ep. 28 : いくらか?
「お待たせしました。こちらがお話しされていた紙です。」
ドアを開けて店に戻り、すぐ目の前のカウンターデスクに紙を置いた。
「おお!!真っ白だ!!まさにこれだ!」
エティエン侯爵は嬉しそうに手に紙を持って眺めていた。
「本当に美しい…芸術作品と言ってもいいほどだ…」
ランディさんも最初はその紙を不思議に思っていたが、それほど興味を持っていなかったので、A4用紙がこれほどの価値があるとは思わなかった。
「店を見て回っていると、ここにいるエルフがあの扉のところだけは激しく怒り、絶対に触れさせないようにしていたので、どうしてかと思ったら、こんなに貴重な物があったからなんだ…」
(そういえば、セレスがドアを守っていたんだ…)
エティエン侯爵に気を取られて、忘れてしまっていた。
「もし私がいない間に彼女が失礼なことをしたなら、代わりにお詫び申し上げます。」
「いや、いいんだ!ランディから話を全部聞いた。エルフたちがここに移住し、その間に探し求めていたものを見つけて、温和になったと。」
侯爵の話を聞くと、ランディさんは前回エラが頼んでいた噂をしっかり広めているようだ。
「もうエルフが理由もなく暴れないなんて、我々にとってはそれだけでも本当にありがたいことだ。罵りぐらいならいくらでも我慢できるさ!」
(セレス…侯爵に罵声を浴びせたんだな…)
苦い表情でセレスを見つめたが、セレスは全くこちらに関心を持っていなかった。
「広い心でご理解いただき、本当にありがとうございます、侯爵様。」
「ああ、それはそれとして…なぜ1枚だけなのか?これしかないのか?」
エティエン侯爵は紙を手に持ちながら、少し物足りなさそうに言った。
「いえ…何枚必要か分からなかったので、とりあえず1枚だけお持ちしました。初めて見る物でしょうから、まずは文字でも書いてみて、書き心地がどんな感じかお試しください。この1枚はお渡ししますので。」
「そ…それでもいいのか!?こんな貴重な紙を無料で…」
「侯爵様が完全に満足された上でご購入いただきたいので、大丈夫です。」
アルデンやエラには及ばないが、僕の弁舌もそれなりにいける方だ。
貴族…それも侯爵様なので、機会があるたびにこういった言葉を混ぜて好印象を残さねば。
良くしてもらえば、きっといつか恩恵にあずかる日が来るだろう。
「ありがたい…それでは、試しに書かせてもらう。」
侯爵は僕の厚意に少し感動した様子だった。
しかし、実はただ単に侯爵にいい顔をしたくて1枚を無償で差し上げたわけではない。
紙の金額を少し高めに設定するつもりなので、手を引きにくくするために1枚を無料で渡したのだ。
こうして1枚を渡して厚意を見せておけば、少々高く感じても断るのが気まずくなって購入するに違いない。
「あ…しかし、今ペンとインクが手元になくて、少しお借りすることはできるかな?」
「はい、そうなると思って持ってきました。」
A4用紙の上にボールペンを置いた。
「…これは何だ?」
「ペンです。」
店に向かう前に思い出した神殿の関係者の記憶…
その時、神殿の関係者は僕の情報を記録するために羽で作られたペンにインクをつけて書いていた。
僕たちの世界では普通のボールペンだが、この世界では便利な道具として扱われるかもしれない。
「そうか?珍しい形のペンだな…インクはどこにあるんだ?」
「インクは中に入っているので、別途必要ありません。」
「中に…?それはどういうことだ?」
「言葉で説明するより、実際にお見せしましょう。」
僕はすぐにボールペンを手に取り、ボタンを押してペン芯を出し、目の前にあるA4用紙に線を引いた。
「これはボールペンというものです。インクが中に内蔵されていて、インクを別に用意して付けながら書く手間が省け、インクとペンを別々に持ち歩く必要もないので、携帯が簡単です。また、ペンの後ろにあるボタンを押すことで、ペン芯を出したり引っ込めたりでき、芯を隠すことができるので、他の場所にインクが付くことも少なくなります。」
まるでテレビショッピングの司会者のように、情報を次々と話した。
「…おお〜」
思ったより反応が薄い。
(反応がいまいちだけど…これは異世界では通用しない物なのか?)
