっと目を向け、顔をしかめた。




「お嬢様、このような低俗なゴシップ誌など見てはいけませんよ」




「あら、自分のことが書いてあったら見たくなるじゃない」




ティーポットを置いたニーナは雑誌に顔を近づけ、目を見開いた。




「な、何ですか、この見出しは!『カメリア侯爵令嬢の縁談相手が次々と不幸な目に! とうとう死者までも!?』ですって?!」




「それは間違いないわね」




「確かに奥様がお亡くなりになられた後、旦那様が選ばれた縁談のお相手は次々に不運な目に遭っていますが、お嬢様のせいではないじゃないですか」




ライル・アトレス公爵令息との縁談が流れた後も縁談は舞い込んできた。次の縁談相手の伯爵令息は、賊が邸に入り危うく命を落としかけ、心の傷を負った。次の縁談相手の子爵令息は馬車の事故に遭い、後遺症で歩けなくなった。直近の縁談相手の侯爵令息は邸が放火され、逃げ遅れて死亡した。




「それに、何ですか、この根拠のない内容は! 不吉な黒猫を飼っている魔女なのでは? 黒魔術や呪いを使って縁談相手を不幸な目に遭わせているのではないか? 何を根拠のないことを!」




キーッと口を引き結び、地団駄をするニーナ。カメリアはアルを撫でながらティーカップに口をつけた。




「アル、あなたも雑誌に載るなんて、有名なったわね」




「そんなこと言っている場合ではありません! こんなゴシップ誌、旦那様には絶対に見せられませんわ。旦那様が知る前に発行元に抗議しましょう!」




「否定すればかえって怪しまれるわ。根掘り葉掘り聞かれて、またあることないこと書き立てるだけよ。好きに言わせておけばいいわ」




「ですが、お嬢様、私は悔しいし、心配なんです! お嬢様が魔女だなんて言われて、魔女狩りのようなことになったらと思うと私は…‥」




ハンカチで目の端を拭い、唇を噛み締めるニーナを横目に、カメリアはふっと笑みを浮かべた。




「ニーナ、お茶が冷めちゃったわ。新しいのを持ってきてちょうだい」




「はい、分かりました」




ニーナは肩を落として部屋を出て行った。


ドアが閉められると同時に、膝の上にいたアルが床に飛び下り、瞬きの間に黒いシャツに黒いパンツを履いた男の姿に変わった。




「ベリアル、あなた少しやりすぎなんじゃない?」




ベリアルは髪をかきあげ、腕組みをしてカメリアを見下ろした。




「オレじゃない」




「本当に?」 




「オレが手を下したのは、最初の1人だけだ」




「なら、偶然だとでも言うの?」




カメリアが溜め息混じりにベリアルにちらっと目を向ける。ベリアルはテラスに出る窓に背を持たれかけた。




「まさか。どうやら、おまえの妹も悪魔と契約をしているようだぞ」




「ヴィオレッタが?」




「ああ。そいつが契約した悪魔の仕業かもな。まあ、俺がいることにすら気づかない低級も低級の悪魔だがな」




窓の外に目を向けてほくそ笑むベリアルの口から、鋭い八重歯が覗く。カメリアは顎に手を当て、鼻で笑った。




「ふっ。何でもかんでも私の真似をしたがる子ね」




「カメリア、庭に客が来てるぞ」




ベリアルは二ヤッと笑みを浮かべ、窓を開けた。カメリアは椅子から立ち上がり、テラスに出る。




「出て来い、魔女め! 息子を死なせおって!」




門番2人に取り押さえられながら喚き散らしている中年の男が大声を張り上げている。




「とんだとばっちりね」




テラスの手すりに手を掛け、庭を見下ろすカメリアに気づいた男は、門番を振り払い、カメリアに指を突き付けて叫んだ。




「おまえが息子を殺したんだ! 私がおまえを殺してやる!」




玄関に走り出す男を、騒ぎを聞き付けて駆けてきた庭師や御者が門番たちと一緒に取り押さえ、縄で縛り上げた。カメリアは部屋に戻り、窓を閉めてカーテンを下ろした。




