逃げたポンボ
「姫様、大変申し訳ないんですけど、他の伝書鳩は入荷出来ないのです」
「えっ、どうしてですか!?」
『そりゃあ、新参者の鳥がやって来よる度に、オレが追い出してるからなぁ』
「最低な鳩じゃんっ!」
しかし、言われた本人は気にしていない様子だ。
明後日の方向を向きながら、口笛なんて吹いている。
誤魔化し方が、まるで人間の様だ。
一瞬、ポンボが鳩である事を忘れてしまいそうになる。
「ポンボがいる限り、鳥類はうちでは取り扱い出来ないと思います。夜中に勝手に鶏小屋の扉を開けて他の鳥達を逃したり、虐めたりしてるみたいで」
「ポンボ……あなた人として……じゃなかった、鳩として恥ずかしく無いの?」
しかし、ポンボはそっぽを向いた。
『恥なんて思うかいな。オレは、ここでは長年鶏小屋のリーダーをやっとるんやで? オレの縄張りで、他所もんをどうしようが、オレの勝手やないか』
救いようもない、バカだわ。
男だったら、結婚出来ないタイプね。
ポンボも、勿論お嫁さんなんていないだろうけど。
『それにな、嬢ちゃん。オレは、ラウールが後継でペットショップの店長を任された時に産まれて、ずっと面倒を見てもらってきたわけ。つまり、ラウールとは家族みたいな関係なわけよ。伝書鳩を買いに来たらしいが、まずはラウールに許可をもらってくれやんと、オレを買う事は出来ねーよ?』
どうしてこの鳩は、お世話してきてもらいながら偉そうなのかしら。
ラウール様も、相当偉そうだけどポンボも性格がかなりヤバいわね。
『なぁ、ラウールからも何か言ってやれ。ポンボを買いたければ、条件があるとな!』
「……条件など無い。こいつがいると、他の伝書鳩が入荷出来なくて困っているんだ。ステラ姫、早く買って行ってくれ。どうせ、伝書鳩の価値なんて分からないだろ」
『あれ、ラウール?』
哀れなポンボ。
ラウール様が、買われないでくれ、なんて言うのを期待していたんだろうか。
ため息をついていて、本当に困っている様子だ。
それを見て、ポンボも自分が必要とされていない事に気付いたらしい。
あからさまに、ショックを受けているのがこちらにも分かった。
『ら、ラウール……。オレは、お前の事……信じとったっちゅうのに!!』
ポンボが、目に涙を溜め出した。
感情豊かな鳩だな、この子。
『こんな薄情な奴とは思わんかった! こんな店、さっさと潰れたらええねん! ラウールのアホー! 女たらしー!!』
ポンボが、突如水飲み場下の地面に頭を突っ込んだ。
というか、よく見ると穴が空いていて、そこから潜って行った。
「ポンボ!?」
コマキさんが、驚いた声を出す。
しかし、彼の姿はすぐに無くなり、どこへ行ったのか分からない。
「穴を掘ってたんですね。脱獄みたいだけど……鳩って、そんな頭良かったですっけ」
「ポンボが特殊だと思いますけど……。それより、ラウ様。今まで、他の鳥達がどこに逃げたのか不思議でしたけど、まさか穴を掘っていたとは」
コマキさんが困った顔でラウール様に言うと、彼は盛大にため息をついた。
「仕方ない。放っておけ」
「けど、ラウ様……」
「ポンボがいなくなれば、他の鳥類や伝書鳩達を入荷出来る。前々から、あいつがいなくなればと思っていたんだ。出て行ってくれて、清々する」
なんだろう。
酷い言葉なんだけど、本心では無いような。
なんだか、そんな感じがした。
「ラウール様、もっと素直になった方が良いですよ」
「……ステラ姫まで、何だ? 俺に説教か?」
「違いますけど。ラウール様にとってポンボは大事な伝書鳩だったのでは、と思っただけです」
すると、ラウール様が鼻を鳴らした。
「まさか。あいつは、ただの商品だ。売れない商品は、店の売り上げに邪魔なだけ。さっさと安価で売るか、処分するしかない。処分するのにも、金がかかる。それなら、逃げてくれる方がこちらはメリットしかないわけだ」
「……商品?」
ラウール様の言葉が引っかかり、イラっとした。
「商品は、商品だ。金になるか、ならないか。それを考えなければ経営は成り立たない。俺は、父から受け継いだこの店を立派にする事を使命としてるんだ。他人に、どうこう言われる筋合い……ぐはっ!?」
「姫様ぁっ!?」
ライラの叫び声に、ハッと我に返った。
しまったわ。
口より先に、手が出てしまった。
ラウール様の言葉が、あまりにもムカついたので、気付いたら彼の頬にグーパンチしていた。
「あらら」
「おお……っ」
「姫様……」
メイさん、カーラさん、コマキさんも私の暴力行為にドン引きしていらっしゃる。
けど、私も引き下がらない。
だって、悪い事してるとは思わないから。
悪いのは、ラウール様の方だ。
「ラウール様、一つだけ言わせて頂きます。確かに、ポンボは貴方様にとっては商品かもしれませんが、ポンボは動物で私達みたいに感情があります。物じゃないんです。ちゃんと命があって、今生きてます。そんな事も分からず、雑に扱う店主がいる店に、誰が来たいと思いますか!? 私も、ポンボの意見に賛成します。ラウール様は、アホで女たらしですっ!」