「お〜おおお〜おおおおおおおお!!!!!!!!」
後作のしょぼい反応に少しがっかりしそうになったが、すぐに僕が求めていた反応が返ってきた。
「僕も使ってみてもいいか!!!!」
「え…あ、はい…使ってみてください。」
さっきからずっと後作が叫んでいたので耳が少し痛かったが、顔に出さずに笑顔でボールペンを渡した。
後作はペンを受け取ると、何度かボタンを押してみてからA4用紙にいろいろと書き始めた。
「お…!おおお…!!!書き心地が本当にいいな!!!!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
「後作様が満足されたようで安心しました。」
「これも一緒に買いたい!可能だろうか!?」
売りたいけど、残念ながら今は僕が使っているボールペンしかない。
「今は私が使っているものしかないので、少し時間がかかります。」
「時間がかかるならどれくらいだ!?使っていたものでも売ってくれないか?」
ただの家にある普通のボールペンなので、今すぐ売っても僕には何の不便もないが、売るにはちょっと古くなってしまっている。
「…売る物の品質も商人の評価に影響するので、私が使っていたものを売るのはちょっと難しいです。」
「うう…」
僕の言葉に後作は焦っているようだ。
(そんなに早く欲しいのか…)
まるで通販の宅配便を待っている僕の姿を見ているようだ。
「その代わり、待っていただければ、これより良いものをお持ちします。」
「何!?もっと良い物があるのか!?」
「はい、3日だけお待ちください。」
「3日!?それだけで済むのか!?」
以前、ガムを初めて買ったランディさんも似たような反応をしていた。
魔法が存在する世界だから、運送も転移のような方法であっという間に届くと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「本来はもう少し時間がかかりますが、後作様のご注文なので、できるだけ急いでみます。」
「…よし!それなら待とう!」
エティエン後作は僕の華麗な口の滑りに満足したような表情を浮かべ、豪快に答えた。
実際、今すぐでも買いに行ける物だが、ランディさんの時と同じように、あまりにも早すぎると逆に不審に思われるかもしれないので、3日かかると言った。
「それじゃあ、まずは紙を買おう。値段はいくらか?」
「…10枚で1ゴールドです。」
「10枚で1ゴールド…それは本当か?」
「はい、やはり貴重な紙なので…」
異世界の貨幣価値で1ゴールドは大体万円くらい…
ということは、A4用紙1枚に千円を取る計算だ。
自分で決めた価格だが、本当に強欲そのものだ。
「…安い。」
「思ったより安いね?広志さん、そうやって売っても大丈夫?」
(え…?)
予想外に、後作様とランディさんはどちらも「安い」という反応だ。
「2~3枚で1ゴールドでも納得できるような品質の紙なのに… 10枚で1ゴールドだと!」
(くっ…!)
失敗した。
でも、もう後戻りはできない。
「…はい、やはり貴重な紙ですので、少し高めですが、エティエン後作様との今後の関係を築きたいという思いもあり、少し安くお渡ししようと思っています。」
こうなったら、後作の好感でも得ようと思って、再び笑顔を作り、口を開いた。
「そうか…僕を常連にしたいというわけか。」
「はい、その通りです!」
「でも、無駄なことをしている。」
(え?もしかして、気分を害したのか?安くすると言ったことで、貴族としての名誉を傷つけたのか?)
「そうしなくても、僕はすでにこの店の常連になることに決めたんだけどさ!ハハハ!!!」
…混乱させないでほしい。
「それなら、まず紙を30枚ほど持って帰りたいのだが、可能か?」
「はい、そのくらいはあります。」
「良い。それなら30枚買うことにする。そして、そのボールペンの代金も先に支払う、ボールペンはいくらか?」
…今回は慎重にしなければ。
紙の価格設定は失敗した。実際、A4用紙1枚に千円を取る計算なので失敗とは言えないが、もっと高く取れたはずだ。
今回は必ず成功しなければならない。
(元々設定したボールペンの価格は5ゴールドだったが、計画を変更して2倍にする!)
「ボールペンは10ゴールドです。」
10ゴールド… ペン一本に10万円相当なので、決して安い金額ではないだろう。
「…安い。」
「思ったより安いね!広志さん!そんな価格で売って、利益が出るの?」
「……ええ、やはり後作様だから…」
結局、ボールペンも失敗だった。
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