「私のせいにされるのは気分が悪いわね」




「オレが手を下してやろうか?」




ベリアルがカメリアの顎をくいっと持ち上げ、真っ赤な瞳で見つめる。カメリアはその手を振り払い、首を横に振った。




 その日の夜、カメリアが執務室へ行くと、父が椅子の背もたれに背中を預け、険しい顔で腕組みをしていた。




「お父様、お呼びですか?」




「昼間、頭のおかしい輩が来たらしいな」




「そうみたいですね」




澄ました顔のカメリアに苛立った父は、ゴシップ誌を力強く机に叩きつけた。




「これのせいだってことは分かっているな」




「さあ、何のことですか?」




カメリアがこ首をかしげてとぼけると、父は椅子から立ち上がり、扉の前に立っているカメリアの方へズンズン近づいてきた。




「自分は何も悪くないとでも思っているのか。こんなくだらないものを書かれる隙を作ったおまえの責任だ。おまえに縁談を申し込む者も、こちらからの申し出を受け入れる者も現れないだろう。おまえよりもヴィオレッタの縁談を先にまとめる。このままではヴィオレッタの貰い手までいなくなりそうだ。当分の間、屋敷から出ないで反省していろ」




「…‥そうですか」




カメリアは一言呟くと、静かに扉を閉めた。唇を引き結び、両手を握りしめて自室の方へ歩き出す。




 部屋に戻ると、ベリアルが我が物顔で足を組んでソファーに座っていた。




「随分とお怒りのようだな」




ふっと鼻で笑ってカメリアを見る。カメリアはベリアルの向かい側に座り、睨み付けた。




「ここにいる限り、私はあの人の所有物なのよ。縁談は来なくなるだろうけど、ヴィオレッタが嫁いで、私の噂がおさまれば、あの人はまた私を金儲けの道具にするに決まってるわ」




カメリアの背後に移動したベリアルは、耳元で囁いた。




「なら、父親を殺すか?」




「私の願いはそんな単純なことじゃないわ」




「自由がほしいんだろ? おまえの父親がいなくなればすぐ手に入るじゃないか」




「悪魔ってお馬鹿さんなのね」




カメリアが鼻で笑うと、ベリアルはソファーの背もたれを身軽に飛び越えてカメリアの横に座った。




「言ってくれるじゃねえか」




「魔女だの呪いだの噂さている今、お父様が死んじゃったら私が疑われるに決まってるじゃない。魔女狩りされかねないわ」




「ハハッ。人間の方がバカだな。自分達の想像の範疇を越えたら、いるかいないかも分からない魔女を仕立て上げるのか」




「そうね。人間は愚かな生き物よ。実際、魔女狩りをされて火あぶりになった女性は少なくないわ。魔女だけじゃなくて黒猫も殺されてるから、あなたも他人事じゃないわよ」




カメリアがふっと笑みをもらすと、ベリアルはカメリアの膝の上に頭を乗せて寝転がった。




「ちょっと、何してるのよ!」




眉をしかめてベリアルを見下ろすカメリアの頬が少し紅潮している。ベリアルはニヤッと笑みを浮かべ、カメリアを見上げた。




「人間が悪魔に敵うわけないだろ。おまえの願いが叶うまでは、魔女狩りだろうがなんだろうが、オレが守ってやるよ。おまえの高潔な魂を食らうのはオレだからな」




唇を真っ赤な舌で舐め、まるで獲物を狙うように赤い瞳を細めてカメリアの頬に手を伸ばした。


 カメリアはベリアルの瞳から目をそらせず、触れられた頬が熱を帯びていく。手を振り払わないとと思っているのに、心臓がドクドクと早鐘を打ち、金縛りにあったように体が動かない。ベリアルの顔がゆっくりと近づいてくる。離れなさいと言いたいのに唇が縫い付けられたみたいに動かせない。ベリアルの唇があと数ミリで触れそうになった時、ドアを叩く音がした。




