ep. 2 : 森の主になった。
異世界で商売を始めることにして一日が経った。
僕は今、小さい部屋の扉の前に立っている。
入っても何の問題もないことはわかっているが、余計に緊張してしまう。
「じゃあ、入ってみようかな?」
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「…え?」
昨日と同じ場所 だが、少し違う。
「来たか?」
僕を待っていたかのように、椅子に座っていた女神がすぐに挨拶してくれた。
「これは何?あんたが用意したの?」
「うん!せっかく私のお願いで始める商売なんだから、基本的なことはやっておかないといけないと思って、準備してみたの。」
昨日まで何もなかったスペースに、結構な数のものが並んでいた。
僕が入ってきたドアの前には長いカウンターテーブルがあり、残りのスペースには商品を置く陳列台と、簡単な食事ができる円形のテーブル、そして椅子がいくつか用意されていた。
「おお~、これなら完璧だ! あとは商品を持ち込めばすぐに商売が始められそうだね、ありがとう女神様!」
「早く商売を始めれば始めるほど、私も嬉しいから。じゃ、さっそく始めようか、出かけよう。」
女神はすぐに席を立ち、玄関のドアを開けて外に出た。
「昨日の話をしていたあれをやるのか。」
僕もすぐに女神を追いかけて外に出た。
昨日女神と話していたのは、ここに道を出すことだ。
「相変わらず、見えるのは木だけだな…」
ここには家が一軒だけあって、それ以外は木ばかりだ。
小さな家の周りを大きな木々が取り囲んでいる構造になっていて、人が通れるような道などは存在しない。
「昨日も言ったけど、こんなところで本当に商売がうまくいくのかな?周りは木ばかりなのに…。」
「きっとうまくいくわよ~、昨日も言ったようにこの森は、あなたたちの世界と繋がる扉を守るために私が強力な結界で封印しておいた場所なの。長い間多くの魔術師が結界を解こうと試みたけど、全て失敗して【封印された森】と呼ばれるようになったのよ。ここはこの世界の誰もが気になる未知の場所だから、結界が解けて道ができれば、人々が集まってくると思うわ……このくらいでいいかしら?」
女神は僕に答えながら、道をどこあたりに作るかを見続けていた。
この話は昨日も聞いた話だが、納得できる話だ。
しかし、なぜか不安感を完全に払拭することはできない。
「うーん、そうだよね…?本当に大丈夫かな?」
「そりゃそうだ!そしてこの大陸の全ての国はこの森の封印を解く者、もしくは国をこの土地の所有者と認めるという国際条約を結んでいる。だから道を作り、封印を解けばこの森は君の所有物になるんだ」
「正直、そこまでしなくてもいいんだけど…。」
僕は商売をしたいだけで、この森の主人になるつもりはなかったが、これについては昨日女神と合意した。
封印を解いてこの森を開放すれば、きっとこの大陸のあらゆる国から、この森の所有権を売りたいと大金を提示されるだろう。
しかし、そもそもこの森は僕たちの世界と繋がる扉を守るためのものだ。
扉を守らなければならないのに森を開放するのは、僕たちの世界のものを入れることで異世界の技術レベルを上げるためなので、女神はこの土地を他の国に譲るようなことは絶対にしないようにと強く求めた。
僕としても安全のため、我が家と繋がる扉を他人に渡すことはできない。
「昨日言ったように、他の国にこの土地の所有権を渡すのもダメだけど、お前が他の国の国民になるのもダメだ。その国の国民になってしまったら、後々、結局この森を奪われることになるぞ」
「うん、わかってる。そんなことしないよ、その国の国民になったって税金だけ取られるからね」
「そうだね、税金はすごい取られるよ…じゃあ、このくらいでいいかな、どうだ?」
道を作る位置を決めたのか、僕に位置を示しながら尋ねるが、僕には分からない。
「僕には分からないから、女神様が一番いいと思う場所に作ってよ」
「この森の周辺にはたくさんの国があるけど、最も豊かで強力な国である東の【ホイスト王国】と西の【ジャフード王国】の国民が来やすい場所に道を作るのがいいと思うわ。」
