第35話 仮登録の依頼
「それで仕事というのは一体どんなものなんだ?」
「うん? なんだ聞いてなかったのか」
「仕事をこなせとだけだな」
「チッ、相変わらずその辺りは適当だなあのギルマスは」
ダリバが愚痴るように言った。説明不足は今に始まったことではないようだな。
「依頼内容はこの街の下水道の掃除だ」
「ふむ。掃除、なのか?」
ダリバの答えを俺は復唱した。まさか掃除が冒険者としての初仕事になるとはな。
「さてはお前、たかが掃除ぐらい楽勝だと思ってるな?」
「いや。そんなことはないぞ」
意外には思ったがな。だが掃除というのが隠語なのはわかる。俺も暗殺者としてやってきたからな。
「それで一体誰を殺すんだ?」
「ハッ!? お前突然何を言い出してんだよ怖!」
俺の言葉にダリバが若干引いた様子を見せた。何だ違うのか。
「掃除というからてっきりそういう意味かと思った」
「いや、俺たちは冒険者だぞ。暗殺ギルドじゃないってんだ全く」
ふむ。どうやらこの世界にも暗殺を生業とした連中がいるようだな。
「だとしても普通の掃除という意味ではないのだろう?」
「当然だ。わざわざ俺みたいなD級冒険者にも声が掛かるぐらいだからな。それにただの掃除なら掃除師がやればいいことだ」
ダリバが答えた。掃除には掃除専用の職があるわけか。
「問題は、これから行く下水道で掃除師が何人も行方不明になってることだ。そこで冒険者ギルドに依頼が舞い込んだ。既に二度依頼を受けた冒険者が調査に向かったがそれも帰ってこなかった。故にギルドは下水道に危険な魔物や魔獣が紛れ込んだと考えてんだよ」
なるほどな。それで掃除ってわけか。
「帰ってこなかった連中はどうなったんだ?」
「死んでるに決まってんだろう。別に珍しくもないがな」
ダリバがさも当然のように答えた。なるほど依頼を受けた冒険者が戻らない、つまり命を失うぐらいは日常茶飯事ということだ。中々シビアな世界のようだな。
そんな話をしている間に下水道の入り口らしき場所にたどり着いた。入り口には鍵が掛かっているようだな。
「ついたぜ。ここから下水道に入っていく。言っておくが中に入れば俺だって一々構ってられねぇ。バケモンに襲われてもテメェでなんとかしろよ」
「わかってるさ」
ダリバが俺に釘を差し入り口の鍵を開けた。どうやら鍵はギルドから預かっていたようだ。
「ここの鍵は毎回閉めているのか?」
「あぁ。今回は帰ってこない連中が多いから一々鍵を変えないといけないって話だ。流石に次は決めねぇとギルドの評判に関わる。だからD級の俺が選ばれたんだよ」
ダリバが説明しながら中へと入る。俺もそれに続いていった。
「暗いな」
「当たり前だろうが」
ダリバが松明に火をつける。準備がいいな。もっとも俺は暗くても視界は確保できるが。
とは言え折角だからその灯りを頼りに先へ進むことにした。下水道は街全体に張り巡らされているようで中々立派な作りだ。もっとも排泄物が全て集約しているわけだから臭いも酷いが。
「クセェな。鼻が曲がりそうだ」
ダリバが鼻を摘みながら文句を言った。俺は平気だけどな。どんな環境にも適応出来るよう訓練を受けていたおかげだ。
「お前はどうだ? 臭いだけでもう帰りたくなったんじゃないか?」
「問題ない。かつて俺が殺した奴のアジトもこんなところだったからな」
「はぁ? どんな生活してたんだお前」
俺の言葉にダリバが呆れた様子を見せる。経験談を語っただけだがな。
「それで危険な化け物とやらがどこにいるか目星はついているのか?」
「あぁ。掃除師には担当エリアがあるからな。今回戻ってこなかった掃除師のエリア付近を調べれば何か出てくるだろうさ。先に向かった冒険者もそんな感じだったようだからな」
なるほど。それならある程度エリアが絞れるんだろうな。
「このあたりの筈だが、しかし本当に臭いな」
「……確かに臭いは酷いが気配は感じられるな。そっちから五匹来るぞ」
「は? お前何言って――」
ダリバが困惑の声を上げると同時に前方から五体の影が飛び出してきた。その姿を見て俺は納得する。なるほどこれは確かに化け物だ。
現れたのは黒い体毛に覆われた巨大な鼠の群れだった。紫色の目が怪しい光を発している。
「こいつら大ネズミか!」
ダリバが叫んだ。大ネズミがこの化け物の名前か。割とまんまだな。
「こいつは手強いのか?」
「そうでもねぇが数が多いな。まぁ魔獣の中では弱っちぃほうだ、よ!」
ダリバが抜いた大剣を振るった。一振りで二匹の大ネズミが両断される。思った通りパワーが自慢のようだな。
「おいお前ぼーっとすんなよ! そっちにも」
「うん? もう終わったぞ?」
「なにぃいぃぃいぃいぃい!」
ダリバが目を剥いて驚嘆していた。俺の周囲には残りの大ネズミが息絶えていた。まぁ凶暴ではあったが所詮ただのデカい鼠だからな。
「折角だからこのナイフを使わせてもらったぞ。だがもう少し手入れはしておいたほうがいいな」
「…………」
俺がそう説明するもダリバはポカンとした顔で俺を見ているだけだった。ふむ、余計なお世話だっただろうか?




