謝れ
「か、可愛くないですよ! むしろ、そこはカッコいいって言ってもらえる方が嬉しいです」
「ふふ、そうね。レイは、可愛いくてカッコいい、私の自慢の弟だわ」
「そ、そうですか……?」
「うん、優しいしね」
レイの可愛さを改めて感じながら、無意識に彼の頭を撫でている私がいる。
はっ!
待って。
こんなんだから、どんどんレイの好感度が上がっていくんじゃないの!?
「ごめん、今の無しっ!」
「ぐはっ! 姉様の情緒が……本当に…な……ぞ」
慌ててレイの顎にアッパーをくらわせる。
攻撃が強すぎたせいか、彼は姉の行動を理解出来ないまま、その場に倒れた。
ふぅ、一応好感度上昇は避けられたかしら。
今後は気をつけなくちゃね。
好感度が、ライラしか分からないのがちょっと不便なんだけど。
「そういえば、ライラは今頃ラムド様と何してるんだろ……」
私は、辺りを見回す。
相変わらず凄い人混みで、どこに誰がいるか全く分からない。
二人の姿がいるかもしれない、とキョロキョロ見渡すが、やはり見つけられなかった。
レイが起き上がってくるまで待って、それから二人を探しに歩いて、無理だったらラムド様の御者さんの所まで帰るしかない。
「帰って……二人に会ったら、どうすんのよ私……」
美味しい飲み物を飲んでいて、一瞬忘れていた。
もし会ったら、とても気まずいよね……。
そんな事を思いながら、ソーダフロートをストローで吸う。
目だけ、辺りをキョロキョロさせながら。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
さて、その頃。
ライラとラムド様はというと、実は私達のすぐ近くに設置された屋台にいたのである。
「ラムド様、それでこれからどうされるつもりなんです? ……はい、焼きそば一丁ですね!」
「え、何がだい? ……はい、お待たせしました!」
「姫様の事ですよ。私とデートしたいとか言っておきながら、レイ様に嫉妬してるだけですもんね……ラムド様、ソース取って下さい」
「嫉妬とかじゃ無いけど……はい、ソース……じゃなくて、僕達何で屋台の店員やってるんだ!?」
我に返ったラムド様が、ソース片手に叫ぶ。
一方ライラは、澄ました顔で鉄板の麺と野菜を焼いている。
「何でって、焼きそばの店員さんが腰を痛めてしまって困っていたところに、偶然私達が通りかかって、手伝う事になったんじゃないですか」
その店員さんは、80歳代くらいの高齢男性で、ライラ達が店番をしている少し後ろで椅子に腰掛けて休んでいる。
「そうなんだけど……いつまでやれば良いんだ、これ」
「店員さんの目標売り上げに到達するまで、ですかね。どのみち、今並んでる行列を捌かないと終われませんよ?」
「行列ねぇ……」
ラムド様が、屋台の外を覗き込む。
物凄い数の行列が、遠くまで永遠と続いている。
「そもそも、どうしてこんなに行列になったんだろう……」
「最初は、数名しか待ってませんでしたもんね。おそらく原因は、ラムド様だと思いますが」
「えっ、僕!?」
「気付いて無いんですか? 100%貴方様がお目当てですよ、女性客の」
なるほど、確かに並んでいる客層の九割は女性である。
中には店員に扮したラムド様を見て、きゃっきゃ言いながら指を指したりしている人もいる。
イケメンすぎるラムド様が焼きそばを焼いてくれたら、一回は食べてみたいと思うのが乙女ってやつなんだろう。
……知らんけど。
「ライラ、頼む何とかしてくれ。このままじゃ、いつまで経っても終わらない気がする」
「良いじゃないですか、暇なんでしょう? 我が国の民の為に尽くすのも、王の務めですよ」
「僕は、この国の王じゃないんだけど」
「分からないじゃないですか。姫様の婿養子になるかもしれませんし」
「どうしてステラ姫の婿養子になってるんだよ、僕は」
ラムド様が、苦笑する。
「私は、姫様が女王になったとしても、問題無いと思っておりますので」
「姫の専属執事だから、彼女を応援したい気持ちも分かるけど、兄君が王となるんだろ? 姫が女王なのは、難しいと思うけどね」
「……だったら良かったんですけどね」
「ん? どういう事だい?」
「……いえ、別に。こちらの話です。それより、ラムド様の気持ちを察するに、早く店番を終わらせて姫様の所に行きたいんですよね?」
「……そんな事は」
「無いと言いきれます? レイ様に嫉妬して、わざと私をデートに誘い、姫様の動揺する顔を見たかったのでしょうけど、結局彼女が弟とどこかへ行ってしまったので、内心気が気じゃないんですよね。不器用な人ですね」
ライラが横目でラムド様を睨むと、彼は言葉に詰まった。
「……大丈夫ですよ。姫様は、レイ様の事をただの弟と思っていらっしゃいますし、恋愛関係になる事はありません。実の姉弟ですし」
「そうだけど……僕の事、嫌いになっていないだろうか」
「謝れ」
「え?」
「謝って下さい。それで、姫様と仲良くしたい事を素直に伝えて下さい。あの方、案外チョロインですから駆け引きより、ど真ん中ストレートな言葉で言えば、簡単に堕ちますよ」
「はは……それが主人に対する物言いかい?」
その場に私がいて聞いたなら、確実にライラを殴っていただろう。
あまりの愚弄っぷりに、ラムド様も笑うしかない。