「お嬢様、お休みの準備をしに参りました」




ニーナの声に、ふっと体の力が抜けたカメリアは、ベリアルの頬を叩いて膝からどかした。




「痛いじゃないか」




床に転げ落ちたベリアルが叩かれた頬を押さえて非難の目を向けてくる。




「二度と私に触れようとしないで」




「アルの時はそっちから触ってくるくせに」




「アルは好きだからよ。早くアルになって」




「ちぇっ」




唇を尖らせ不服そうな顔のベリアルは、さっと黒猫の姿になった。




「ニーナ、入って」




扉に向かって声をかけるカメリアの膝の上に、アルはピョンと飛び乗った。




「アルなら仕方ないわね」




首もとの鈴を指でチリンと鳴らして、アルの背中を撫でる。ニーナが入ってきて、ベッドメイキングや、カメリアの髪のブラッシングなどを始めた。


 そこへヴィオレッタがやってきて、自分の方が先に嫁ぐことになりそうだの、自分の方が両親から愛されているだの、カメリアに突っかかってきた。涼しい顔で受け流すカメリアに、ヴィオレッタは憤り、部屋を出ると不適な笑みを浮かべて暗い廊下を歩いていった。ランプの灯りに照らされているヴィオレッタの影がのびてゆらっとゆらめき、影の中に、三日月型の細い目と耳までさけた口が浮かびあがる。その姿を廊下の隅から覗いていたニーナは、口許を押さえて壁際に背中をつけ、目を見開いた。




「あっ、悪魔!」




おそるおそる廊下に顔を出すが、もうヴィオレッタの姿はなかった。




「何だったの、今のは?」




胸に手を当て、上がった心拍数を抑えるようにふーと息を吐き出す。




 翌日、使われなくなった別邸を掃除するよう命じられたニーナは、使用人数人を連れて2階建ての別邸へ向かった。本邸よりこぢんまりしているとはいえ、部屋の広さも内装も本邸に劣らないため、通常業務をこなしながらの掃除は容易ではない。ブツブツと文句をいう他の使用人の尻を叩きながらも、ニーナも内心では悪態をついて淡々と仕事をこなした。


 昼過ぎに終わりが見えてきた頃、一階の廊下で掃除道具の後片付けをしていたニーナは、階段横の壁にかかっている湖の風景画の額縁が曲がっていることに気づいた。




「片付けてる時に曲がっちゃったのかね?」




呟きながら額縁を直していると、つい力が入りすぎてしまい、額縁が壁のフックからはずれ、床に落ちそうになった。すんでのところで額縁を掴んだ。




「はあー。危なかったわあ。私としたことが」




ニーナは胸を撫で下ろし、額縁をかけ直そうとしたが、額縁がかかっていた所に、丸い折り畳みハンドルを見つけ、何の気なしにハンドルの取っ手を持ち上げて引っ張ってみた。すると、壁が扉のようにガコッと手前に動き、地下に下りる階段が現れた。




「な、何よ、これ」




額縁を床に置き、辺りを見回す。他の使用人は本邸に戻ったのか、誰の気配もなかった。ニーナは唾を飲み込み、意を決して暗がりの中に一歩足を踏み入れた


 壁際に取り付けられているランプに、ひとりでに明かりが灯されていく。




「気味悪いわね」




好奇心と、カメリアに伝えないとという使命感に燃えたニーナは、早まる鼓動を抑えながら、階段を下りていく。


 階段が終わると、正方形の部屋が現れ、壁の四隅にとりつけられているランプに明かりが灯される。




「明かりがあるのはいいけど、自動でつくなんてどんな仕掛けなのよ」




 怯えながら、壁際に並べられている背の高い本棚に目を向ける。どの本も背表紙に赤字で禁と書かれている。ひとつ手に取ってみると、悪魔召喚と表紙に書かれてあり、中には魔法陣やおどろおどろしい悪魔の絵が描いてあった。




「ひいっ!」




ニーナは恐ろしさのあまり本を取り落とし、後退りをする。部屋の中央に立って、狭く、じめじめした部屋の中を見回す。本棚以外家具はなく、何のための部屋なのか分からず、首をかしげた。




「一体ここは何なの?」




見上げていた視線を足元に向けると、床一面にチョークのようなもので円や星形や、見たことのない文字が無数に描かれていることに気づいた。




「ひぃぃっ! な、何のよ、これは! も、もしかして!」




先ほど床に落とした本をもう一度見てみる。パラパラとめくり、魔法陣のページを開く。それと床にかかれているものを見比べる。




「お、同じだわ。てことは、やっぱりこれは悪魔の…‥!? カメリアお嬢様に知らせないと!」




ニーナは慌てて階段を上り、息を切らせながらバタバタと本邸に走っていった。

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