イレギュラー
ラウール様、最近どこかで聞いたような名前だ。
えーと、誰だっけ。
私、人の名前覚えるの苦手なのよねぇ。
「……やっぱり思い出せないわ、どちら様だっけ?」
「ラウール様は、三人目の攻略対象ですね。設定としては、ステラ姫様の初恋の相手ですが、向こうにはあまり良い印象は持たれていない様子ですね」
「あ、思い出したわ。レイが言ってた、女たらし野朗じゃない! 確か、三人の女性と付き合ってるのよね?」
「ラウール様の周辺には、確かにいつも女性がいますね。ご本人は見た感じ凄く真面目な人に見えますけど」
「三人もの女性と関係を持っていて、何が真面目なのよ。ライラって、男見る目無いんじゃない?」
「と言われましても、見た感じがそうなので私も何とも言えませんよ。ステラ姫も、品のあるラウール様の容姿に惚れて恋をしたって設定ですし」
「うーん、それなんだけど、ここで三角関係の状況を整理したいのよね」
ライラが、頷く。
「良いですよ」
「ステラ姫は、ラウール様に恋をしていた。それをレイにも相談していたけど、ラウール様は女たらしって噂を聞いていたので、姉を心配した弟はやめるように伝えた。けど忠告を聞かなかったステラ姫は、ラムド様と政略結婚をする事になっていたので、彼との婚約を破棄した。それはまだステラ姫が、ラウール様との恋を諦められなかったから、よね」
「そうなりますね」
「じゃあ、ステラ姫がラムド様とデートしたのはどうして? 帰りに泣いていたって言ってたけど」
「ステラ姫がラムド様とデートに? そんな事があったんですか?」
「そう、レイが言ってたの。ステラ姫は、ラムド様を慕っていたのに、一方的に破棄したのは彼の方だ、って。それに腹が立って、ラムド様に関わって欲しくないって言ってたわ。けど、婚約破棄したのは私の方だって言ったら、レイは驚いていたけど」
「婚約破棄をしたのは、確かに姫様なのに……」
突然、ライラの顔が険しくなっていく。
いつも無表情で、何も考えていないみたいな感じなのに、今は明らかに動揺していた。
「ライラ、どうかしたの?」
「……まさか、シナリオを書き換えてる人がいるのですか。そんな事を出来る人なんて……あの方しか……でも何で?」
「ライラ!」
私が名前を叫ぶと、ライラはハッとして我に返ったようだ。
「あ……すいません、姫様。少し取り乱してしまいました」
「いつも冷静なあんたが、取り乱すなんて珍しいわね。で、何か思いつく事でもあんの?」
「……いえ、別に何でもありません。姫様は、気になさらないで下さい」
「いやいや、あからさまに変な顔をして、シナリオがどうのとか、あの方しかとか、気になる事沢山呟いてたじゃない」
変な顔を表現する為に、自分の両頬を引っ張ってみる。
「正月でも無いのに、服笑いですか?」
「誰が服笑いじゃい。あんたの顔を表現しただけよ。で、結局何があったの。悩みがあるなら私が聞いてあげるわよ」
「……それで、ラウール様の件ですが」
「話を逸らすな」
「彼は、この世界で一番大きなペットショップを経営している若社長なのです。彼の店で手に入らない動物はいないでしょう。伝書鳩も、そこで買えると思います」
「あんたさぁー……」
「何か?」
「別に良いけど……」
ライラの態度が、あからさまにこの件に触れて欲しくないと言っている。
まぁ人には、誰しも触れられたくない過去ってのがあると思うから、あえて聞かない方が良い事もあるか。
私も、これ以上の追求はやめて、ラウール様の話に戻る事にする。
「ラウール様が、ペットショップ経営してて、伝書鳩買うのは良いんだけど、その人の邸で開催されるパーティーに絶対行かないといけないらしいのよねー。向こうには、ステラ姫って良い印象持たれてないってライラは言ったけど、だったら何で私が呼ばれてるのか全く謎なのよね」
「ラウール様が、姫様を呼ぶ事なんて普通なら有り得ないんですけど……」
「ライラにも分からないの?」
ライラが、左右に首を振る。
「すいません、私はあくまでもゲーム進行役ってだけで、この世界の全てを知っているわけではありませんから。ただ、姫様の不利にならないように、ある程度シナリオを把握して貴女をイベントの正解ルートに誘導したりしているんですけどね。今回に限っては、ちょっと私もイレギュラーっていうか……とにかく、ラウール様に呼ばれているらしいパーティーのイベントは後で確認しておきますので、姫様は伝書鳩を買う方に専念致しましょう」
「……分かったわ」
ライラの言いたい事は、ちょっとよく分からない。
私は私のしたいように、この世界でラムド様達と接している。
決して誘導されているわけじゃないと思う。
一つだけ分かるとすれば、それはライラ側に何かトラブルが起きたって事だけだ。
本人が頑なに語ろうとしないので、詳細は不明のままだが。
何を考えているのか、表情もあまり変わらないし、いまいち掴めないのよね、ライラって。
「あ、それはそうと姫様」
「……何?」
「部屋を出るなら、まずそのキャミソール一枚姿から着替えませんと」
「またか! 何で私はキャミソール一枚!? 寝る前に、ちゃんとチェストに入ってたネグリジェに着替えたはずなのに!」
「あー、多分それはもしかしたらバグかもしれないですねー。さーせん」
「そういうバグは、ちゃんと直せっ!」
「ぐはっ……! 今回は、ちゃんと事前に報告したのに!」
グーパンチをお見舞いすると、ライラは叫びながら倒れた。
再度チェストに行き、一番上の棚を引くときちんと畳まれたネグリジェが入っていた。
ネグリジェでラウール様の邸に行ったらドン引きされるわよね。
好感度は上がらないけれど、私が恥ずかしい。
チェストは諦めて、クローゼットに向かう。
やっぱり、いつものパーカーとジャージかなぁ。
と思いながら開けると、パーカーとジャージは無く、代わりにセーラー服のみが入っていた。
「……何故?」
「……何故?」
ライラも私の言葉が重なった。
あんたも驚くんかい。