「おお~、いい考えだね!購買力のあるお客さんがたくさん来た方がいいからね。」
「ホイストとジャフードを直通で結ぶ道があるんだけど、ここに道を開けば、その道のちょうど真ん中に道を繋げることができるんだ。」
「いいね。そこに作ってくれ」
「了解、ちょっと待っててね」
[パチ-]
女神はちょっと待てと言いながら、拍手を一度打った。
すると、さっきまで木々が生い茂っていた場所が、一瞬に広い道に変わった。
「ほら~、終わったわ~」
「わあー。神は神なんだね。すごいね」
女神が作った道は完璧そのもので、馬車に乗っても揺れ一つないような平坦で、ほこり一つ見当たらない綺麗な道だった。
「同時に封印も解いたし、その印も君に残したから、もうこの森の主は君だ」
「封印も解けたの?こんなに急に?」
「私はこれから北の【マドニ聖国】の神殿に行き、封印された森の封印が解かれたことを知らせるよ。そうすれば、神殿の関係者がこちらに来て印を確認するだろう。それが終われば、君が正式にこの森の主となる。その手続きが終われば、いつでも商売を始めていいんだ。」
「マドニ聖国?」
「北にある、私のために働き、私に仕える国だよ。この地に伝言を伝えたり、処理することは大抵マドニ聖国を経由しているよ。」
「じゃあ、今すぐ行くの?」
「うん、今連絡すれば、おそらく午後5時前には神殿の関係者がここに到着するだろう」
「僕一人で大丈夫かな?急に首にナイフを突きつけられることはないよね?」
ここは異世界だ…。いきなり一人で異世界の人々を相手にしなければならないと思うと、少し怖くなる。
「あまり心配するな、大丈夫だから。ほら!」
女神は大丈夫と言った後、いきなり僕に魔法のようなものをかけてくれた。
「えっ、何したの、魔法なの?」
「魔法じゃなくて祝福なんだよ。これで異世界の言語と文字が使えるようになったし、必要に応じて私に合図を送ることができるよ。」
「合図?」
「私が必要な時があるかもしれないだろ。その時に私に合図を送ることができるんだ。本来は神殿の高官や偉業を成し遂げた英雄、学者にのみ回数の制限で祝福を与えるのだが、君にはその制限はない。その代わり、いつでも合図を送ってはいけない!私ここではそれなりに尊敬されている神様だから、本当に必要な時だけ呼んでくれよ。」
「合図を送ればすぐに来てくれるの?」
「すぐに行くと暇に見えるし、威厳が落ちる気がするから、今まではすぐに行かなかったけど、君は今、私がやってる最重要プロジェクトだから、君が信号を送ればすぐに行くよ。」
「合図はどうやって送るの?」
「形式は関係ないよ、ただ口に出しても、心の中で唱えてもいいけど、祈りを捧げるのが一般的で、私がお勧めするのは祈りだよ。これで君もここで商売を始めることになったから、私に対する信仰心を養い、また私に対する感謝の気持ちを祈りで……」
「口で声を出すか、心の中で唱えればいいってことだよね?わかったよ」
「でも、私がお勧めするのは祈りだよ……」
「早く行かなきゃいけないんじゃないの?神殿に知らせるんでしょ?」
「そうね、まあ、ただ言ってみただけだ。じゃあ、私は行くね。たまに遊びに来るから、商売頑張ってね〜!じゃあね〜。」
女神は作別の挨拶をした後、すぐ目の前で消えてしまった。
「じゃあ、神殿の関係者が来るまで、店の中で暇をつぶしてようかな?」
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「あなたが封印を解いた者ですか?」
午後5時前には来ると言っていた神殿関係者が、本当に5時15分前に到着し、店内に入ってきた。
誰が見ても神殿の人らしき服装の男性で、背中に天使の羽根のようなものがついていることから、飛んできたものと思われる。
「…この森の封印を解いたのはあなたですか?」
僕が翼を見ている間、他のことに気を取られて答えを逃していると、神殿の関係者はもう一度尋ねた。
「あ!申し訳ありません。僕です。」
「右手を出していただけますか?」
「はい。」
神殿関係者に右手を差し出すと、右手首に魔法で作られたブレスレットのようなものが現れた。
(おお!これが女神が言ったあの印か?)
