もしかして私、連れ去られてる?
「……私、人生初の間接キスで舞い上がってしまいそう。ついでに、貴方に惚れちゃったかもー」
「だから、私の心の声を代弁してるみたいな感じはやめなさい、ライラ」
ライラが耳元で囁くので、私は注意した。
何度もいうが、決してラムド様に惚れているわけではないのだ。
人生初の間接キスというのは間違いではないが、ただびっくりしただけだ。
「姫? 顔が赤いけど、どうかしたのかい?」
「な、何でも! 何でもありません! 断じてっ!」
「そうか? それなら良かった」
顔が火照っているのが、自分で分かる。
暑くて、両手をうちわみたいに扇ぐ。
「わ、私の事は気にせず、ラムド様もお好きなの召し上がって下さい」
「ありがとう。けど、君が沢山食べたいって言うからさ」
そうだった。
私、大食いのお笑い芸人みたいなキャラになってたんだった。
「食べたいって言ってましたけど、今急にいらなくなりました」
「ふはっ!」
何故そこで噴き出す。
普通、ワガママな人って関わるのやめるでしょ。
「美味しそうに食べる姿も、ちょっと困った事を言う姿も、本当に君は可愛いな」
「か……っ!?」
変な人……。
意味不明な言動で困らされてるのに、怒るわけでもなく、可愛いだなんて。
「あぁ、分かりました。あれですよね、私の事小さい女の子みたいに思ってて、妹みたいだから可愛がってるって。よくあるパターンのやつ」
「僕が……」
「え……っ!?」
さらり、とラムド様が私の髪をすくう。
「君の事を妹みたいに思ってるって、そう思うかい?」
「そ、そんな事……言われても……」
どう答えていいのか、分からないよ。
というより、顔が近い!!
ラムド様って、乙女ゲームの攻略対象だけあって顔面偏差値が無駄に高いんだよね。
こんなイケメンに見つめられたら、好きじゃなくてもドキドキするっての!
止まれ心臓の音、と心の中で祈る。
ラムド様に、この音が届いてしまう前に……お願い!
「姫様っ!」
「へ?」
その時、白い煙がどこからか噴き出して、辺りを真っ白に染める。
ラムド様の手が離れ、周りが見えなくなり、彼やライラの姿が分からなくなる。
今まで皆、傍にいたのに。
一気に不安が押し寄せる。
「……こっちに来て」
「えっ!?」
突如背後から声がかかり振り返ると、無理やり腕を掴まれて、連れられる。
「ま、待って! 皆とはぐれちゃう!」
相変わらず、辺りは白い世界で何も見えない。
分かるのは、私を連れ去っていく人の手と声が、少年のものだという事だけだ。
「……ごめんね、でも大丈夫」
それに、優しい言い方。
本当に、私に危害を加えるつもりは無いみたい。
「あなたは……誰なの……?」
だが、目の前の少年は何も答えない。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
私が謎の少年に連れ去られてからしばらく経った頃の話。
白い煙は消え去り、ラムド様とライラは私がいない事に気付いて戦慄した。
「姫様っ!? ラムド様、姫様はどこですか!?」
「すまない、姫の手を離してしまったから……連れ去られてしまったようだ」
「我が国の大切な姫君を連れ去られたなんて、これは外交問題になりますよ!?」
「本当に申し訳ない……」
ラムド様が、心底落ち込んで項垂れているのを、ライラが珍しく目を吊り上げて怒っていた。
「ところでライラ」
「はい、何ですか? もぐもぐ」
「君はこの非常事態に、何を食べてるのかな」
「……ソフトクリームが売ってましたので。それに、非常事態でも何でもありませんから」
「どういう事だ? 今さっき君も慌ててたじゃないか」
「まぁ芝居ですよ。ラムド様の澄ました顔を、どうにか崩せないかと思いまして」
「君は……何というか、意地悪だね」
「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」
言いながら、ライラはソフトクリームを食べ終わった。
「……何故そんなに冷静なんだ?」
「当然、犯人が誰か知ってるからですよ。安心して下さい。姫様に危害は加えられていませんよ」
「誰なんだ、その犯人って」
「おそらくですが……」
ライラが、ラムド様にその名前を耳打ちした。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「え、貴方って……私の弟なの!?」
「姉様、何年僕たち姉弟やってるんだよ」
私が謎の少年に連れ去られた場所は、ムールの街にある酒場である。
もっと遠い所に連れて行かれるのかと思いきや、街から全く出なかったので拍子抜けした。
お酒が飲めないので、私はオレンジジュースを頼み、何だか申し訳ない気持ちになる。
対して相手は未成年なのに、カシスオレンジみたいなやつを頼んでしまっている様に見えたが、彼曰くただの炭酸飲料らしい。
そして、私はその謎の少年から自分達は姉弟である事を教えられたのだった。




