救いの女神?参上
「とにかく、そのラウール様とかいう女たらしが好きな姫の目を、覚まさせないといけないわけね!?」
「いや、その姫ってのが貴女なんだけど、姉様。どうして他人事みたいに言うんだよ」
だって、レイは知らないだろうけど……私は本当はステラ姫じゃないんだもの。
ステラ姫に転生した、ただの女子高生。
彼女が何を思っていて、ラウール様の事をどれくらい好きだったかなんて、今の私には知りようが無いんだよ。
「そうね……ごめんなさい。私、ベッドから落ちた衝撃で、ラウール様の想いもどこかに飛んでしまったっていうか。今日が何月何日かも分からなくなってるくらいだし」
「姉様、まずは医者に診てもらった方がいいと思う」
レイが、哀れな目で見てくる。
そんな目で見ないで欲しい。
おかしい事言ってるのは、充分分かってるから。
「とにかく、今はもうラウール様に恋心を持っていないのよ」
「けど姉様、ラウール様の邸で来週ダンスパーティするって言ってなかったっけ?」
「えー……面倒くさ……じゃなくて、そうだったかしら?」
「僕には嬉しそうに言ってたじゃん」
もー、どうしてステラ姫って、厄介事を抱え込んでるのかなぁ。
まるで物語の主人公みたいに……って、乙女ゲームの主人公だったわ、この人。
「ねぇ、レイ。私急にダンスパーティ行きたく無くなったんだけど、どうにかして断る方法無い?」
「無理だよ、姉様。ダンスパーティは、貴族達の交流を意味してる……いわゆる社交会みたいなもんで、普通は王城でやるんだけど、今回は城が改修工事とかで急遽ラウール様の邸を借りる事になってるんだ。ただでさえ場所提供をお願いしてる身で、断れないよ。それに、邸を借りる条件で姉様も出席する事になってるし」
「私を? どうして?」
「さぁ……可愛い女の子が好きだから、とか?」
「キモい!」
「けど姉様も、乗り気だったじゃん!」
どうしてステラ姫は、そんなやばい男が好きだったのかしら。
全く理解できん。
「本当に面倒だわー。ダンスパーティなんて参加したくないし、断りたい。レイと部屋で遊んでいたいわ」
「え……」
「ん? どうしたの?」
私の呟きに、レイが目を丸くしている。
何か、変な事言った?
「ね、姉様が……僕と……?」
「うん、可愛い弟と一緒に遊んだ方が絶対楽しいでしょ。ゲームとか……城にあるかわからないけど」
私は、前世で一人っ子だったので、家で下の子と遊ぶ経験ってあまり無かったのだ。
もし兄弟ができたら、弟が良いなー、なんて思っていた。
だからゲームの世界だけど、レイみたいな可愛い男の子が私の弟だと知って、凄く嬉しいのだ。
「ね、姉様が僕と遊びたいなんて……」
「もしかして、ダメだった?」
「い、いえ! そんな事は無いっていうか、むしろご褒美っていうか!」
「ご褒美?」
可笑しくて、つい笑ってしまう。
レイって、ちょっぴり大袈裟な所があるのね。
「姉様が、ラムド皇帝陛下でもラウール様でも無くて、僕を選んでくれたら……こんなに嬉しい事はないのですが」
「ん? 何て言ったの?」
「な、何でも!?」
時々、レイは小声で呟く事があって聞こえづらい。
しかも、顔が急に真っ赤だし、何故か狼狽えてるし。
「レイ、もしかして風邪?」
「ふえっ……!?」
熱を測ろうと、彼の額に手を当てただけで、レイは飛び上がる。
そして、さらに顔が赤くなった。
「ごめんなさい。驚かせるつもりは無くて……ただ熱を測ろうとしただけなの」
「謝らないで下さい。感激してるだけですから!」
「ふふ、本当大袈裟ね」
私が、レイに笑いかけたその時──
「……救いの女神、参上!」
なんだか聞き覚えのある声がして、ドアの方を見た瞬間、執事服を着た女性が扉を蹴破って飛び込んできた。
無駄に宙返りなんてしながら。
しかも、短剣を両手に持って。
「ライラ、何してるの」
「当然、姫様を攫った輩を仕留めようとしています」
「大丈夫よ、彼は無害だわ。私の弟、レイよ」
「本当にレイ……君だったとは……」
ライラの後から扉の中に入ってきたのは、ラムド様だ。
私が連れ去られたので、心配で来てくれたらしい。
あの状況なら、誰だって心配するか。
「お久しぶりですね、ラムド皇帝陛下。それに、ライラも元気そうだ」
「お久しぶりです、レイ様。白い煙幕の中、貴方様の姿がチラッと見えたので、もしやと思っておりました。ラムド様より、ご自分の方が姫様を幸せに出来ると考えられたのですか?」
「ち、違う! 僕は、ただ……姉様をお救いして差し上げただけだ」
「そんな事より、武器を捨てなさいライラ。お客さんも沢山いるこんな場所で、刃物を振り回すもんじゃないわ。誰かに刃先が当たったら大惨事になるわよ?」
私が注意すると、ライラはニヤリと笑う。
「一回やってみたかったのですよ、悪役ってやつを」
「あんたは天使でしょ。悪役になってどうする」