「封印を解いたのは間違いないですね。国籍は何処の国の方ですか?」
「あ、無国籍です。」
「そうですか、確認してもいいですか?」
「確認ですか?いいですよ。」
「じゃあ、確認してみます。」
神殿の関係者は、確認すると言った後、僕に手を差し伸べた。
すると、彼の手から光が放たれた。
(何だ?魔法か?痛いものはないだろ?)
「本当に無国籍なんですね。」
少しドキドキしながら待っている間に確認が終わったようだ。幸い、痛みはなかった。
国籍を確認できる魔法なのだろう。
「もしかして、無国籍だと何か問題があるんですか?」
「いいえ、大きな問題はありません。無国籍者は珍しいですが存在しないわけではありません。ただ手続き上で確認する必要があっただけです。名前と年齢、人種は何ですか?」
「名前は金沢広志、30歳の人間です。」
「男性ですよね?」
「はい」
神殿の関係者は無表情で質問をしながら、僕に関する情報を紙に書き留めていた。
(ずっと無表情な人だなあ。)
別に難しい質問でもなんでもないのだが、あんなに無表情で聞かれると、何か尋問されているような気分になる。
「他に確認することはありますか?」
「いいえ、すべて終わりました。あなたが封印を解いたことを確認しましたので、この大陸のすべての国が結んだ国際条約に基づき、この森の所有者は広志さんです。また、これは私たちマドニ聖国が公認します。条約の内容に従い封印が解かれたという事実は私たちを通じて条約を結んでいる全ての国に知られることになりますよ。」
「えっ、それが全部知られるんですか?」
「心配しないでください。国ではなく個人がこの森を所有するようになった場合、混乱を避けるために、すべての国は4週間この森に近づけません。そして4週間後に最初の対面を試みる際にはマドニ聖国と一緒に過ごすことになります。ですから、突然軍を率いて押し寄せてきて広志さんに危害を加えこの森を奪おうとするようなことは起こらないでしょう。」
「初対面後は軍を率いて攻め込んでくるかもしれませんね……。」
「私はあくまで極端な例を挙げただけです。そんなことをするには見る目がありますし、広志さんに危害を加えてもこの土地を占領する名分が生まれないのでたぶんそんなことは起こらないでしょう。」
確かに。僕を殺してこの森を奪うのは一番簡単な方法だ。
しかし、すべての国がこの土地を狙っている状況である国があなたも私もできる最も簡単な方法でこの土地を占領しようとすれば、国際社会から非難の対象となり森を占領する名分もなく他の国々から所有権も認められないでしょう。
「ふぅ~ありがとうございます。ほっとしました。マドニ聖国からここまで来るのも大変だったでしょうに…。」
「いえいえ、魔神様が直接降臨して知らせてくださった今回の件について私が確認し処理することができたのは無上の光栄でした。」
(神殿の人だからか信仰心がすごいな...どう考えても当然か?)
「すべての手続きが終わりましたので、私はもう帰ります。」
「あ!ちょっと待っていただけますか?」
神殿の関係者にちょっと待ってほしいと言い、僕は扉から自分の家に戻ってきた。
せっかく遠路はるばるやって来た神殿の管理人をそのまま送るのは気が引けたので、家に戻り、冷蔵庫にあるイチゴミルクを取り出し、異世界のお店に戻った。
「これ、イチゴ味の牛乳ですが、帰り際に飲んでください。」
「いえ、結構です。」
「僕のせいでご苦労をおかけしたようで、申し訳ないです。受け取ってください。」
「…じゃ、ありがたくいただきます。」
イチゴミルクを受け取った神殿関係者は、頭を下げて礼を言い、マドニ聖国に戻った。
「…じゃあ、あとはここに物を詰め込めばいいのか?」
女神が用意してくれた陳列台…。詰めなければならないが、今の僕にはお金がない。
「今日は一旦帰ろう」