幕間 ゴーガンの決意
「行っちまったねぇ」
「あぁ、寂しくなっちまうな」
リョウガの姿が見えなくなってからミトラとゴーガンが名残惜しそうに語っていた。ミトラも最初こそリョウガが来ることに反対していたが、一緒に暮らす内にすっかり打ち解けてしまっていた。
故に寂しさがあるのだろう。
「それにしても驚いたね。あんたがまさかリョウガに冒険者を勧めるなんてね」
「そうか? リョウガの実力があれば十分やってけるだろう?」
「それは間違いないだろうさ。だけど冒険者だよ? 冒険者は盗賊退治だってやるじゃないさ。つまりリョウガがいずれあたしたちを捕まえに来る可能性だってあるってことじゃないか」
「あぁなるほど」
ミトラの指摘にゴーガンも頷いた。実際ゴーガンも盗賊退治が冒険者の仕事だということは知っていた。
「マジかよ! 頭! 俺は嫌だぜリョウガが俺たちの敵に回るなんてよ!」
「今更、あいつと命の取り合いなんてしたくねぇしなぁ」
「というか勝てねぇだろう。あいつの強さは本物だ」
他の盗賊たちが騒ぐ。無理もない。元々ゴーガンは冒険者が相手でも負けないように鍛えたつもりだが、リョウガの強さは規格外だった。
「それなら安心しろ。実は俺もずっと考えていたことがあってな。今回の件でやっと決心がついた」
「考えていたこと? あんた一体何を考えていたんだい?」
ゴーガンの答えを聞きミトラが怪訝そうに眉を顰めた。
「何、別に大したことじゃないさ。実は俺はこれで盗賊を引退しようと考えているんだ」
「は? あんた本気かい!」
ゴーガンの決意を聞きミトラが目を丸くさせた。当然周囲の盗賊たちもざわめきだす。
「引退ってマジかよ!」
「頭! 俺らを見捨てる気かい!」
ゴーガンの宣言に他の盗賊たちが噛みついた。しかしゴーガンは穏やかな笑みで答えた。
「まぁ聞けって。実は昔の伝でとある土地を買わないかって持ちかけられてたんだ。何でも未開拓の土地らしくてな。結構手間が掛かりそうなんだがその分俺でも手が届きそうだった。しかも上手く開拓出来れば男爵の位も約束される。悪い話じゃないだろう?」
ゴーガンの話を聞いてミトラは一応は納得いったようだが――
「でも幾ら未開拓でも安くはないんだろう?」
「まぁな。だけど今回のダンジョン探索で十分なお宝は手に入ったからな。土地を買ってもまだ余るぐらいだ」
ホクホク顔でゴーガンが言った。確かにダンジョンで手に入れたお宝を売れば結構な金額になることだろう。
「ちょっと待ってくれよ頭。それで結局俺たちがどうなるか聞いてないんだが?」
「あぁ。だからよ。開拓するにも手が必要だ。それに男爵になるなら領民もいなきゃ格好つかねぇ。それでお前らには俺の手伝いをしてもらおうと思ってな。勿論ただの雑用ってわけじゃないぜ? 開拓に成功したら領民として暮らせるよう保証してやる」
ゴーガンの説明を聞き盗賊たちが顔を見合わせた。先程まで不信感や不安の入り混じっていた表情が一変し、全員に笑顔が戻っている。
「それだったら話は別だ! 俺は頭についていくぜ!」
「俺もだ! まさか真っ当な人生が保証されるとは思ってなかった!」
「実は俺、木を切り倒すのが得意なんだよ」
「私も畑を耕して作物を育てるのが好きだからね。丁度いいよ」
「よっしゃ! こうなったら一丁、頭、いや! 男爵様の為に一肌脱ごうぜ!」
「「「「「おう!」」」」」
盗賊たちの声が揃った。どうやら全員乗り気なようでありゴーガンも安堵の表情を浮かべていた。
「ま、男爵扱いは気が早いが損はさせねぇよ。ミトラもこれで上手くいったら男爵夫人だぜ?」
「全く。今更あたしが男爵夫人だなんてガラじゃないけどねぇ。でも、ま、あんたが決めたんだったらついていくよ」
ミトラが仕方ないなといった顔で答えたが、満更でもなさそうだった。
「セラも一緒に来るだろう?」
そして最後にゴーガンがセラに確認した。一緒に来ると確信していたようではあったが、セラの表情は必ずしも受け入れてないようでもあった。
「うん。とりあえずは一緒に行くし手伝うよ。でもね私は決めたんだ。リョウガが冒険者になるっていうなら私もそれを目指す!」
「ウキィ!」
セラが決意めいた表情で答えた。肩に乗っているモナもセラの考えに賛同するように鳴いた。
「へぇ。あんた冒険者を目指すのかい。だけど大丈夫かい?」
「そうだぜ。俺はリョウガだから勧めたが冒険者は危険な仕事だ。十年間冒険者としてやっていけるのは十人に一人か二人程度だって話だからな。止めておいた方がいいんじゃないか?」
ミトラに倣うようにゴーガンも不安を口にした。しかし、セラははっきりと首を横に振る。
「それでもやるって決めたんだ! 大丈夫絶対に一人前の冒険者になってみせるから!」
「ウキィ!」
やる気満々といった感じに答えるとモナもやる気満々に鳴いた。
「まぁいいさね。こうなるともう言っても聞かないだろうからねぇ」
ミトラは肩をすくめてゴーガンを見た。ゴーガンも仕方がないと言った面持ちで頷く。
「ま、どちらにしても冒険者になれるのは十四歳からだからな。その年になればスキルも授かる。だけどそれまでは俺らと一緒にいるんだろう?」
「うん。手伝うよ。だからその間はリョウガに代わって戦い方も教えてくれよ」
「……よしわかった! そこまで言うなら俺らも本気でお前を鍛えてやる。リョウガより厳しいかも知れないからな。覚悟しろよ!」
「望むところさ!」
「ウキッ!」
どうやらセラが冒険者を目指すのは既定路線のようだった。そしてゴーガンたちは新しい土地に向けて旅立った。果たしてセラは一人前の冒険者になれるのか? それはまだ誰にもわからない――




